第197話 放たれていた弾と赤熱した銃身
リュッグ達がエル・ゲジャレーヴァに到着してから9日目。
会食の席で不意にムーが医者を所望した。
「体調が優れないのですか、なら医務室に―――」
言いながら控えていた兵士に付き添うよう促すヒュクロ。しかし、ムーが片手を軽くあげて手の平を見せる動きだけで、動きだそうとした兵士達が思わず制された。
この宮殿に勤務している兵士達は皆、この1週間あまりでこの赤褐色肌の少女に、いつの間にか恐れ多いものを感じさせられるようになっていた。
しかも、グラヴァース達も知らない間に、である。ムーが手をあげただけで兵士達が動きを止めた事に、他でもない命を出したヒュクロ自身が驚いていた。
「ここに呼ぶ、必要」
食事の場に医者を呼べというのは相当な事。
もしかして料理に問題があったのかと、今度はアーシェーンが真剣な眼差しになって、ムーの前にある皿を観察しだす。
「大丈夫か? 自覚症状は……? かなり辛いのか??」
グラヴァースが深刻なのかと思い、声をかける。するとムーがクルリと全身で椅子ごとグラヴァースの方に向き直った。
「確認必要、皆の前で。症状は……
そして何より、ムーがグラヴァースに対して正対するように座り直してからそう言った事でその意味をより深く理解し、大いに驚愕した。
「! ……すぐに侍医をここに引っ張ってきなさい、急いで!」
「は、はい! かしこまりました!!」
アーシェーンに言われた、彼女の手近にいた兵士が駆けてゆく。
それを見届けた上で、彼女は一度大きく呼吸を吐いてから、まだよくわかってなさそうなヒュクロとグラヴァースを尻目に、ムーに問いかけた。
「確認してもよろしいでしょうか、ムーさん」
「どうぞ」
「
「え」「な?」「へ?」「「「……」」」
アーシェーンの問いかけにまったく驚かなかったのはムー、ナー、シャルーアの3人。
可能性としてそれもありえるかと、少々の驚きで済んだのはリュッグ。
間抜けな顔でポカンとしてるのはグラヴァースとヒュクロで、控えてる兵士達はアーシェーンの言葉の意味がまだよく飲み込めていないようだった。
「この子、父親……は、彼。間違いなく」
そう言ってムーが指し示したのは他でもない、グラヴァースだった。
「は!? え……お、俺ぇ!??!」
「そう、お前。おめでとうヘタレ将軍……パチパチパチ」
「おめでとー、ヘタレー。いやー、まさか一晩で当てるとか、ヘタレでもあっちの命中率は高いんだねぇー」
「おめでとうございます」
ムー、ナー、シャルーアが拍手する中、ようやく理解してきた兵士らの表情がみるみる変化していく。
数秒後、驚きと困惑がもたらす混乱が、会食の空間を埋め尽くした。
・
・
・
「……ま、間違いございません。本当に……妊娠していらっしゃいます」
ムーを診察したこの宮殿の侍医シャカールも驚愕を隠せなかった。
「あの、本当に1週間で? 普通はおおよそ確定は2週間はかかるものなのですが」
「そう、1週間前。私の、体質」
ムーとナーには、ちょっとした特異体質がある。
それは通常だとまず分からない、着床の瞬間を感じとることができるというもの。
その事に二人が気づいたのは、アサマラ共和国の兵産院で2人目ができたとき。しかし、姉のムーにはさらなる特異さがあった。
それが受精から着床まで遅くても1週間で確定する、というもの。ムー自身がそれに気づいたのは1人目を身籠った時だった。
逆算した時、どう考えても1週間で成したとしか思えないタイミングだったからだ。
以後、兵産院で3度の妊娠と出産を経験したムーだが、その3度とも1週間以内に確定していて、しかも妊娠期間まで十月十日ではなく、いずれも8カ月という早産。
にも関わらず未熟児なしというその体質は、兵産院の男達からはさすが王家の姫だっただけの事はあると、一笑に付されるだけで、さほど不思議にも思われなかった。
そしてそれは、双子の妹であるナーには見られなかった特徴でもある。
「―――てなわけでー、私は普通なんだけどお姉ちゃんは色々早いっぽいんだよねー」
そういってケラケラ笑って説明を終えるナー。
だが、聞いていた一同はその出自にも驚かされるが、壮絶な半生と、中学生くらいに見える二人が28歳という事にもビックリ。
もう何が何やらと言った具合で、驚きすぎて兵士の中にはわけがわからんと頭を抱えだす者すらいた。
「そういうわけ……だから、責任、よろ。パパ将軍」
あからさまに面白がりながら、照れて流し目を送る演技をしてくるムーに、グラヴァースは真っ白になっていた。
何せ1週間前と言えば、むしろグラヴァースが夜這いされた方であり、それで自分の子を妊娠したのが元1国の姫であり、しかもこれまで3度も出産経験があって、なおかつ10代と思ってたら30前。
そんな白銀髪と赤褐色肌の、何考えてるか分からないような雰囲気の美少女に、子供を身籠らせた責任を求められた―――というなかなかの状況だ。
だが同時に、これで一連の縁談話は解決したことになる。
グラヴァースはムーを出来ちゃった婚で迎えなくてはならないので、シャルーアからは当然手を引く。
アーシェーンがシャルーアをくっつけようとしていたのも無駄に終わりはするが、そもそもくっつけようとしていたのはグラヴァースに身を固めさせるためだ。言ってしまえば結果的にシャルーアでなくともよいので、これはこれで悪くない話と言えた。
むしろ問題はヒュクロの方だ。
シャルーアがグラヴァースとくっつかなくなった事で、彼は王都にシャルーアを送る方策を心置きなく進めようとするだろう。
王都に行くことも王に謁見することもやぶさかではないが、ヒュクロがロクでもない企みをもって利用してくるのであれば、話は違ってくる。
……だが、この赤褐色肌の姉は、すでにそこにも手を打ち終えていた。
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