射干犬は砂漠でハネムーンの夢を見る
第161話 男女二人と小さなオアシス
太陽がのぼる。砂漠の地平線を徐々に白く染めていく、明るく低い輝きが夜の闇を裂いて、厳重に閉ざされた馬車の荷台を染めてゆく。
『ブルルルッ……』
早起きな馬車馬が輝かしくも美しい太陽光に照らされて、水を飲んでいた小さなオアシスの水面からその頭をあげる。
砂漠の夜の寒さに強い種とはいえ、
優しい主が、夜の帳が降りる頃に身体へと丁寧に掛けてくれた防寒着は暖かいが、それでも夜が終わったことは喜ばしい。
身体に溜まった寒気を吹き飛ばすように、人知れず身震いした。
「……ん……」
シャルーアは目を覚ました。目の前にはジャッカルの寝顔が、わずか5~6cm先にある。
防寒対策で完璧に閉ざした荷馬車の中、5枚重ねの毛布に包まり、お互いに全裸で温め抱き合った昨晩。
それからしっかりと密着したまま、夜明けまで3時間は眠っただろうか?
「……すー……、ぐー…………、すー……」
意外と大人しい寝息をたてるジャッカルはまだ夢の中だ。シャルーアも目を覚ましたとはいえ、すぐに起きはしない。
太陽はまだ低くて外は寒い。早朝の早すぎる時間であることをジャッカルとの肌の繋がり、彼の朝の生理現象の有無から理解する。
シャルーアは再びそっと目を閉じ、そうするのが当然と言わんばかりに、よりジャッカルに己の凹凸を絡みつかせて密着の度合いを強めながら再び眠りについた。
・
・
・
昼。
夜には考えられない暑さの中、シャルーアは防寒着を脱がせた馬の背に、オアシスの水をかけ洗っていた。
『ブルルッ』
「気持ちいいですか? 今日も暑いですね」
かたわらで、干し終えたばかりのジャッカルと自分の衣服下着がゆるやかな風に揺らいでいる。
物干し竿代わりの長い棒をかけられた木が、サワサワと音をたてながら、ヤシに似た葉を揺らした。
暑いとはいえ乾燥した空気はとても過ごしやすい。水場も近いので何ら問題はなかった。
「ただいま、今帰ったよシャルーアちゃん」
「おかえりなさいませ、ジャッカルさん。ご無事で何よりです」
その出迎えに少しだけ感動するジャッカル。
結婚して奥さんがいたらこんな感じで仕事帰りを出迎えてくれるんだろうか、などと妄想せずにはいられない。
「どうでしたか、周囲のご様子は?」
「ダメだ、どこまでも地平線が続いちまってて……。正直、ちょっとお手上げかもな」
二人の遭難は、別にジャッカルがシャルーアを連れて逃げようとした結果……ではない。
他の馬車の後を忠実に追っていたシャルーア達の馬車は途中、猛烈な砂煙を浴びたかと思ったら、ほんの数分でまるで違う場所に移動していたのだ。
「でしたらやはりヨーイ、
ジャッカルには知識がなかったが、シャルーアはリュッグからそれを教わっていた。
――――――妖異、
生物というよりは砂漠が流れるという怪奇現象で、砂漠の地面の砂そのものが急激に流れ動く。
砂漠に暮らす10万人のうちの1人が一生に1度遭遇するかどうかという確率の、超稀な現象で、物理的な法則も天候的な常識も一切無視で突然起こる。
この現象に遭遇してしまうと、今立っている地面全体がそのまま流れて動いてしまい、気づけばまったく違う場所に移動させられてしまっている。
しかもその距離は何十キロから、時には何百キロも遠方まで移動させられてような事例さえ、過去にはあるという。
実際にシャルーア達は、ラッファージャの宮殿の周囲にあった岩山群を南に見ながら走っていたのに、今はどこにもその山らしい影すら見えない。
どこまでも平坦な砂漠が広がっている。
幸いにも、ポツンと小さな砂丘の頂上がくぼんだ中にある小さなオアシスを近くに見つけ、そこに身を寄せている状況だ。
最大の特徴は、
地面の流れで玉突きのように移動先に生息していた妖異や生き物は押しのけられ、またその異様な現象を危ぶんで、しばらくはその地域に近づきも、戻ってこようともしない。
なので
「―――なるほど、そんなことが起こったのか……確かに周りには全然、危険そうな気配がなかった。トカゲや小物の蛇とかはいたが、魔物はまるでいるような雰囲気はなかったな」
自分達に起こったことを把握した二人。特にこの小さなオアシスがあったことは本当に幸運だった。
食糧や水はある程度は積み荷の中にあるものの、量はそう多くはない。よくて二人で1~2週間もたせられるかという程度だ。
周りに何もないとなると、どこまで行けば人のいる村なり町にたどり着けるかもわからないので下手に動けない。そんな状況で水場の存在はとてもありがたい。
小さいとはいえその泉の面積は30m四方はある。一番深いところで5mのオアシスは、人間2人と馬1頭にとっては、とても豊潤な水源だ。
手持ちの毛布や道具を駆使し、温まり合うことで夜の寒さをしのげる事も昨晩実証済み。
少なくとも1ヵ月はこの場で生を繋ぐ事は出来るだろう。
「ふー、なんか安心した。わけもわからないまま遭難した時はさすがに焦ったよ」
「私も驚きました。お話は聞いていましたが、実際に体験すると何だか不思議です。まるで世界から隔絶したところにやってきたような気が致しますね」
「隔絶……」
ジャッカルは息を飲んだ。
昨晩、あれだけ熱くなったばかりだというのに、二人きりと意識した途端、再び猛るものが自分の内から燃え上がってくる。
気づけばシャルーアを押し倒し、真昼間から彼女に抱き着いていた。
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