第208話 大きな足を止め、小さな足で急ぐ




 ヒュクロは今、自分の人生において最低最悪の気分になっていた。


 ドガッ!!


「……どういうつもりです? 私に近づき、宮殿を破壊する腹積もりだった、というわけですか?」

 仕事は文官といえど軍の人間だ。ヒュクロとて新兵の頃から相応に鍛えている。

 ローブの男は壁に叩きつけられた。




「まさかそんな。この場を破壊してこちらに一体何の得があると? まぁ落ち着いてくださいよ~、怖い怖い」

 ひょうひょうと言ってのける態度の軽さが気にくわない。ローブの男の首を捉えている腕を、さらに強く押し付け、壁と挟む形で圧した。


「……アレは、ああいうものでしてねぇ……。ま、建物なんて作り直せばいいだけ。少なくとも人死には出ちゃいない、そうでしょう?」

「(コイツ……)」

 ヒュクロは冷や汗をかいた。息苦しくなるくらいに首を圧迫しているはずなのに、発する声に苦悶が混じらない。


 色浅い緑色の・・・・・・ローブの男は余裕だった。


「それに……この方が都合がいいんでしょう、そちらさんにとっては? 主のお手柄感を高めたいなら……違います?」

「……フン、よくもまぁ舐めた口をきくものですね、下衆げすな者が」

 ヒュクロはあくまで、このローブの男を暗がりの住人としか思っていない。だからこそ、ローブの男は付け入りやすかった。



「まぁまぁ、そう言わないで。計画が多少ズレたお詫びと言っちゃなんですが、コレを差し上げますから」

「? なんですかコレは?」

 差し出された小さな皮袋には、2種類の紫色がマーブル状に塗れている丸薬のようなものが10数粒程度入っていた。


「簡単に言えば強化薬・・・ですよ。イザって時に1粒口にぽいっと放り込んでください。一時的ですがね、効果のほどは中々ですから。……ああ、有効時間は短いんで、それだけ注意してくだせぇよ」

「フン、怪し気ですね。……まぁ貰うだけ貰っておきましょう。貴方を捕まえる際の物証にするやもしれませんから、覚悟しておきなさい」

 するとローブの男は不敵に笑う。ご自由にと言わんばかりだ。

 仮に犯罪者として自分を捕まえようとしてきても、まったく問題ないとでも思っているのだろうと、ヒュクロは眉をひそめる。


「(低俗な犯罪者は、いずれもヘンなところで自信過剰なのは何なのか……)」

「さて、そろそろお暇させてもらいますよ。そちらもせいぜい頑張って、ハハハ」

 ローブの男は軽やかに去る。明らかに不審者であるはずなのに堂々とした足取りで宮殿を後にした。







――――――宮殿裏、エル・ゲジャレーヴァ郊外。


 巨人の妖異はついに、宮殿を抜け、外壁を破砕して砂漠へと突き抜けた。



「ヤツの足をひっかけ、前に倒す!! 全員、配置につけっ」

 総員3000の兵士がグラヴァースの命に従い、巨人の足元に一定距離を置く形で群がった。


「よし第一陣、鎖を穿て!!」

 先端にフック状の刃の付いたチェーンを持った兵士1000人が、一気にそれを投げ振るった。

 巨人の足の表面に刃を喰い込ませ、チェーンを全力で引っ張る。


 巨人が足をあげようとするも、片足500本の鎖がビンッと張って引き、その歩みは止まった。



「長くはもたん! 第二陣、足へのロープを急げ!!」

 別の1000人が動きを止めた巨人の足に、太く長いロープを巻き付けていく。最後は全員で足を後ろへと引っ張れる位置へとついた。


「今だ、一斉に引くぞーッ!」

「「「うぉおおおおおーーー!!!」」」

 2000人がロープを思いっきり引く。巨人はあくまで前進し続けようとするだけなので、足を後へと引っ張れば必然―――



 ………ド、……バァアンッ!!!!


 砂漠の砂を、まるで巨大な波のように弾き飛ばして、巨人は盛大に前に倒れた。



「第三陣! すぐに拘束にかかれ、残りの者は腕部と足部を、速やかに斬れ!!」

 いくら拘束が成功しても、四肢が無事であればこの巨体だ。力づくで簡単に拘束を解いて立ち上がるだろう。

 なので拘束と同時に四肢に深く損傷を与える。身動きを完全に封じるために。


 だが、それでも更なる懸念があった。


「(また先ほどのような、ドロドロの状態に変化し、身体を再構成する可能性もある……安心はできないな)」

 いくら人のような形をしているとはいえ、相手は得体のしれない魔物だ。四肢を完全に切断できたとしてもなお動こうと思えば動けるのかもしれない。



 だがグラヴァース達に取れる対処は、今のところとにかく身動きを封じ、ダメージを与えていくことだけ。

 自分達にやれることをやるしかない。


「あっちは大丈夫なのか……間に合ってくれるかな?」

 



  ・

  ・

  ・


 その頃、宮殿内に留まった者達は大急ぎで準備を整えていた。



「お姉ちゃん、そっちの硝石粉ちょうだい」

「ん、……赤砂銅、質のいいの、ある……それも、混ぜとこう」

 ムーとナーは軍の物資保管庫で、少しでも大きなダメージを与えられるであろう銃弾を超特級で用意。


「シャルーアはそっちの袋とロープを持っていくんだ」

「はい、かしこまりました。……あ、リュッグさま、あれも使えないでしょうか?」

「ふむ……なるほどな、よし。あれは兵士の皆さんにお願いしよう。大丈夫でしょうか?」

「任せてください、いくつ持ち出しましょう?」

「とりあえず2袋を。何が効くか分かりませんから、色々と試せることは試したいと思いますので」

「了解です、リュッグ殿」

 シャルーアとリュッグは、別の物資保管庫で兵士数名と共に、単純な攻撃以外の別アプローチで対処できないか、リュッグの知識と経験をもとに色々と持ち出す手配をしていた。




「(しかし驚いた。シャルーアが以前よりも積極になっている……本当に成長したもんだな)」

 前は本当にひたすら受け身なだけだったのが、少しは自分からモノを言うようになった。

 それでも一般的な同じ年頃の女子と比べたならまだまだ受け身に過ぎる方だが、確かな成長にリュッグは少し感慨深い気分になる。


「(親が子を見守る気分というのは、こういうモノなのかもな……)」

 とはいえ、ここで緩んでもいられない。

 グラヴァースの指揮官としての手腕や、兵士達の練度と忠誠心は本物だ。おそらく巨人をコケさせ、拘束するまでは上手くいくだろう。



 しかしそれがいつまで維持できるかは分からない。

 リュッグは感傷を打ち切り、目の前のことに集中するよう切り替えた。




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