第166話 正の情動




―――砂漠遭難12日目、昼12:00頃。



「ふー、食べた食べた。ごちそうさまっと」

「お粗末様でした」

 すっかり夫婦じみたやり取り。この生活に二人とも完全に馴染んでいる。




「飯も食べ終わったことだし……」

 ジャッカルがチラっと見れば、シャルーアはすぐに求めるところを理解した。


「はい、馬車ですか? それともこの場ででしょうか?」

 もはや多くを言わなくても分り切っている。というかこの状況では他に娯楽もないので二人にやれることは必然ながら1つだけ。


 夜は言わずもがな、朝も昼も少しでも間があれば励む。


 結果、1日に何度もお互いの服を洗濯して乾かす事が多くなったので、10日目を過ぎた頃には、適当なボロ布で最低限度を隠すだけの服を作って着用。二人はほぼ裸状態に近い姿で毎日過ごすようになっていた。




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「(ふー……、こんだけ毎日頑張ってればさすがに、だろ)」

 昼の暑い日差しを避ける馬車の荷台。ジャッカルは充実した気分で幌の天井を見上げていた。

 シャルーアも心地よい疲労感と共に、ジャッカルの胸板に顔を預けて小さな寝息を立てている。




 昼下がり。


 砂漠の暑さも忘れるほどのひと時を過ごした後の、こののんびりとした雰囲気がたまらない。


 シャルーアを手に入れる。そのために暇さえあれば励む。もうここまでの間柄であれば手に入れたも同然……それは普通の女性が相手だった場合なら、だ。

 ジャッカルは得意の何となくで察していた。この娘が選ぶ男に求めるもの―――それは子宝という確かなものであるということを。


 そうと確信できる理由もある。


 それは遭難した最初の日の夜。ジャッカルが馬車の荷台でシャルーアを押し倒した時の言葉だ。


 ジャッカルはその時から、この二人きりで遭難んしている状況を機に、彼女を手に入れる気でいた。

 なので押し倒してかけた言葉は "俺のものになれ、そして、俺の子を産め ” だった。


 当然、シャルーアが断ろうが抵抗しようが無理矢理にでもするつもりだったジャッカルは、いかな未来が待っていようとも覚悟を決めた上で、自分の素直な情欲をストレートにぶつけた。


 そんな彼に、シャルーアが返した答えは―――


『子供ができましたら、貴方のものになります』


 ―――であった。


 そして抵抗も拒絶もすることなく素直に、そして従順にジャッカルを受け入れた。彼がどんなに激しく、あるいは苛烈にしようとも受け止め切って見せるこの少女に、ジャッカルはどこまでも熱く燃えあがった。



 それからはもう、ほんの少しでもムラッとくればシャルーアとの子作りに励む。


 動機は強い性欲と劣情だが、ジャッカルは1日、また1日と彼女との日々が過ぎていく中、にわかに理解する。

 この肉体関係は “ 勝負 ” なのだ、と。


「(俺がシャルーアちゃんを陥落させられるかどうか……か)」

 彼女が、ジャッカルを異性として愛してはいないことなど明白だ。なのに彼の子供を妊娠しても良いと言っている。

 いつでも求めれば応じてくれる美少女。素直で従順で、食事や洗濯などもしてくれる、男からすればなんて都合のいい女なんだと下衆ゲスいことを考える者もいるだろう。



 だが、それは彼女の本質を分かっていない奴の浅はかな考えだ。



 おそらくシャルーアは、この世のどんな女よりも手強い。真に彼女を手に入れるというのは、彼女に自分の子供を身籠らせることではないとジャッカルは理解至る。

 確かに子供を孕ませられることができたなら、既成事実で夫婦には容易くなれよう。だがそれで、彼女の心が相手の男に寄り添うわけではない。


 結婚したなら、きっと今と同じように素直で従順な妻として隣にい続けてくれるだろう。それでも彼女の心が本当に夫となった男のモノになるわけではない。


 あるいは一生かけても……子をたくさん作っても、孫ができても、寿命をまっとうしてあの世へと旅立つことになっても、彼女を真に手に入れることは容易ならざることだろう。


「(……上等だ、まず確実に俺の手元に置かなきゃあな。そうすりゃ本当に惚れさせるのに、死ぬまで猶予ができるんだ。ジジイになっても諦めねーぞ)」

 この勝負の制限時間は一生だ。彼女の心が自分に寄り添う―――それが勝利。




 そんな事を考えていると、ジャッカルの相棒は再び元気になっていく。任せろと言わんばかりの頼もしさに、彼はつい苦笑した。



「(……不思議だな? とんでもなく下の話だっていうのに、妙な清々しさを感じるのはなんだ? 後ろめたさをまるで感じない……何ならこの状態を誰かに見られたって恥ずかしくもなく堂々と励めそうなくらいだ)」

 ジャッカルにしても、別に異性との関係はシャルーアが初めてではない。これまでにもそれなりに経験はあった。


 だが、シャルーアと関係を結んで以来、このちょくちょく感じる妙な気分の良さが不思議でならない。

 まるで聖人君子にでもなったかのような、精神が洗われるような―――しかし、劣情や性欲がなくなるわけでもなく、むしろこちらも盛り上がっている。


 ただ何故か、本来なら恥ずかしくも後ろめたさを感じるはずの衝動が、とても正しくて清いような感覚を覚えるのだ。




 ―――それは、正の情動。


 生物として正しい欲であり、正しい精神の在り方である。

 生物が生物として正しく繁栄するのに、何の後ろめたさを感じる必要があろうか。




 だがジャッカルが、その奇妙な感覚の答えにたどり着くことはない。


 深く考えることを諦め、その情動に従って、寝息を立てるシャルーアにも遠慮なく再び愛で始めたのだから。




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