第224話 何気ない中の重き情報




――――――ヴァヴロナ、中央よりやや北部の都市ペトナザーグ。



「しかし、よろしいのですか? 長く我が国に滞在しておりましても?」

 テルセスの疑問はもっともだ。


 ジルヴァーグ=ルイ=ローディクスは家族を連れてこのヴァヴロナにやってきたわけだが、くだんのジウ=メッジーサの将とのやり取りをもう数回行うだけの時間、滞在し続けている。


 皇帝の相談役といえば確かに名誉職な側面があるだろうが、それでも皇帝の最側近の一人といっていい身分だ。長く母国を離れていていい立場とは言い難い。




「ホッホッホ、ご心配は無用ですテルセス殿。このヴァヴロナには “ 家族旅行 ” で参っておりますゆえ……」

 それを聞いて、テルセスは理解した。


 言うてジルヴァーグは70歳をこえた老人。

 おそらく表向きは、皇帝より老齢であることを労わられ、長年の忠義に応える形で家族で羽を伸ばしてきたらどうかと、長期家族旅行として送り出されたのだろう。


 しかして隠された本命は、ヴァヴロナとの非公式外交、というわけだ。


「(まぁ、サリムーン王妃との極秘会談の後、例のジウの将軍との密通の進捗待ちながら、実際に旅行を楽しんでもいる……家族旅行というのも間違いではないな)」

 テルセスはヴァヴロナにおける彼らの案内役を、ジルヴァーグの妻であるアンネス=リンド=ローディクス夫人と以前交流があった、一族における孫世代の夫婦の一組であるシャイトとレシュティエラに任せた。

(※「第85話 お忍びの貴婦人」「第88話 嫋やかなる先輩のコーチング」参照)


 彼らからジルヴァーグ達の旅行の様子を聞き及んではいるが、楽しんでもらえているようでホッとする。


 本当は格を考え、本家と爵位を継がせた公爵の息子に案内役をやらせたかったが、さすがに多忙な息子にそれは厳しすぎると断念。


 なのでテルセスは、こうしてみずから首都よりジルヴァーグの下へとやってきては水面下の話を進めるべく、自分もそう若くないながらも精力的に骨をおっていた。





「こちらが、将軍より送られてきたモノです」

「かなりの量の手紙……いや、何かの資料、といったところでしょうかな」

 テルセスと対面する形で座するジルヴァーグは、テーブルの上に広げられた大量の紙を見て、即座に理解を示す。


「ええ。かの将軍が単身、ファルマズィ=ヴァ=ハールへと赴き、そこで見聞きしたもの、知ったこと、出会った人々といったことがなかなか詳細に記されており、国の意に反して侵略の意志を萎えさせた理由なども書かれております」

 しかしジルヴァーグは、ふむふむと頷きはするものの、並ぶ手紙を手に取ろうとはしない。


 あくまでこれらはヴァヴロナとの密通。一枚噛むとはいえ、他国の人間が勝手に見て良いモノではない。

 なので老公は、手紙の内容を自分で直接見て確かめようとはせず、テルセスの言葉を聞く姿勢を取り続けていた。


「ざっとまとめた話によりますと、かの将軍はゴウという偽名を名乗った上で、現地の傭兵らと知り合い、行動をしばらく共にしていたそうです。その中で見知った話として、かの国の “ 御守り ” 、その “ 北 ” の方が、何等かの理由で効力を失った。それ以後、魔物の活発化などが起こり出した……と」

 静かに聞いていたジルヴァーグだが、少しだけ表情を険しくする。


「やはりファルマズィの “ 御守り ” とやらが問題の核になりそうですね」


「ええ。どうやらその “ 御守り ” とやらはかの国に2つあり、北と南に配されていると。その片方に問題が発生した……――― “ 御守り ” とやらがどういうモノであるかは、残念ながら将軍も掴めなかったようですが、どうやらファルマズィ国内で行動中に懇意にしていたという傭兵と、交流を続けている節が見受けられますから、かの将軍とは今後もやり取りを交わす事に益はあると、我が国は見ております」


 ファルマズィ国内の人間と連絡を取り合えるというのならば、マーラゴウグゥ将軍がこの先、何か重大な情報を掴む可能性もある。


 なれば彼と密かに通じることは、十分に有りだ。上手くいけばジウ=メッジーサの情報も入手できる可能性すらある。


 ヴァヴロナがそう判断するのは当然で、ジルヴァーグがその点について何か言うべきこともない。

 なのでこの老公は、話に一息入れようと茶を一口軽く嗜んで、本件にはあまり関係なさそうな雑談を、挟もうとした。





 それは何の狙いも腹案も、思うところあってのことでもなく、完全に何気なくであった。


「傭兵と交流と言いますと、その傭兵とやらはファルマズィ国内に常駐している者なのでしょうな」

「ええ、そのようですな。娘を一人、伴にしており、他の傭兵達にもそれなりに顔がきく人物のようで……ああ、名はリュッグと言う者だそうで―――」


 ガシャンッ!!


「ジルヴァーグ殿?! 大丈夫ですか、お怪我は?」

「あいや、大丈夫です。申し訳ない、立派な陶茶器カップを割ってしまった……あとで弁償いたしますゆえ」


「いえ、そのくらい大したことはありません。お気遣いなく」

 嘘だ。相手が相手ゆえ、テルセスが用意させたのは、平民の平均的な給与5年分に相当する高級品だ。


 しかし、とても弁償などさせられない。懸命に平静であろうと努めてはいるものの、あの老公が動揺の色をその表情に滲み出ている。


「(おお……まさか、まさかお前なのかリューク・・・・……我が弟よ? 生きて、生きてくれておったのか?)」



 年の離れた弟の姿を思い出すジルヴァーグ。

 幼くして周囲を気遣える、頼もしい弟。


 愚かな一族の醜い権力争いを少しでも緩和しようと、骨肉の争いにならぬよう、まだ世の厳しさも知らぬ少年であったというのに、自ら姿を消した優しい弟。


 若かりし頃、自分が跡目を継いで力を得た瞬間、すぐさま行方を探させた。




 ……そして、野垂死んだという報告を聞かされた時、ジルヴァーグは激しい怒りを覚えたものだ。


 文字通り一生分の怒りをもって、弟の敵討ちとばかりに愚かな一族の者達を片っ端から粛清した。


 何が名門だ。こんな家など潰れてしまえばいい。

 若かりし頃のジルヴァーグは、今では想像もつかないほど苛烈だった。



 そして彼は、名門ローディクス家の唯一無二の当主であり、後継になれる一族の者を全て消し去っていながら、決して妻を取らず、子を儲けることもなかった。


 まるでローディクス家を自分の代で滅ぼさんとするかのように。




 年老いてから彼がアンネスを妻に迎えたのは、何もアンネスの身の上に同情してのことだけではない。

 老いた自分はもう子を残せない。なのでローディクスの血が、決して残ることがない。



 だが、失われたと思っていた……一族の愚かさに殺されたも同然の弟が、あるいは生きているかもしれない。

 まだそうと決まったわけではないし、ただ名前が似ているだけの別人で終わるかもしれない。


 だがそれでも、ジルヴァーグにとっては遥かに嬉しい、人生においても一番の吉報であった。




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