第196話 語らぬ姉は準備に入る




 エル・ゲジャレーヴァは、都市クラスの町だけあって広く、活気に溢れている。



 国境近くといえど、今は比較的友好なワダン王国を西隣とした場所だ。平時に気を張る必要がまったくない。

 その上、東西護将が一人の本拠として、イチ方面軍のおひざ元とくれば、治安も良く、女性が1人で堂々と町中を歩いて回れるほど平和であった。





「お姉ちゃん、こっちも買っとく?」

「それ……まだ気、早い……、いるのはコレ」

 ナーは先ほどの姉の異様を深く聞く事なく、いつもの調子で買い物を楽しんでいる。ムーも、さっきのは幻だったのかと思うほどにいつも通りだ。


 妹は姉を信頼しているし、姉も妹を信頼している。姉が深く説明しないということは不要だということであり、妹が深く聞いてこないという事は、改めて説明する必要がないということ。

 赤褐色の双子は互いに深い信頼があるからこそ、あれこれと野暮なことも互いに言わないのだ。


 先ほどのことを引きずっているのは、二人の事をよく知らない護衛でつけられた兵士達だった。


「その、リュッグ殿……先ほどのあの方のあれは一体……?」

 兵士の一人が、聞いても教えてくれなさそうな本人ではなく、リュッグに聞いてくる。その両手には既に、女子たち(主にムーとナー)の買い物の成果が塔のように積まれていた。


「さぁな、俺も初めて見たから分らんよ。まぁ、ただ者じゃないのは確かだろうな

。俺から言えるのはそうだな……コレ・・の腕前がハンパないから、撃たれるような事はしない方がいい、とだけ忠告しておくよ。射程内であればどんなに遠くからでも1発で射貫かれるぞ」

 荷物を一切持たされていないリュッグが、片手で銃のジェスチャーをして見せる。


 双子は他人とからかいあったりじゃれ合ったりするのをヨシとするタイプだから、不快感を覚えるような事も、普通の者よりは許容するだろう。

 しかしながら、護衛の兵士達はアーシェーンやヒュクロから何か密命を受けてる可能性もある。

 軽く脅し半分のつもりで、リュッグは牽制するように彼らにムーの恐ろしさを伝えた。




「あの、どうしてそのような品をお買いに??」

 女子’sに視線を戻すと、ムーの買い物にシャルーアが不思議そうに首をかしげていた。


「……ん-、とりあえず、直近、だと……半年以内に必要になる、思う……から」

 さっきからムーが見繕っているのは、タオルをはじめとしたさまざまな日用品の、そこそこいいグレードのもの。

 そして酸味の強いエウロパ圏産の柑橘果物レモンを1箱丸々、それもまだ緑の若い果実ばかりが入ったものを持ち上げ、店の主人に勘定と梱包をお願いしていた。


 一方でナーは、いつの間にか隣の店の軒先に移動して、何やら木材やらゴム液やら工作道具やらを手にとっては品定めし、順次購入していっている。


「こっちのは半年後くらいから便利になる感じだよー。シャルちんも覚えとくといーよー、将来のためにー」

「? 将来のため、ですか。勉強させていただきます」

 そう言って手に取ってるものを近くで見ようと、シャルーアがナーの傍に寄る。すると護衛の兵士達も、彼女に合わせて移動した。





 彼らが離れたのを見計らって、リュッグはムーに話しかける。


「(なぁ……どう思う? グラヴァース殿はあれこれと企みはしていないだろうが、アーシェーンとヒュクロの二人が、何か命じていると思うか?)」

「(……問題、ない。さっきの、きいてる……下手な事、する度胸、ない)」

 ムーの威圧は本物だった。実際、兵士達は見ず知らずの赤褐色の少女にみずかひざまずいたのだから。


 それは当人達にとっても大いに不思議かつ戸惑うことだったはずだ。


「(アレ・・、耐える兵、なら……気を付ける、必要……あった)」

「(よくわからんが……ムーがそう言うならそういう事なんだろうな)」

 無理に理解しようとするよりも、何も分からずとも信じてしまう方が良い場合もある。

 特にこのムーとナーに関しては、この二人はこういうものなのだと考えるのが一番楽で正解なのだ。


「(さすリュッグ、わかってる。……心配いらない、1週間後、 “ さぷらいず ” ……楽しみ、する)」

 なぜかやたら自身満々なムー。

 赤褐色の肌と白銀の髪が日を追うごとに艶めき増してるようにすら見える。




「(ふむ……まぁ信じるよ、っていうか信じる以外ないな―――)―――っと、そうだ、リーファさんに言伝を手配するのを忘れていたな。後で傭兵ギルドの方にも行かないと」

 彼女もシャルーアの安否を案じているはずだ。このエル・ゲジャレーヴァに到着してから、すぐ騒動に巻き込まれる形で宮殿で3日過ごしてしまった分、報告が遅れる。


「リュッグ、その手配……私、する。任せて」

「ムーが? どうしたんだ突然?」

 基本ルイファーンは一緒にいた時、リュッグに絡みっぱなしだったので、一緒にいたムーやナーとはさほど仲を深めていたわけでもない。


 むしろムーからすれば彼女は、一時的に行動を共にした仲間、くらいの認識だろう。彼女に一報を手配するのを申し出るのは意外だ。




「今回のこと……関係、ある。伝文、タイミング……重要」

「そうか、分かった。じゃあ任せよう」

 少なくとも何か考えがあるらしいことが伝わってきて、リュッグは少し安堵した。




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