第206話 成果は半端にして不十分




 網をかけられ、一斉攻撃で受けたダメージでようやく動けないレベルに至ったのか、巨大なる妖異たちはその動きを著しく弱らせた。



「よし、さらに束縛し、念のため槍を全方位から突き刺す用意を。それとこの場に固定する準備も並行して行え。完全に動きが止まるまでは全員油断するな!」

 グラヴァースが声を張り上げる。兵達がそれぞれ素早く行動するす。

 ムーとナーは、それぞれ自分の愛銃を下げて、両肩を1度上下させると緊張を解いた。




「(やれやれ、なんとかなったか……しかし)」

 リュッグは絡んで束縛されてるソレを見上げながら、難しい表情を浮かべた。


「(どうにも奇妙なヨゥイだ。最近こんなことばかりだな)」

 アズドゥッハから、ムカウーファで遭遇したラハス、クサ・イルムではヨゥイ化なんてものにも遭遇した。

 さらに謎の鎧の妖異やアイアオネ鉱山の件、エッシナ国境の魔物の大群スタンビート、そして生息域的に異常なメロークの出没に砂大流の地獄グランフロニューナタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人と―――異常な妖異との関連・遭遇する件が、彼の長い傭兵生活の中でも、このところにかなり集中している。


 どこかでおかしなことが起こっていなければいいのだがと不安になりながらも、まずは目の前のことに対処すべく、絡んだ網がほどけないかチェックしはじめた。



「うん? ……これは……傷口からあまり血が出ていない?」

 近くで確認したからこそ気付く異常。これほど巨大な妖異が、大小あちこち傷ついたというのに、まったくといっていいほど血が出ていない事実。


「うーん……やっぱりシャルちゃんの見解が正解なのかもしんないねー、コレ」

「ナーか。シャルーアの見解?」

 いつの間にか隣にきていたナーは、念のため銃をいつでも撃てるよう持ってはいるものの、かなりリラックスしていた。


「うん。なんか生物っぽい気がしない、生き物じゃないんじゃないかって」

「生き物じゃない……か。しかし……」

 改めて傷口を見た。確かに出血はほとんどしていないが、まるでないわけではない。極端に少ないというだけで、つー…と垂れる程度だが出てはいる。


「(確かにこの動き、攻撃を受けての反応は生物らしくなかったといえばそうだが、ならコイツは一体?)」

 突如乱入してきたのも不自然過ぎる。


 この辺りで活動しているはずの兵士達も誰も知らないことから、自然には生息していないモノなのか……最低でもこの近辺には存在していないのは確実だろう。


 またしても面倒な事になりそうな予感から、リュッグはため息をついた。








――――――会場外の廊下の陰。


「(むむむ、……あの男め、話と違うではないか)」

 ヒュクロは取引したローブの男への恨み言を心の中でつぶやく。確かに手はず通り、魔物の乱入騒ぎを起こせはした。

 だが、その乱入してきた魔物が未知で不明なものだったことが問題だ。


 計画に沿うなら現場にいるグラヴァースとその配下の兵士達で確実に・・・対処可能な魔物でなければ危うい。

 結果的になんとか収まったし、最後は象徴的にグラヴァースが剣を突き立てたので、ヒュクロの狙い通りといえばそうなったと言えなくもない。


 だが、対処に際して多分に部外者が活躍していたことがマイナスだ。


 本懐はグラヴァース達だけで対処しきることこそ重要で、この結果では持ち上げる対象グラヴァースの功績はかすんでしまう。


 すでに賓客たちには事の顛末が伝わってしまっているから、口裏合わせてグラヴァースとその配下が一番活躍しましたー、なんて今さら誤魔化しもきかない。



「(この功をリュッグ殿らによって王都に伝えてもらい、その際にシャルーア嬢がアッシアド将軍の忘れ形見であることを手紙に含め、上手くこちらの狙い通りの状況へと持っていくはずが……むぅぅ)」

 ヒュクロは優秀で頭も良いが、その優秀さは官僚向きだ。こうした策謀ごとに関してはいまいちだった。



「(ふーむ、実験はまずまずであったか。悪くはないが、やはり動きも行動パターンも単調になりおるな―――)―――成果はいかがですかな、ヒュクロ殿?」

 宴会場のことの次第を確かめ終えたローブの男が、廊下の影からスゥと姿を現す。


「! 貴様、来ていたのか。よく見張りに見つからず入ってこれたものだ」

「ええ、苦労しましたがね。投入したアレら・・・が暴れはじめれば、さすがに手薄な箇所もできるというもの……そこを探して参ったので、時間がかかってしまいましたが」

「そう、その “ アレら ” だ。なんだアレは!? 誰が未知の不明瞭な魔物をよこせと言った。一歩間違えば計画どころではない事態となっていたぞっ」

 するとローブの男はフッと軽く含み笑う。


「まぁ落ち着きなさってくださいよ、声を荒げれば誰かに聞こえますぞ。こちらも色々とありましてな……物事はそうそう、狙い通りに運ばないものでしょう」

 その物言いにヒュクロの眉が吊り上がる。


 だが、彼の言い分にも一理あるのは事実だ。計画というものは立てた通りにはなかなか進まない。


「それに、まだ終わってはおりませんよ、アレら・・・は。なので念のために参ったのです」

「何?」



 ―――直後、宮殿が大きく揺らいだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る