第220話 早朝トレーニングは不良を添えて




 一仕事終えての翌朝。


「はっ、はっ、はっ、はっ……」

 まだ朝早い時間ながらシャルーアは一人、宮殿の兵士調練場を走っていた。昼間は兵士達が使うので、誰もいない早朝に少しお邪魔していた。





「(……これまでも、何となく……ではありますけれど……)」

 アイアオネ鉱山最深部の、謎の巨大な塊。

  (※「第118話 目覚める天舞の刃」参照)


 タッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人の成体。

  (※「第171話 公平なる太陽」参照)


  “ 巨大鬼 ” シャイターンのグワルキ。

  (※「第175話 討鬼は偶然たる遭遇の末に」参照)


 そして先の巨大な妖異。

  (※「第213話 アムトゥラミュクム」参照)


 その際にシャルーアはほとんど意識がなく、かろうじて思い返してみればなんか戦って倒してた、という感覚。

 自分が戦って、そして強大な敵を倒した実感はまるでなく、他人事な印象しか残っていない。


 そんな薄く細い記憶を頼りに、自分の戦い方をかためる事は出来ないし、何より不確実。

 なのでリュッグは、シャルーアにあることを課した。



『基本だが、やはり身体の力が何事においても重要だ。明日から自分のペースで構わないから、ここに書いてあることを毎日こなしていけ』

 そう言って渡された紙に書かれていたのは、いわゆるトレーニングメニューだった。

 基礎トレーニング――――――特別なことは何もなく、今のシャルーアに合わせた量と内容で構成されたソレは、一般人が健康のために行うモノよりもソフトなもの。


 リュッグとの傭兵生活の中、生家を追われてすぐの頃よりか多少はマシになったとはいえ、シャルーアの体力や筋力は一般的な10代女性よりまだやや劣るレベル。


 最低でも、自分でもよくわからない状態にならないと満足に武器を振るえない、なんてうところからは脱却すべきなのは、シャルーア自身も理解できる己の課題であった。




  ・


  ・


  ・


「ふぁ~あ……だりぃ……」

「まったくだぜ、こんな朝早くから自主トレとか」

「でもよ? 今度の模擬戦でダメだと減給だろ? これ以上給料下がるのはやべぇって」

「ただでさえ下っ端の薄給だっつーのになぁ。……ま、不真面目な俺らが悪いっちゃ悪いんだが」

 誰もいないであろう早朝に、頑張って起きては兵士調練場に来たのは、兵士になってもう10年近くを数えるにもかかわらず、いまだ三等兵のド下っ端な不良兵士たちだった。


 先日の訓練で、上司からついにガチで叱られ、このままだとメシも食えなくなるほど給料を下げられるハメになりかねず、渋々ながら早朝に自主トレを決意した面々。

 

 だがやる気はあがらず、あくびを繰り返す姿はまるで気合いが入っていなかった。



「ん? おい、誰か走ってるぞ」

「あれ? ……あれってシャルーア様じゃあねぇの?」

「マジだ、元奥方様候補」

「どうしたんだ一体? 身体鍛えるような雰囲気のコじゃないと思うが……」

 しかしそんな彼らの疑問は、すぐにどうでもよくなる。


 たゆん、たぷっ、たぷんっ、ぶるんっ……


 走るその身体の一部。惜しげもなく揺れる2つの褐色果実に、不良兵士達の視線は釘付けになった。


「……なあ、もしかしてよ、知らないんじゃね?」

「ああ、あれは知らないんだろうなぁ」

「ってか、そもそも持ってないだろ。女兵士の運動時用の下着スポーツブラとかさ」

「そもそもアレ、下着自体つけてなくね?」

 さすがの不良兵士達である。全員が一言づつコメントを発し終えた後、彼らは示し合わせることなく同じ行動に移った。



「やあやあ、シャルーア様。朝早くから精が出ますねぇ~」

「! 申し訳ありません、勝手に場を使わせていただきまして……これから訓練を始められるのでしょうか? でしたら私はこれで失礼を―――」

 下っ端兵士相手にも丁寧にペコリと深く頭を下げようとする少女に、兵士達は何ともいえない気分になる。

 人に頭を下げた経験は多々あるが、人から頭を下げられた経験など皆無ゆえに、ちょっとした優越感にも似た感覚を覚えていた。


「いやいや、俺達も自主トレさぁ。本格的にここで訓練が始まるのはまだ4時間くらい後だから」

「あと2時間は使って平気だよ。大丈夫」

「うんうん、続けてくれていいよぉ~。これだけ広いんだ、シャルーア様一人増えたって、俺らも全然邪魔じゃないからね」

「何なら一緒にやりませんかね? 1人よりも多人数でやった方がやりやすいと思いますよ、へへっ」

 明らかに鼻の下を伸ばしまくってる不良兵士達だが、シャルーアはまるで意に介することなく、素直に一緒にトレーニングする事について検討する。


 そしてコクンと頷き……


「ご迷惑でなければ、よろしくお願い致します」

 と、再び丁寧に頭を下げた。


 シャルーアは、兵士の皆さんのトレーニングを間近で見ることで、何か学べることがあるかもしれないと思い、彼らの申し出を快諾。




 こうしてこの日から、よこしまで不純な不良兵士達と褐色お嬢様育ちの美少女が一緒に早朝トレーニングに取り組むことになったのだが、皮肉にもシャルーアの存在によって不良兵士達のモチベーションが高まり、毎日の早朝トレーニングを欠かさず行い、習慣化されてゆく。


 不良脱却の始まり―――まさか彼ら自身、そんな事を振り返る日がこようとは、この時はまだ思いもしていなかった。




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