第219話 お仕事.その14 ― 砂漠に馴染んだ妖精 ―




 数日後、エル・ゲジャレーヴァの傭兵ギルドで、近隣で済む魔物討伐依頼を受けたリュッグは、シャルーアを伴って町を出た。


 そして案の定というべきか、そこにはムーとナーもしっかりとついてきていた。


「体調は本当に大丈夫なのか、ムー?」

「平気。妊娠、出産、これで4度目。……慣れっこ」

 そう言って余裕をかます赤褐色の姫の後ろで、50名近い兵士達がざわついた。


「あー、兵士のみんなは知らないもんねー、私達のこと。まー、聞くも涙語るも涙のお話は暇な時にでもまたしたげるから、今は “ 仕事 ” に集中してよねー」

 ナーに言われ、引っかかりを覚えはするものの、彼らは気を引き締め直した。


 兵達の仕事は当然、将軍の奥方であるムーとその妹ナーにつけられた護衛。気になる言葉が出ようともそれで集中や警戒を切らしていては本末転倒だ。



 こうして、久しぶりの傭兵仕事は大所帯化した状態で行うことになってしまった。




  ・


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 やや先行する形で先頭を歩いていたリュッグが片手をあげる。すぐ後ろに続いていたシャルーアがそれを見て、全身で伸びをするように後ろに向けて両手をあげて見せた。


「はい、みんな停止~。今回の獲物がいたみたいだよ~」

 ナーが兵士達に止まるよう促した。

 ムーとナー、そして兵達はリュッグとシャルーアから20mほど離れて後方にいる。それは今回の討伐対象が、気配に敏感な魔物だからだ。





「シャルーア、見えるか?」

「はい。あれは……こん棒、でしょうか? 何か武器のようなものを持っている小人のような……」

「ブォゴ・ゲァルト。遥か北方の伝承にあるボガートという妖精が、南に生息域を広げていき、この砂漠と高温の気候に最適化したモノ……という説のあるヨゥイだ」


 砂漠がアップダウンして、くぼんだところに10体ほどのブォゴ・ゲァルトがたむろしている。

 リュッグ達のところから、およそ距離にして50m。まだこちらには気づいていない。


「頭が大きく、しかし全身あわせても人間の頭部に抱き着ける程度の大きさしかない。だがすばしっこく、そして自分達より数が多い敵には逃げの一手を打つことで知られている。だがまともに戦っても、それなりにやれるヨゥイだから注意が必要だ」

「………はい」

 今回リュッグは、このブォゴ・ゲァルトを包囲殲滅する作戦を取ることを考えていた。

 ムーの護衛で相応の数の兵士がついてきているのがその理由だが、包囲網の一角をシャルーアただ一人だけに任せることを決めていた。


「いいか、シャルーア。基本は逃がさないこと、だ。倒せるに越したことはないが、逃がさないためにはどう行動するのが正解なのかを考えながら戦うんだ、いいな」

「わかりました、頑張ってみます」

 まだまだ刀に振られてしまうシャルーアではあるが、リュッグは少しスパルタ気味を心掛け、実戦経験を積ませることにした。


 それは王都の国王を訪ねるにあたり、何が起こっても万が一にはシャルーア単独で切り抜けられる力を培わせるためだ。


 先の砂大流の地獄グランフロニューナに巻き込まれ、タッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人達との生活で、普通に生き抜く上での知識と技術の向上は証明された。

 だがあの謎の力を除けば、素のシャルーアの戦闘力はいまだに一般人以下。常に自分の意志で扱えない力に頼るのではなく、常日頃から発揮できる実力を底上げしなければいけない。



「(一朝一夕にはいかないが、やはり実戦経験は一番の練習になる……よし)」

 ブォゴ・ゲァルトの強さや生態、動きなどを前提として、シャルーアには自分の刀だけでなく一通りの道具や予備の短剣なども持たせた。


 リュッグは考えていた通りの作戦を実行しようと、ムーとナーを呼んで、包囲網構築のために兵士たちを大きく迂回させるよう動かしてもらった。







―――数分後。


『ギャギャオッ!!』

「っ、……えいっ!」

 囲まれたブォゴ・ゲァルト達は、リュッグらの包囲網に健闘し、そしてその一角でシャルーアは、1体のブォゴ・ゲァルトと交戦していた。


 ブンッ!


