第149話 宴中にしるべは南を指す
――――――マサウラームの町。
ファルマズィ=ヴァ=ハール王国全体で見れば北方に位置する町であり、古くは優れた保養地として栄えた。
かつては、この辺りでは珍しい緑地豊かな地域で、特にマサウラームは時のファルマズィ王家が国営機能を果たせるほどの宮殿を建造し、この地に遷都しようとしたほどの楽園であったという。
「―――もっとも、それはかなり昔の話ですけれど。その後は豊かな自然も枯れてしまいましたが、技術の進歩によりここ十数年で復活さようとしてきたそうです。今では見ての通り、幾ばくかの人工林や泉などを造成し、保つことができるまでになっておりますわ」
「鮮やかな緑色ですね、とても素敵なことです」
マサウラーム町長の宮殿に到着したリュッグ達は歓待された。
宴の最中、シャルーアは酔いを冷ましたいと言うルイファーンに連れられる形で、宮殿の中庭を見せてもらっていた。
「……シャルーア様。シャルーア様は、これからいかがなされるおつもりなのですか?」
「? 特に変わりなく、リュッグ様のお手伝いをしていきますが……」
質問の意味がよく分からない。そもそも生家を追われ、家族も居場所も失った彼女に行き場はなく、ただただ拾われたリュッグに従うのみ―――それがシャルーアの意志だ。
「あ、もしかしまして……、私のせいでリュッグ様とのご結婚を躊躇っていらっしゃるということでしょうか? でしたらどうぞお気になさらずに」
「そういう事ではありませんわ、……いえ、確かに少しは気にはしておりますけども」
ルイファーン自身は、リュッグを射止める気でいるのは間違いない。
だが射止めた場合、リュッグの庇護下にあるシャルーアはどうするのか? 独り立ちするのか、それとも家人のような形でルイファーンとリュッグの住まいに奉公でもするのか?
シャルーアは彼女の質問の意味をそういう風に捉えた。しかし、その真意はもっと深く重いものが含まれていた。
「シャルーア様、一度
「?? 王都、ですか? それはなぜですか??」
あの日、たわむれ半分にシャルーアをシャワー室に同室させたのは、単なる気まぐれだった。
(※「第143話 お嬢様は取扱いご注意」参照)
しかし、まさかそれが運命の歯車を1つ回すことになるなんて、ルイファーンは思いもしていなかったと、口だけ微笑みをこぼす。
単なるバカンス、ついでに意中の男性を引き込むつもりだったのが、
その重大さはすぐさま帰り、父親に自らの口で報告しなければと思ったほどだ。
「……。シャルーア様は、ご自分で思われているよりも遥かに尊い方ですわ。王都に出向いてぜひ一度、ファルメジア王にお会いすべきです」
ルイファーンとて、直系ならずともこの国の王家ゆかりの人間だ。王またはそれに近しいごく一部しか知らないような国家の秘事にも、僅かなりとも覚えがある。
もちろん他言無用で、あれこれと詳しく喋ることはできない。だからただ、その瞳に真剣な意を込めてシャルーアをじっと見据えた。
「……。かしこまりました。どのような御理由かは分かりませんが、リュッグ様に相談してみたいと思います」
シャルーアも世間知らずとはいえお嬢様育ち。その辺の上流階級の
ルイファーンがここまで言う以上は何かある。けど深くは聞けないし、彼女も多くを語れない―――そう確信し、シャルーアは頷きを返した。
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二人が中庭から戻ってくると、町長の催した宴の席はかなり過熱し、騒がしいほどに賑やかになっていた。
「おおリーファ、お帰り。酔いは覚めたのかい?」
「ええ、お父様。それよりも……あまり強く
ジマルディー=アル=エスナ―――ルイファーンの実父で、このマサウラームの町長その人である。
褐色肌に健康的な肌艶、リュッグと体格はほぼ同等ながら、一段筋肉質でエネルギッシュな雰囲気が漂う。
「おっと、すまんすまん、ついな。リュッグがなかなかお前を娶ると言わんもので、つい実力行使に走りそうになってしまった、ワッハッハ!」
普段はかなり紳士的な人物なのだが、娘が絡むことと酒が入った途端、紳士の仮面を脱ぎ捨て、かなり気のいい親しみを覚える素顔を見せる。
「お父様の助力は嬉しいですが、リュッグ様は私が必ず射止めます。お父様が強引になさると、リュッグ様のお体がいくつあっても足りませんから自重してくださいませ」
「大丈夫ですか、リュッグ様? お水をいただいてきました」
ルイファーンが町長を引き剥がしてメッとしている間に、シャルーアが水を持ってくる。
リュッグは助かったと言わんばかりにそのコップを持って、泡ふきかけた口を洗うように中身を流し込んだ。
「ぐぼはっ!!? げほっ、ごほっ、しゃ、シャルーア、これは酒だ。水じゃない」
「! 申し訳ありません、すぐにご用してもらえるようにお願いしてきます」
トテテテと給仕に駆け寄っていくシャルーア。
その背中に彼女のこれからの人生の苦難が見えたような気がする。
ルイファーンはその性格には似つかわしくない、哀しそうな表情を浮かべた。
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