第150話 傭兵が生き残るための肝要



 ルイファーンを送り届けて今回の仕事は終わったのだが、リュッグ達はしばらくマサウラームの町で留まることになった。


 リュッグがルイファーン親子から手放してもらえない―――というのもあるが一番の理由は、この辺では決して生息していないはずの妖異メロークが確認されたことにあった。




「確かに不確定要素のあるうちはあまり動き回らぬが無難……まぁ良いのではないか?」

 言いながら、どこかウキウキしているゴウ。町に留まればシャルーアと行動を共にできる時間が作れる。

 しかもリュッグから―――


『ゴウさん。俺が近くにいられない時は、シャルーア達のことを頼みます』


 ―――と、言われている。


 そのリュッグは、ルイファーンの熱烈なアピールと共に誘拐同然に連れ回され、夕方または夜にクタクタになって帰ってくる日々だ。


「……ウゴウゴ、笑い方、気持ち悪い」

「あれは絶対ヘンな妄想してる顔だね。うわー、ウゴウゴってばやーらしー」

「んなっ!? ヘンな妄想などしていないっ! 勝手なことを言うな!!」

 そもそもムーとナーもいるのだ。シャルーアと二人きりになることはまずない。


 今日、みんなで町に繰り出したのも、先の戦闘で消耗した弾薬補充―――つまり、双子姉妹の用事がメインだった。


 事実、シャルーアはゴウに見向きもせず、町の案内地図の看板を眺めながら、ムーとナーのために銃弾を扱ってそうなお店を探していた。


「アヌナフトゥ商会……ナンマ商店……オプトラの店……―――お店の方は色々とありそうですが、この看板では何のお店なのかまではよく分かりませんね」

「ねー。お店の名前しか書いてない上に、すっごい古そう」

「やってるか自体、不安……」

 町にとってもマイナスになると思うのだが、やる気のない案内看板は、あちこちがさび付いているほど古びており、掲載情報が今も正しいのかさえ怪しかった。


「とりあえず回ってみるしかないか。幸い、この町はさほど広くない……今日中にすべて回れるはずだ」

 仕方なく、4人はしらみつぶし的に町中を巡ることにした。




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「調査に出た方々はまだ戻ってきてませんね。……えと、先に食べきられた方がよろしいのでは?」

 マサウラームの傭兵ギルド支部―――その受付嬢は、大量の露店商品をモグモグしている4人に、少し呆れ気味な笑顔を向けている。


「モグモグ……ゴクン、……そう……残念」

「お姉ちゃん、口にソースついてるって。じゃ、何かわかったらまた教えてねー、気になってる件だし」

「失敬した、では」

「お仕事ご苦労様です。こちらをどうぞ召し上がってください」

 そういってシャルーアが渡したのは、山のように抱えてる食べ物のうちの1つだ。厚紙でつくった箱型の皿の中に、キューブ状の異なる色合いのケーキが6つ入っている。


「あ、ありがとうございます」

 戸惑う受付嬢が差し出されたソレを受け取るの待ってから、シャルーア達はギルド支部を後にした。





「あれから3日たってるし何かわかってるかなーって思ったけど、残念だったねー」

「……新情報、ないと……迂闊、動けない」

 ムーの言う通り、メロークのようにこの辺りに生息していないような妖異が出没するのであれば、仕事にしても別の町に移動するにしても、その対策や準備をしなければならない。


 傭兵にとって、事前の情報と準備が全てといっても過言ではない。不確定な要素は可能な限りなくした上でことに当たる。そうしない傭兵は短命で終わる。


「確かに珍妙な敵ではあったが……そもそもありとあらゆる魔物すべてに備えるなど不可能ではないか。広範に対処可能な最低限を準備した上であとは臨機応変にその都度、対処するより他ないのではないか?」

 だがゴウの言い分に、双子姉妹は分かりやすくため息をついてみせた。


「さすが、ゴゴウゴ……簡単に死ねる」

「ねー。分かってないよねー、ゴゴウゴはー。その辺り、もうシャルーアちゃんですらわかってるのに。ね、シャルーアちゃん」

「はい? 確か……リュッグ様のお話では “ 事前に不確定な要素がある場合、その全容が明らかにならない限りは動いてはいけない。なぜならある日突然、前情報のないヨゥイに遭遇したとして、それが絶対的に対処不可能な相手であるというのはよくあること ” ……と教えていただいた記憶があります」

 そもそも魔物―――妖異は、1vs1だと基本的に人間より強い生命体だ。強さの程度に差があるとはいえ、分かってるだけで全体の8割がたの相手は、並みの人間では、まともに相手するなど不可能に近い。


 日々訓練を積んでいる国の兵士でさえ、多勢でかかるのが対魔物における絶対の基本として教えられているくらいだ。


 そして傭兵の世界では、魔物に遭遇する頻度は並みの人間よりも遥かに多い。人生のいついかなる時、絶望的に勝てない・逃げられない・殺される敵に遭遇するか分からないのだ。


 老練の傭兵達は口をそろえて皆、必ず同じことを言う。


 " ―― どんな傭兵だろうと、その時・・・というのは必ずやってくる。それ・・しのげたワシらのような老いた者が少ないことこそ、いかに 傭兵を長く続け、かつ生きのびるのが難しいかを証明している ―― ”



「……ですから、どんなに弱いヨゥイでも不明なことがある、不安が少しでもあるなら、絶対的に慎重であらなければ傭兵はすぐ死ぬ……ということです」

「な、なるほど。このゴウが浅はかでした、いや大変勉強になりましたよシャルーアさん」

「ぶー、シャルーアちゃんのいう事はすぐ素直に聞くー」

「……ポンコツ、筋肉ダルマ」

 またしてもゴウをからかい始めるムーとナー。ちょっとのきっかけがあると、この双子と大男がすぐじゃれ合うのも、もはや常態化している。


 それを尻目に、シャルーアは食べ物を一口頬張って何気なく空を見上げた。



 マサウラームの町の1日は平和に、穏やかに過ぎる。だが、不安な何かが胸中をくすぶる。

 特に何ということもない、しかしモヤモヤとしたこの感じ――――――いつまでも消えない嫌な感覚を忘れようと咀嚼中のものを早々と飲み込み、彼女はもう一口頬張った。




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