第162話 乾いた世界の甘い生活




―――砂漠遭難2日目。朝9:00頃



 シャルーアは、日が十分にのぼった事を馬車の荷台の、幌の明るさで理解する。


 朝のお世話を終えた途端、再び眠ってしまったジャッカルから身を離して、毛布の巣穴から這い出した。

 自分の服に手を伸ばし、しかし着ることなくそのまま外へ出ると、柔らかい砂を踏みしめ、オアシスの水辺に歩み寄る。




「ちょうどいい温度です……」

 持っていた服を木にかけると両手で水をすくいあげ、顔を洗う。


 次に水を汲むために置いておいた小さな木箱を手にとって、昨夜の汗と穢れを流すようにその身に水をかけた。


 朝の光が、濡れたシャルーアの肢体を照らす。褐色肌に優れたボディラインが水面の輝きに負けじと煌めいた。





―――砂漠遭難3日目。昼13:00頃


「うん。今日も魔物の気配は、なさそうだ」

 オアシスから500mほどの距離で、グルリと周囲を回るジャッカル。


 少しずつ、より広範囲を警戒しながら遠くを伺っていく。地平線の彼方に何か見えさえすればかなり違ってくるのだが、まだ一面砂漠しか見当たらない。


「(まぁもう少しくらい、この状況のままでいて欲しいしな。そうすぐに何か見つかってくれなくても……焦る必要もないし)」

 シャルーアとのこの生活に馴染んできたところだ。ジャッカルとしては、助けがくるにしろ自分達でこの状況を脱するにしろ、もう少し今の日々が続いて欲しいと思っていた。



「……よし、今日はこの辺に立てるか」

 シャルーアに持たされた布付きの棒。それを引きずりながら周囲をぐるっと回ったのだが曰く、砂大流の地獄グランフロニューナという妖異によって移動させられた先というのは、しばらく無風でもあるのだとか。


 なので地面に何かしらの跡を付けても砂塵や砂煙で消えることがない。


 オアシスから距離をとって、周囲をぐるっと回る際に線を描いておけば、魔物なり生き物なりがオアシスに近づいてきていたなら、その線に異常がみられるのですぐに分かる―――これもリュッグがシャルーアに教えていた、砂大流の地獄グランフロニューナに巻き込まれた際の対処法の一つだった。


 そして線を描き終わったら、その布つき棒を地面にす。


 もし風が戻ってきたりすれば、オアシス側から挿したこの棒の布がはためいて見えるし、今後さらにオアシスから距離を離した際には迷わないための目印にもなる。


「これでよし。今日の仕事はおわりだな」





―――砂漠遭難4日目。朝11:00頃


「へ、その蛇って……食えるの?」

「はい、瑞々しく美味しいお肉ですよ、ジャッカルさん」

 朝起きた直後、オアシスの水中で泳いでいたのを見つけたシャルーアが捕まえた蛇。昼食にとさばいている。


 ジャッカルも午前中は食糧になりそうなものを探して、オアシスの周囲の砂漠から、野生の高黍ソルガム神説逆樹バオバブの実を見つけて持ち帰った。


 荷馬車に温存している食糧は、今でこそ十分とはいえ、いつまでこの状況が続くか分からない以上、現地調達は重要。蛇とて食べられるのなら貴重な食材だ。


 とはいえ……


「(蛇……蛇なぁ、食えるやつなのか? まさか毒とかないよな……?)」

 ジャッカルにとっては、どちらかといえば食用よりも猛毒の生き物というイメージが強く、また見た目からも食指があまり伸びそうにない。


「この蛇は " ディザートセーバー " と言います。砂漠に生息している蛇の中でもとても美味しくて栄養価があるんです。人のいるところには滅多に出ないので、なかなか食べることができません。なのでとても貴重でして、私もこれまで一口、二口ほどしか食べたことがないんです」

 ディザートセーバーの名前の由来は、砂漠で遭難してもその肉を食べると数日は飲まず食わずで命を繋げられると言われてるためだ。


 食材として優れている反面、滅多に捕獲されないので高級食材。裕福な家の生まれであるシャルーアでも幼少の頃に数度、合わせてほんの数口しか食べた記憶がない。


「く、詳しいねシャルーアちゃん。捌き方もわかるんだ?」

「とても珍しい蛇さんですから、幼い頃に料理するところを見せてもらった事があります。その時の蛇は小さいモノでしたが、きっと捌き方は同じのはずです」

 太さは直系20cm、長さは2mと野生の生き物としては十分に大蛇。食べ応えは確かにありそうなボリューム感。


 しかもディザートセーバーは、非力なシャルーアですら捕獲できるほど無害で弱い。

 だからこそ臆病で、人の生活圏の近くには姿を現さず、その肉は希少価値が出る。


「うーん……でも蛇は蛇だからな……」

「滋養強壮な食材としても有名ですから、きっと精力もつきます」

 シャルーアの一言でジャッカルの中の抵抗感は消えた。




 そして、その栄養価の高さをこのあとすぐに、二人は自分達の身をもって理解する事となる。




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