「……んっ! ……はぁ、はぁ」

 小人とはいえ、振るわれるこん棒には勢いがあり、確実な殺意が宿っている。

 何とか避けてはいるものの、妖異から感じられる自分のへの敵意や闘志、生存への執着心などにあてられ、シャルーアは早々に息を切らしていた。



『ギャギャッア!!』

 ビュオッ!!


 こん棒での突き。

 先端が鋭くないからといって、有効性に欠けるものではない。突かれれば一点集中で衝撃が来る。急所に当たれば一発で十分に気絶・悶絶ものの攻撃だ。



「はぁ、はぁっ、……んくっう!」

 刀を振るう。しかしその勢いで腕が持っていかれ、態勢が危うい。


 これまでの知識や経験を総動員し、多少マシな構えと、何とか攻撃たりえるような振るい方は出来ているが根本的に、腕力をはじめとした肉体のパワーが足りない。


 なので偶然的にその刃がブォゴ・ゲァルトの身に当たっても―――



 プシッ


『ギャギャオウッ』

 刀の鋭さに助けられる形で、かすかな切り傷が出来るだけ。有効なダメージにはあまりにも程遠い。


 ブォオッ……ガァンッ!!


「! キャッ……うう、…んっ」

 勢いよく振るわれてきたこん棒を、刀の腹で何とか防御する。だが完全に偶然だった。たまたま構え直そうとしていたところだっただけ。


 なので強い衝撃はそのままシャルーアに伝わり、全身に薄っすらと痺れるような振動が走る。


「はー、はー……ええいっ」

 ヒュオッ!


 横に振るった刀。しかしブォゴ・ゲァルトは華麗なバックステップと共にそれをかわした。切っ先が僅かに触れた程度で、今度は出血もない。


『ギャッギャッギャ』

 まるでシャルーアの実力を見切ったと言わんばかりに笑う。


 だが、次の瞬間――――――ザクッ



『ギャ!? ……ガ、ガガ………ギ……―――』

 シャルーアと対峙していたブォゴ・ゲァルトは、後ろから刃で貫かれ、絶命した。



「時間切れだ、シャルーア。まずまずだが、もっと周囲にも気を配れるようにならないといかんぞ」

 リュッグに言われてハッとする。

 目の前のブォゴ・ゲァルトの相手で精一杯になり、包囲網のことを失念していた。


 シャルーアの周囲……本来なら包囲網の外側・・・・・・に位置するところで、他の兵士達が数体のブォゴ・ゲァルトを仕留めている。

 つまりシャルーアの近くから何体かが包囲網を抜けてしまったのだ。兵士達がそれに追いつけたから逃がしこそしなかったものの、シャルーア自身はその事にまったく気づけなかった。


「(……これが、実戦……)」

 これまで傭兵仕事として妖異との戦闘というと、リュッグ達のサポートが基本で、直接自分が対峙するものではなかった。

 こうして実際に戦闘要員の一角を担ってみて、その難しさを実感する。


「まぁ今はこんなものだろう。慣れの部分もあるし、少しずつでいい。こなせるようになっていこう」

「はい……頑張って……いえ、頑張ります」

 リュッグにとって嬉しい収穫がある。それはシャルーアに明確なやる気が見え隠れしはじめたことだ。

 ただ自分を誰かの所有物で、その命令や指示を聞くといった、出会ったばかりの頃とは明らかに変わりつつある。




 そしてそれは成長のチャンスだ。


 リュッグはこの機に、シャルーアをしかと成長させるべく、今後受けるべき依頼などを考えながら、撤収の指示を出した。





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