第160話 庇護なき初めては生の試験である
宮殿から北、裏口を出てから一度西へ、そして北へと大回りでサーナスヴァルへと向かう……
それが出発前に取り決めたルートであり、ジャッカルがルイファーンと打ち合わせた脱出および保護してもらうためのルートでもあった。
「女性、老人を最優先に保護だ。周囲、魔物への警戒は怠ってはならんぞ」
ゴウが馬車から非戦闘員を誘導し、ルイファーンが手配したより大きく立派なモノへと乗せ換えつつ、連れ立ってきた警護の兵に注意を促す。
「ふむ、ふむ……なるほど、おおよその流れは事前の想定通りか。なら宮殿の方にはもう他の私兵とラッファージャ本人以外、残っていないんだな?」
リュッグが私兵達から事情を聞き、
「お食事とお飲み物の用意ができましてよ、これから皆様に配らせてまいりますから各々方、その場でお待ちくださいな」
ルイファーンが料理人と給仕を指揮して食事の手配を行う。
砂漠の道半ばに設営されたベースキャンプは、ルイファーンがエスナ家の名に物言わせて準備したおかげで、なかなかの規模と設備が整えられていた。
「おねえちゃーん。何か見える~?」
「……みえない。……馬車、さっきので……最後??」
ムーとナーは少し高い岩の上に登って、愛銃の
「うーん、話じゃ8台って言ってたよねー。じゃ、あと1台いるはずなんだけど……もう結構時間経つよねぇ??」
「……。ルート、外れた? 道中……何かあった、可能性」
馬車は順番に出発したという。なら、さほどの時間も間隔も空けずに宮殿を出てきたはずだ。
御者の腕前や馬車を引く馬の個体能力の差などを考慮しても、8台の馬車がそれぞれ大きく距離を離すことは考えにくい。
実際、7台目の馬車まではそれぞれ長くても5~6分程度の間隔で捕捉・保護することが出来ていた。
しかし7台目を保護してから既に20分が経過。
どの方向を何度も注意深く見ていても、8台目の馬車が二人の
「ナー。一度……下、情報……私が見てる」
「おっけー、お姉ちゃん。じゃ、ちょっと聞いてくるねー」
・
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ナーから、まだ8台目が来ないと報告を受け、リュッグ達はもちろん、保護した馬車の私兵達も焦りと不安を覚えた。
「8台目はジャッカルが乗ってるはずだ」
「ああ、確かあの最後に連れてこられた女のコと、ある程度の荷物を乗っけてたはずだよ」
「荷物は、まさかあんたらに保護されると思ってなかったからな、イザって時のために困らねぇよう、一通りの物資とか色々さ。この辺りの砂漠は砂塵も舞いやすいし」
「何より道中、魔物が横やり入れて来る可能性だってあったしな、備えあればってなもんさ」
「だから8台目だけ荷馬車なんだよ。シャルーア? ああ、そうそう、そんな名前だったな。荷馬車の操馬経験があるってんで、ジャッカルと8台目に乗っていくことになったんだ」
「あの状況で宮殿から俺達を誰か追いかけて来るようなことはないだろうし……、ジャッカルたちにもし何かあったとしたら、やっぱり途中で魔物が出たとかか?」
私兵達の会話から、ジャッカルとシャルーアの馬車は道中、何か問題に遭遇した可能性が高そうだった。
宮殿の裏口から大外まわりで東へ向かうこのルート―――サーナスヴァルまで、およそ10kmは決して短い距離じゃない。
そこまで大外をまわるのは、そのルートが一番安全であったからだ。
「ヨゥイが活性化してる昨今だ、可能性として否定できないな」
このベースキャンプから宮殿の裏口までおよそ6km。安易に探しに行くには少々危険。
ムーとナーの銃の
状況はよろしくない。
「むう……、ならばこのゴウが行こう! シャルーアさんをお救いせねばっ」
「ダメだゴウさん。二重で遭難する可能性がある。……ナー、もしもシャルーア達が道中でヨゥイに遭遇していた場合、逃げをうって馬車を飛ばしてこっちに来る可能性もある。念のため日が沈むまでは見張り続けてくれるか?」
「りょーかい! もし緊急そうなの見つけたら、一発撃って報せるから音聞いといてねー」
キャンプの外へと駆けていくナー。
思いのほか冷静に指示を出すリュッグを、ゴウは意外に思った。
「……リュッグ殿、シャルーアさんが心配ではないのか?」
「心配……まぁそれは当然……。ですがシャルーアにはこれまでも色々と教えてきているんでね。少なくとも、この砂漠の多い土地柄で簡単に死なないで済む程度の知識は一通り教えたつもりです。あの娘は素直だからその教えは生きるはず……それに」
「それに?」
そこでリュッグは息を吐くように苦笑し、一呼吸おいた。
「まぁ、一人じゃないなら何とかなるかと……シャルーアの場合は、特にね」
自分のこれまでの教えが少女の中で生きているなら、絶対的にどうにもならないようなヨゥイにでも遭遇していない限りは大丈夫。
そしてそんな脅威に遭遇するのは、確率的にいえばものすごく低い方だ。
逆に言えば、もう今のシャルーアならこの砂漠に放り出されたとしても、簡単には死なないでいられるという事でもある。
「(出会ってからまだ1年も経ってないが、不思議なもんだな)」
リュッグは今回のシャルーアの行方不明を、何となくこう捉えていた。
これまでの教えを覚えているかどうか、この難事を乗り越えていけるのかどうかの一種の “ 生きていくための試験 ” のようなものだと。
だから焦りも不安もあまりない。
あの娘は教えを忘れていないだろうから―――リュッグは不思議と確信に近い形でそう思い、ほとんど心配していなかった。
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