第207話 混ぜ練られし巨大妖異




『ギャオォオオアアア』『ググググ』『オォオオオオー』


 網に包まれた3体の巨体が、半分溶けるようにして混ざり合っていく。




「な、何!?」「まだ動くのか!!」「くっ、この!」


「よせ! 手を出すな、全員距離を取れ!!」

 思わぬ光景を見て、反射的に攻撃を再開しようとした兵士達をグラヴァースが制する。


 異常な事態―――何が起こっているか分からない内は、安易に手を出すのは逆に危ぶない。

 兵士ゆえ死ぬことも時に仕事の内ではあるが、将軍として彼らに無駄死はさせられない。そんなグラヴァースに、忠実な兵士達は蜘蛛の子を散らすようにその場から一斉に退避した。




 ズズズゾゾゾゾズゾゾゾゾ……



「お、おいおい……なんてこった……こいつは………、……」

 リュッグが絶句する。

 無理もない。まるで大海原でうねる雄大な波のように蠢きながら混ざり合っていく妖異だったモノ。


 言葉を失うほどの異常な光景だ。

 肉の塊が6割ほど液化したらこんな状態になるだろうか、というような気味の悪さ。


 10数秒で収束していき、やがて1つの形へと定まる。


 ブチッ、ブチンッ!


 絡んで拘束の一助となっていた網が切れる。全身についていた大小さまざまな傷は完全にない。


 背丈が大きく伸び上がっていき、元の10m級の巨体をあっさりと超え、宴会場の高い天井を突き破る。




 ドゴォオオッン!!


「危ないっ、上に注意してシャルちゃんっ」

「はいっ、ナーさんも!」

 シャルーアとナーは、咄嗟に椅子を被るように頭上へと持ちあげた。

 崩れ落ちた石片などが降り注ぐ中、急いで妖異から遠ざかる。


「くっ、なんだあのデタラメな大きさは?? あれが動き出したらこの宮殿が崩壊するぞっ」

 グラヴァースがムーを庇いながら更なる巨人と化した魔物を見上げ、睨んだ。


「まさかの、合体……こんなヨゥイ、初めて、見る……」

 それも溶けるようにして混ざり合うなど、生物としてはデタラメだ。どんな身体の構造をしていれば成立する命なのか。




「お姉ちゃんっ、ヘタレ!」

「二人とも無事だったか! ってかこんな時にその呼び方―――」

「それこそこんな時っ。いーからアレどーにかしないとでしょーっ!?」

 ナーの剣幕におされてたじろぐグラヴァースだが、確かにその通りだ。


 今は1秒でも無駄な時間は惜しまなくては。


「しかし、どうにかと言ってもコレは……」

 この宮殿の1階は天井まで25mと高い。軍の施設としての側面を持つため、1階は広く、外からすぐに入って来れる構造になっているからだ。


 しかしそんな1階を易々と突破する巨人相手に、まさに見上げるしかない。


 元の10m級の状態でさえ動きを封じるまで相当なダメージを与え続け、やっとだったというのに。




「また足狙ってコケさせる?」

「……弾が、ない。それに、ここで倒れる、……それこそ、宮殿、大崩壊」

 ムーとナーも対策が浮かばない。


「あ……動き出しますっ」

 シャルーアの声の直後、大巨人がゆっくりと歩き出す。10m級の時よりもさらに動作は遅いが、1歩歩くたびに―――


 ズシィインッ!


「くっ!?」「わわっ、とと!!」「……地震、発生……歩くだけ、で……」

 上げた足が着地すると同時に大きく揺れた。


 1歩に5秒以上かけるゆっくりとした動きだが、生じる揺れの大きさが質量の重さが相当に及ぶモノであることを物語っている。


 ガラガラガラ……


「くそっ、天井がさらに崩れて! ここにいたら危険だっ、一度側面の……リュッグ殿のいるところへ避難しよう!」

 壇上のグラヴァース達めがけて前進を再開する巨人。1階の天井を砕氷するが如く砕きながら進む。


「皆! 一度側面へ退避だ!! 崩れ落ちる落下物に注意しろ!!」

 壇上から降りつつ、兵士達にも避難を促すグラヴァース。


 巨大なる妖異は彼らに見向きもせずに、ただひたすらに前進だけを続けていた。




  ・


  ・


  ・


「ふぅ、とんでもない状況になったな……」

 合流して態勢を整え直す中、リュッグは流れ落ちる自分の汗を手で拭う。本当に何をどう対処すれば正解なのかが全く分からない。


「シャルちゃんは生き物じゃないって言ってたけど、やっぱ今でもそう思うー?」

「はい、小さな虫さんや鳥さんにもあるような……何と表現すればいいのか分からないのですが、生命感とでもいいましょうか、あれほど大きくてもそういったモノがまったく感じられない気がするんです」

 シャルーアの言葉に、グラヴァースは難しい顔をしながら改めて前進する巨人を睨んだ。

 壇上を破壊し、宮殿を崩しながらなお歩みを止めようとしない。


「確かにあの移動の仕方、壁も設置されているモノもまるで無視、というより認識してないような雰囲気があるな……」

 正体がわかればそれが一番なのだが、残念ながら手がかりになりそうなものが何もない。


 混ざり合って1体の大巨人になってからは、表面の凹凸すらほとんどなくなっている。

 まるで粘度をこねて人形ひとがたに軽く整形しただけのような見た目になり、もはや叫び声も発してない。



「どのみち、宮殿の1階はもうズタボロになるのは避けられない。だが、このまま前進し続けるというならいっそ突き抜けてもらった方がいい。町の外まで行かせれば、とりあえず倒して束縛する手が使える」

 この宮殿は背が高く敷地も広い。だがグラヴァース達のいた宴会場は、庭に隣接していて縦に長かったため、壇上からさらに前進していけばさほどの部屋もなく外へと突き抜ける。


 その先にはエル・ゲジャレーヴァの外壁があるが、そこも突き抜ければその先は広々とした砂漠だ。

 そこでなら今度こそ地に倒し、完全束縛する事もできる。



 苦々しいが致し方なし―――グラヴァースは自分の居城が壊されていく様を許容し、眺め続けなければならなくなった。




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