第148話 モンスター・ロード
メロークの群れはさほどの難敵でもなく、リュッグ達は新たな負傷者を出さずに殲滅することができた。
「ふー、まいったな。……この数が待ち伏せとか、一体どうなってるやら」
トドメと最後に突き刺した刀をメロークから引っこ抜くと、刀身に付着した汚れを麻布で丁寧に拭ってから鞘におさめる。
単純な血液以外の体液が付着するので、弱いとはいえ倒した後の武器の手入れが少し面倒だなと感じた時、ハタと気付いた。
「そうだ……おーいシャルーア。もしメロークを攻撃したなら、剣を鞘におさめるまえにこれでぬぐ―――」
言いながら馬車の扉をあけたリュッグはそこで絶句する。
おそらくメロークが身体から噴出した体液を浴びたのだろう。全身ベットリと汚れたまま、両手で自分の刀を突き出しているシャルーアの姿がそこにあった。
「リュッグ様、これでヨゥイは全部でしょうか?」
しかし当の本人はよくわからない体液まみれになりながらも、そのことを特に気に留めもしていない。
まったく汚れていないルイファーンが後ろに隠れるような位置にいることから、シャルーアは敵の噴き出した体液をみずから全身で受け止め、彼女をかばったのだろう。
「やれやれ、スナドロの時のことを思い出すな。待ってろ、すぐ拭くものを持ってくる」
(※「第06話 お仕事.その1 ― 砂泥 ―」参照)
・
・
・
メローク達を蹴散らした一行は、マサウラームへ向けて馬車を進める。重傷者を抱えてはいるものの、想定よりはまだ道中の危険は少なかった。
「距離が距離だからな、本来はもっとヨゥイと遭遇することを覚悟していたんだが」
「安全にこしたことはありません、良いことですわ」
ルイファーンにしても平穏な旅路の方がリュッグに絡む時間が増えるという理由から、順調な帰路は大歓迎。しかしリュッグの言葉に含むところがあるのには気づかない。
「……リュッグ様、何か問題があるのですか?」
さすがに行動を共にするようになってからそれなりの時間が経っているだけあって、リュッグが浮かない様子なのがすぐに分かるらしい。
問われたリュッグは、シャルーアも少しずつ成長しているんだなと少しだけ感慨深いものを感じながら、重い口を開いた。
「さきほど襲ってきたメロークというヨゥイは、乾燥した気候にとても弱いんだ。本来は沼や池……自然が豊かで湿度の高い地域でしか遭遇しない。にも関わらず、生息すら厳しい環境のはずの、この辺りにいるというのは異常すぎるんだ」
話を聞いてルイファーンですら、驚愕の表情を浮かべた。魔物に詳しくなくとも、それがどれだけ異常なことかは理解できる。
なぜ生息に適さない環境にメロークがいたのか? それも気になる点には違いない。
だが、この話のもっとも重要なポイントは “ ヨゥイという、人の脅威が本来の活動環境に適さない場所にいる ” ことだ。
メロークはまだ弱かったから良いものの、これがもしアズドゥッハやラハス級、あるいはそれ以上のヨゥイだったら?
(※「21話~28話」「54話~60話」参照)
「リーファさん。真面目な話、マサウラームまでの道中、ここまではかなり楽な方だったと思います。ですが以後もそうとは限りません。我々の想像以上に危険が待ち構えているかもしれないと思っておいてください」
マサウラームの町まで残りおよそ30kmほど、すでに道半ばを大きく越えている。
だがまったく安心できない。
そして、そんなリュッグの危惧は的中した。
―――
―――5人は背に乗れそうな
―――亜人、ゴーリの集団と遭遇。
―――跳ばない猿、グラウンド・モンキーの襲撃。
―――毒花粉を放つ草を利用する蛇、
あと30kmの道のりの間に高頻度で妖異と遭遇し続け、何とか乗り越えた一行がマサウラームの町にたどり着いたのは深夜、日をまたいだ後だった。
「ふー、ようやく辿り着いたな。やれやれだ……とにかくまずは怪我人の搬送か」
さすがのゴウも体力的には平気でも、かなり気疲れしている。ようやく安全な町中に入ったことで、その巨体を大きく伸ばした。
「……けっこう、弾、消耗した……補給、したい」
「猿がヤバかったよねー。ジャンプしないっても、地面をあんな早さで走り回られちゃ、すっごく狙いにくかったし」
ムーとナーも、展開していた愛銃を収納して警戒心を解く。弾丸をストックしている袋の中身を確認しながら、はふぅという声と共に双子揃って張っていた気を抜いた。
「皆さん、ご苦労様でした。このたびのお働きに十分報いられるよう、お父様にお願いしておきますわ」
ルイファーンの労いの言葉に私兵達からワッと歓声が上がる。
「シャルーア、平気か?」
「はい。ですが今回の旅はとても大変でしたね……」
表情や態度はいつも通りながら、やはり疲労している。
より厄介で難儀なケースは他にあった。しかし今回は、1つ1つの危険度は低くとも、高頻度で何度も襲撃を受けては進むという、なんとも面倒な道程だっただけに、また違った大変さだった。
ゴウやムーとナーもそうだが、やはり肉体的疲労よりも、次にまた襲撃がくるかもしれないと気を張り続けるがゆえの精神的な疲れが、シャルーアにもあるようだ。
「あとは彼女を町長の宮殿に送るだけだ。何なら宿を取って先に休むか?」
「いえ、お仕事はキチンと最後までしなくてはいけないです。私だけ先にお休みさせていただくのは、皆さんに申し訳ありません」
それ以上は無理にすすめない。リュッグは そうか と言って、シャルーアの意志を尊重する。
一行は適度な安堵感に気持ちを預けながら、町長の宮殿へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます