第195話 非道の血筋に1滴の聖雫《セーダ》
ムーとナーの夜這いは成功した。
彼女らはアーシェーンでもヒュクロでもなく、グラヴァースに直接働きかけたのだ。
「……そんなこんなで、成功……した。いろいろと」
ニヤァと笑うムーは、してやったりと言わんばかり。他人を出し抜くことが楽しいらしく、その笑みはこれまでで一番満足したものに見えた。
「考えたものだな、夜這いと称して直談判だなんて……それで、具体的には何を話してどうなったんだ?」
「んー、話ってゆーか、肉体言語? ……とりあえずヤることはヤったよー」
リュッグは ”ん?” と笑顔のまま一時停止する。すると答えたナーも ”ん?” と同じように一時停止した。
どうやら
「いや、だから。この騒動の始末の付け方を、グラヴァース殿と話したんだろう? 違うのか??」
リュッグはてっきり、夜這いというのは名目上であって実際は彼の私室で3人っきりになり、あれこれと今後の話を行ったのだと思っていた。
しかしナーは、首をかしげる。
「んー……話も何も、割と早い段階でダウンしちゃったしー。意外とあっけなかったよねー、お姉ちゃん?」
「いい男。でも磨き、足りない……2時間程度でスヤァは、ドン引き」
「でも容赦なくってお姉ちゃんが言ったから、二人で朝までがっつりと―――」
「ちょ、ちょっと待て。じゃあ何か? ムー達はグラヴァース殿と何か話をしたわけでも、これといってこの後の方策を捻り出したとかも―――」
「うん。して、ない……。でも、夜這い、成功……グッ」
そういってドヤ顔で親指をたてるムーにリュッグはどっと疲れた。その様子を見て、ナーはケラケラと笑い転げる。
「どうするんだ、策があるって言ったのはムーじゃないか。全部、吹っ飛ばせるってのは何だったんだ??」
これではただムーとナーが自分の欲求不満を満たしただけ。グラヴァースとシャルーアの縁談取り巻く今の状況は何も変わらない。
「心配むよー。全部、吹っ飛ばせる……
「! ……お姉ちゃん、
ムーの言い回しの意味を唯一理解しているらしいナーは、笑い転げてたのをピタッと止め、急に真剣な面持ちにかわる。
妹の問いに姉はコクリと頷き返した。
「?? なんだ、どういう事だ??」
「問題なし。リュッグ……もうシャルーアの縁談、回避は確定。安心する。それより……みんなで町、お出かけ、しよ」
いつも言葉数の少ないムーがよくしゃべる。
何かは分からないが、少なくとも何か考えあって策を弄したらしいのは間違いなさそうだ。
そしてムーがこういう提案をする時は、それが必要だという事。彼女は必要のないことは言わず、最低限で済ませる性格なのはよく知っている。
「……わかった。確かにこのエル・ゲジャレーヴァに着いてから、まだ町の中を見てなかったしな、出かける準備をしよう。シャルーアもそれでいいな?」
「はい。私もすぐにこの宮殿に来ましたから、町の方はまだあまり見れていませんでした、とても楽しみです」
・
・
・
町に出かけると言った途端、やはりアーシェーンとヒュクロは護衛をつけてきた。
最初は当人達が随行しようとする気配すらあったが、そもそもどちらもこの辺りの方面軍を回す人間。そうそう暇があるわけもなく、護衛の兵士10名が付く形でリュッグ達はエル・ゲジャレーヴァの町へと繰り出した。
「グラヴァース閣下の未来の奥方様の護衛を担う事となり、光栄でございます。私めはアラーフと申します、何なりとお申し付けください」
そういって護衛の兵士の筆頭と思われるアラーフとやらが恭しく礼をすると、他の兵士達も同じように礼をした。
しかしシャルーアが返礼しようと頭を下げかけたのを、ムーが制する。
「不要。未来の奥方……違う。だからこの礼、受ける必要、なし」
「?? あ、あのー……」
当然、ムーの言葉に困惑するのはアラーフ達だ。彼らは宮殿内ですっかり浸透したグラヴァースがシャルーアを娶る話を信じ切っている。
それを否定するかのようなムーの発言には戸惑いしかない。
「……覚えておく、いい。1週間後くらい……その話、消える。これ確定……わかった?」
その瞬間、ムーの雰囲気が変わった。
いつも無口で、どちらかといえば無気力めいた雰囲気をまとっている赤褐色の少女が、周囲をビリビリとさせるような覇気を発したのだ。
それは非道の国といえど王族の姫に生まれたがゆえに持ち得た素質―――高貴さと威圧感が同居するオーラは仕え従う立場にある者に、思わず膝をつかせるほどのレベル。
王位こそ弟が継いだとはいえ、真なる王の素質では遥かに勝る。ムーは、これまで隠してきたその秘めたる
「(な、なんだ??? この恐れ多い感覚は??)」
「(思わず膝をついてしまった……な、なんで??)」
「(この少女は、一体?!)」
あの下劣な最低の地獄の日々を過ごしても、なお衰えなかった高貴の秘才。
双子の妹のナーにさえ明かさなかったその力は、ア=スワ=マラ共和国がまだ高潔な精神と聖なる意志を持っていた、野心とは無縁のはるか古代―――聖王国と呼ばれていた時代の、王家の血筋が持ち得ていたモノ。
数多の兄弟姉妹たちも、またこれまでの歴代の王たちさえも持ち得なかった先祖の力を、このムーだけが継いでいた。
そのオーラは、誰かに仕えることのない傭兵のリュッグも、同じ血を引いていて生まれた時も同じくした双子のナーでさえも、思わず萎縮してしまいそうになる。
しかし、シャルーアだけは違った。
不思議な……まるで自分の庇護するモノを見るかのような気持ちが、古き聖なる王の、不快でない炎のような熱きオーラを放つムーに対して、込み上げていた。
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