第164話 ジャッカルという男
――――――10年前、サーナスヴァルの路地裏。
「はーん……仕事ねぇ。お前さん、何ができるよ?」
やる気があるんだかないんだか分らない態度の、いかにもなゴロツキ。
壁に背を預けて人を値踏みするようにジロジロと見る視線は、いかにも怪訝そうで、目の前の少年と青年の中間的な若造を、興味なさげに眺めていた。
「何が出来るって言われたら、人並みのことは何でもできるし、人が出来ないことは何もできねぇ、って言うしかないな」
まだ15、6歳程度というところ。ゴロツキは、その生意気な口のきき方に眉をひそめたが、こういう裏社会に流れて来る若造はだいたい尖っているもの。
腹を立てることでもないと少しばかり沸きかけた憤りを、深呼吸と一緒に吐き出した。
「仕事が欲しいんだろう? 見たとこスラム育ちのようだが、今までは何やってきたよ?」
ゴロツキが聞きたいのは具体的な職歴だ。ないなら特技や得手不得手、技能など本人からやれることを教えてもらわないことには、仕事の斡旋なんかできやしない。
最悪 ” 10kgの重さの荷物を運べます ” でも構わない。これといって実のあることを何も言われないよりかはまだマシだ。
ところが問われた若造は、スラスラと一つ一つ自分の履歴を簡単にあげていった。
「市場で食い物を盗んだ、通行人が落としたモンを拾って
「あー、わかったわかった、もういい。十分だ」
何というか、この若造はストレートだ。自分の善悪すら掛け値なしに必要とあらばぶつけてくる。飾らないし卑下もない。誇張もしなければ背伸びもしない。
それに加えて―――
「できれば金払いのいい職であってほしいな」
「あん? 大金がいるのか。借金か? 病気のかーちゃんの治療費か?」
「いいや? 天涯孤独だしな。借金なんてもんする気もない。単に金はあればあるだけ生きてくのに楽だからだ」
どこまでもストレートに相手にぶつける。そんな若造にゴロツキは思わず苦笑した。
「(ふーん、頭もそれなりにありそうだ。ケチながら悪さの経験もあり、魔物ともやりあったり給仕仕事や肉体労働も……なるほどなぁ)」
このゴロツキにしても、金払いのいいところに斡旋するのは望むところだ。なぜなら斡旋先次第で、自分が貰える仲介手数料も増えるからだ。
だが金払いのいいところは、紹介した人材の質を重視する事が多い。適当なのをあてがっていると自分の信用が下がり、取引できなくなってしまう。
「(確かマフマッドル家があのクソガキ、ラッファージャの護衛を欲してたな。まだ空きがあるかは分かんねぇが、ねじ込んでみるか……)」
財産だけはあるいけすかない一族のいけすかないガキ。どうせ自分が仕えるわけじゃないし、若造の希望通り金払いのいい仕事先……まさにちょうど良かった。
「そうだなぁ、お前さんの希望に添えそうなとこが1件あるぜ。……そういやお前、名は?」
「ジャック―――ジャッカルだ」
「ははは、犬ころか。まさにぴったりかもな! 仕事は偉いさんの私兵だ。たぶん護衛やらがメインになるだろう。腕っぷしと多少の礼儀やおべっかはいるが、金払いはいいはずだぜ。やってみるかい、ジャッカル?」
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ラッファージャに私兵として雇われた時、ジャッカルはまだ16歳、そしてラッファージャは13歳だった。
当時からラッファージャは家柄と金に物を言わせてやりたい放題で、周囲をよく困らせる放蕩っぷり。
そのため、いくら給金がいいといっても、やっていられないとやめていく同僚が多かった中、ジャッカルは意外とその職場に順応した。
―――ラッファージャ17歳、ジャッカル20歳。
「よし、今日はあの女をやるぞ」
町中を闊歩していたラッファージャは、視界に入った女性を指さしながらそう宣言した。
「いいんじゃないすか。どーぞご随意にー」
「……お前な、俺の護衛だろう? もうちょっとこう、ノリよくだな」
ジャッカルの気のない言葉に、ラッファージャは顔をしかめる。だがジャッカルは態度をあらためなかった。
「俺がどーこー言ったってラッファージャ様は好き放題やるでしょ。常に全力で付き合ってたら体力持ちませんからねー。ぼっちゃんにはテキトーに手抜きするくらいでないと仕えてらんないんすよ、どんだけ辞めてったか知ってるでしょうに」
「ぼっちゃん言うな! ……ったく、興が削がれた。帰るぞっ」
他の者にとっては仕えにくいラッファージャだが、なんてことはない。ジャッカルから見れば単なるお山の大将だった。
適当に力を抜き、適当に肯定してやっていればいい。このテのタイプは、自分を良しと言ってくれるYESマンを好む。
だが無理に合わせてYESばかりを言い続けるのは、仕える側にしたら自己を殺す行為で、心身とも疲れるもの。
なので基本は投げやりでいいのだ。
あくびをかきながら不遜な態度で “ あーはいはい、YESYES ” くらいで十分だということを知っていたジャッカルは、要領よく私兵仕事をこなしていた。
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―――砂漠遭難7日目、早朝3:00頃。
「(……。あー、なんか懐かしい夢みた気がするなー……)」
あの頃は思いもしなかった、こんな夢のような日々が来るなんて。
あのディザートセーバーという蛇の肉を食べた直後から、丸3日近く。
昼夜問わず、飲食も忘れて励みに励み尽くした後の睡眠は、とても心地良い疲労感が伴った。
夢なんて見たのも久しぶりだ。ジャッカルは充実した気分で毛布の巣穴の奥へと引っ込む。
そしてシャルーアの細い腰を強く抱き寄せると、その豊かな胸の谷間に自分の頭を深く埋没させ、再び眠りへとついた。
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