第165話 捜索止めるは嫌な報せ




 シャルーアとジャッカルが行方不明になってから4日目の朝。ルイファーン宛に届いた報せは、衝撃的なものだった。



「……エッシナが決壊・・したそうですわ」

 ファルマズィ=ヴァ=ハール王国の北西、隣国ケイル=スァ=イーグとの国境にして、レイトラン率いる方面軍が駐留していた村。

 (※第5章参照)


 それが決壊した―――言葉の意味を考えるなら、敵に抜かれて村および守っていた方面軍が敗れたということになる。




「それは、ケイルが攻めて来た―――戦争が始まった……と?」

 リュッグは緊張の面持ちで問う。だがルイファーンは首を横に振った。


「いいえリュッグ様、状況はもっと悪いようです。手紙によりますとケイルの軍は魔物の群れにより壊滅、そのまま国境付近に留まっているそうなのですが……最悪なのは、その数が相当な勢いで増大したそうなんです。エッシナからワダン王国へと至る間が魔物で溢れかえり、それが国境を越えてエッシナにも攻め寄せた、とのことですわ」

 結果だけを見ればケイルが当初抱いた思惑通りと言えなくない。

 しかし魔物により軍が壊滅しているというのであれば、この機に乗じてファルマズィに攻め込む、なんて余裕はないだろう。


 何より、魔物が “ 溢れかえっている ” という表現。


 それは特定の方向に魔物達が攻撃を仕掛けているというよりは、突然の大量増加のせいで、自然と四方八方へ広がっているというニュアンスだ。

 なら現地のケイル王国でも被害地域が拡大する一方な状況になってるに違いない。



「ヨゥイの、スタンピード大群暴走……ゾッと、する」

「私達がいった時だってすごい数の群れだったのに、あれ以上かぁ。たしかにゾッとするねー」

「リュッグ殿のあの時のカンが当たったとも言える事態だな。もし長くとどまっていたならば、我らも巻き込まれていたかもしれん」

 ゴウの言う通り、今連絡が来たということは発生自体はもっと前だったはず。

 (※「第136話 一処に長居すべからず」参照)


 あるいはリュッグ達がエッシナ、レックスーラの辺りから離れて間もないころに起こっていた可能性もある。


「それで、リーファさんにこうして連絡が来たということは引き揚げ・・・・ですか?」

 リュッグの言葉にルイファーンはコクリと頷き、手紙を見せた。


「なっ!? 引き上げとは、ここを引き払うと? 馬鹿な、シャルーアさんはまだ見つかってはいないのだぞ!」

「落ち着いて、ゴウさん。引き揚げるのは我々ではなく、王国正規軍ですから」

 ただでさえ周辺諸国が自国への攻め気にはやってる状況。侵入してくる魔物達は早々に食い止めなければならない。


 王国は当然、エッシナに軍を差し向けるわけだが、そうすると国内の戦力分布が乱れる。

 特にファルマズィ北方域各所の正規軍は、距離も比較的近いという事もあって、中央から来る援軍の本命が到着する前に、先行して現地に戦力を送らなければならない。

 当然、サーナスヴァルやマサウラームなどの各町もそうだ。



 ルイファーンがエスナ家の名で借り、助力してもらっているサーナスヴァル近郊担当の正規軍も、その一部なりをエッシナへと急行させねばならないだろうし、実際のその要請が来ているからこそ、ここを引き揚げるというわけだ。



「……どのみち正規軍の助力が得られなくなるのは、捜索人数という意味で大きなマイナスだ。こちらも一度、サーナスヴァルに戻って捜索体制を整え直さないとな」

 しかしゴウは納得いかなそうだ。リュッグの言い分に対して感情的に反応しないのは、その言が正しいと理解しているからこそ。


 しかし、リュッグはゴウほどの焦りはなかった。


 それは昨日の調査で、シャルーア達が行方不明になった原因が砂大流の地獄グランフロニューナによる可能性が一気に高まったからだ。


「(あの表面を薄く綺麗に削ってスライドさせたような跡……そしてその方向からして、おそらくだが方角は南……)」

 砂大流の地獄グランフロニューナの特徴を理解し、その痕跡を発見できたのは幸運だった。

 どのような状況に置かれているかは不明だが、最低でも妖異の危険に晒されていることはないはずだからだ。



「(問題は距離だな。どこまで運ばれてしまったのか……話によれば100km単位で遥か彼方に移動するなんて事もあるらしいが……)」

 1000km、2000kmと移動されていたらさすがに厳しい。だが数十キロレベルなら、まだ移動先の特定はできなくない。


 砂大流の地獄グランフロニューナで移動した者が生還後、残した体験話ではいずれも、周囲には地平線の彼方まで砂漠しかなかった・・・・・・・・・・・・・・と残している。

 つまり、人も建物も数キロ以内にはなくて " 砂漠 ” が延々と広がっている場所ということ。



「ゴウさん、煮え切らないのは分かる。だがある程度はシャルーア達の行方不明の原因も絞れたからな。場所の特定も出来るかもしれないから、まず町に戻ろう。少なくともこの近くに二人はいません」

 リュッグは言い切る。

 ここでもし ” この近くに二人はいない可能性が高い ” といった言い回しをしたら、可能性は低くてもこの近くにまだいるかもしれないとゴウに思わせてしまう。



「む、むう……リュッグ殿がそう言うのであれば……」

 可能性の話でいえば、この近くにいる可能性だって当然ゼロとは言い切れない。

 だがゴウは他国の人間、この国の地理には疎い。強情張って周辺探索を続けようとしても一人では厳しく、どのみちリュッグ達に従うより他ない。



 こうして一行はシャルーア達の捜索を一旦断念し、拠点を引き払ってサーナスヴァルへと帰ることにした。




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