第159話 押された宮殿は救出人を排した
シャルーアが連れてこられてから6日目の朝。ラッファージャの宮殿は騒然となっていた。
「いつまでも何をちんたらとしてるっ、賊などさっと蹴散らせ!」
苛立ったラッファージャが私兵達が戦っている場へとやってきて、隊長格につっかかった。
その恰好は今の今までお楽しみだったと言わんばかりのバスローブ姿。とても戦いの場に出てくる装いではないラッファージャに、私兵達は心の中で舌打ちした。
「そ、それが……あ、相手は賊などではありませんっ。あれを見てくださいっ」
「あ~ん? 何が――――――はぁ!? せ、正規軍の……旗ぁ?!?」
言ってもマフマッドル一族はサーナスヴァルの町近辺の地においては昔から強い影響力をもっている。地元の暗がりのゴロツキも、マフマッドルの名を出すだけで恐れおののくレベルの家柄だ。
だが、それは言い換えればあくまでイチ地方のマフィア程度でしかないという事でもある。当然、国家という権力には遠く及ばない。
ラッファージャがいくら放蕩とはいえ、腐ってもマフマッドル一族である。絶対に敵に回してはいけない相手というものは、幼少期から徹底的に教え込まれていた。
「(なんで王国がこんなとこに軍をうごかすんだよ!? 意味わかんねぇ!??)」
さすがに1個大隊もないが、2個中隊(10個小隊約300人)が宮殿前にひしめいている。
ラッファージャが雇用している私兵たちは宮殿内をかき集めてようやく200人ちょっといるかどうかだ。
しかも金で雇った私兵は、正規の軍隊の足元にも及ばない。装備も練度もけた違いだ、勝てるわけがない。
「ら、ラッファージャさん……その、どうします? みんな怖気づいてますが……」
当たり前だ。どこぞの賊徒が来たならともかく、正規の王国軍を相手に戦うなんて真似は出来ない。やり出してしまえば王国の敵と100%決っしてしまう。
私兵達にしてもそうだ。仮にここで勝てたとしても半永久的に国に追われることになる。
しかも国家から敵とされてしまったらもう表も裏もない。世の中すべてが敵に回り、一生追われる身となって、誰も頼れなくなる。
「~~~~~ッッ!!」
そしてもっと言えば、ここに王国の旗を掲げる軍の一部が来たということは、マフマッドル一族はラッファージャを見放したも同然だということ。
そうでなければ、軍が動く前に口添えしてくれて、この目の前の光景はなかったはずだからだ。
たかだかそこらの女を自分の宮殿に連れ込んだだけ―――もちろん誘拐に等しい行為は犯罪には違いない話だが、それにしても国が自分に向けて軍を動かすというのがとても信じられなかった。
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宮殿内、裏門近く。
複数の馬車が出発の準備を整えて待機する中、ジャッカルはラッファージャが連れ込んだ女達を馬車に搭乗させていた。
「避難の準備が完了したらそのまま待機してくれ。実際に宮殿を出るかどうかは状況に合わせるから」
馬車に乗り込んでいるのは女達だけではない。医者などの私兵以外の人間も数多く混ざっている。
これらの仕儀は、すべてはジャッカルの一存だ。
表向きには、気を利かせて非戦闘員は宮殿外に避難させる、という見上げた名目―――なのでラッファージャの許可を取り付けてはいないものの、彼のその行動に賛同する私兵も何人かいて、御者や護衛の形で協力してくれている。
「はぁ、はぁ、はぁっ、……おおーい、ジャッカルー」
私兵の一人が宮殿内から走ってくる。抱き上げられているのは昨晩、ラッファージャの寝室に呼ばれていた女性で、元娼婦のハルマヌークだった。
足腰が立たないようで、大きなバスローブにくるまった状態で運ばれて来る。
「間に合ったか。表の戦況は?」
「まだおっぱじまっちゃいない。だが時間の問題だろ……ラッファージャのやつは、相手が王国の旗を利用してるとか言い始めてたからな。本当に正規軍だったら終わりだっつーのに」
「そうか……残念だが仕方ねぇな。連絡は?」
「始まったら宮殿内の非戦闘員は俺らで避難させておくので存分に、っつっといてくれって頼んどいた。問題ないぜ」
同僚の答えにジャッカルは大満足する。まさに彼の計画通り、全てのことが進んでいた。
「よし、戦闘の騒ぎや音が聞こえたら馬車を出そう。その娘はそっちの馬車に乗せて、お前も御者を頼む」
「わかった、ジャッカルはどうする??」
「俺はあっちの馬車にもう一人の娘を乗せていく。聞けば荷馬車を操った経験があるらしいからな、多くはないが一緒にいろいろ荷を運び出す。出発したらそれぞれ、例のルートでとりあえず町を目指そう」
「サーナスヴァルだな、わかった!」
正直、宮殿から砂漠に出るのも危険だ。魔物に遭遇すれば命に関わる。
しかし攻め寄せて来てる連中の意図が分からなければ、宮殿に留まっていてもどうなるか分かったものじゃない。本当に王国正規軍だとしても、保護されるとは限らないし、戦闘の余韻で末端の兵士が
それが、ジャッカルが私兵や非戦闘スタッフ、そして女性たちにこの避難計画を納得させた言い分だった。
『ギィンッ!! カン!! ワァァァーーーッ!!』
遠目にこだましはじめる大勢の人間の声と金属がぶつかり合う音―――ついに始まったようだ。
「戦闘が始まった! ……慌てるな、左の馬車から順に出発だ!」
「よし! 無事に避難できたら町で落ちあおう!! 先に行ってるぞ!」
「お互い無事でな! 幸運を祈る!」
「次行くぜ、お前らも魔物に気を付けろよっ」
どんどん出ていく馬車を見送り、ジャッカルはほくそ笑む。しかしまだ油断はできない。気持ちを引き締めるため、自分の頬を軽く叩いた。
「よし俺らで最後だ。行こうか、シャルーアちゃん」
「はい、わかりました。……ではお馬さん、よろしくお願い致します」
シャルーアが手綱を取る。ジャッカルがその隣に腰を落ち着けると同時に、ゆっくりと動きだした馬車。
裏門を通り抜けて四重の外壁の外、宮殿敷地外の砂漠の砂を、車輪が踏みしめる。
こうして二人を乗せた馬車も、戦いの喧騒を背に聞きながら、宮殿から遠ざかっていった。
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