第120話 お礼の味は甘くも切ない




――――――アイアオネの町。



「結局、あれから魔物はパッタリと出なくなり、鉱山も再開できそうでめでたしめでたし……なワケだけど」

 そう言ってナーダはつまんだ石を眺める。それは坑道内で拾った謎の玉石。


「結局、コイツはなんだったんだい?」

 唯一残った未解決の謎―――呼吸する石は、もう地面に置いても何の反応も示さない、ただの宝石っぽい玉でしかなかった。


「もしかすると魔物の件とは無関係であったのかもしれんな」

 ナーダが床を転がした玉をゴウが拾う。光を通してみるように窓の方に掲げ、実に不思議だと唸った。


「危険性もハッキリしないが放置もできない。解明できなかったのは気持ち悪いが、ギルドにでも預けておくより他ないだろうな」

 ゴウから玉を受け取ると、リュッグは透明な袋におさめる。

 表面には " 要注意物 ” " 未知 " というラベルが張られていた。傭兵が依頼中に得た物の中で、危険性や不明瞭な点がある品を預ける時専用の袋だ。



「と、ところでリュッグ殿! その……シャルーアさんはいずこに??」

 大男に似つかわしくないソワソワした態度でたずねられ、リュッグは若干引いた。


「ああ、宿に戻ってくる途中、町長の屋敷を通りがかってな。丁度いいからトボラージャ町長にお礼を言いたいから、少し寄っていくと……」

「お礼? 一体何のだい?」

「シャルーアの刀の材料に、珍しい鉱石を頂いた件だ。鉱山のこと報告した時に一緒に言っておけば良かったんだがな」

 アレかとナーダは思い出す。


 ヴィウム鉱。所有的には町長にあるということでシャルーアの刀の材料にするため、許可を貰いに行ったものだ。

(※「第112話 拾われた石達の謎」参照)


 ちなみにその時、曰く――― " どんな珍しい鉱石ゆーたかて安定して取れるか分からんよーなモン、後生大事にするよりか、シャルーアちゃんみたいな美少女ちゃんに使われるほーが石もよろこぶやろ ” とのことでトボラージャは快くOKしてくれた。


「―――言葉遣いは珍妙だけど、なかなか話のわかる男だね」

 ナーダは面白いキャラクターを思い出してか、クックと笑う。だがゴウは心ここに在らずで、より一層ソワソワし始め、不気味さが増した。


「しかしだ。リュッグ殿が宿に戻って来たのはもう3時間も前なのだろう? 礼を述べるだけにしては帰りが遅すぎるのではないか?」

「町長は甘味が好みらしいからな。談義に華を咲かせてるんだろう」

 リュッグはさほど気にしていない様子だが、何かうすうす感づいているような雰囲気でもある―――それを見てナーダは何となく勘付いた。


「(……ふーん。ま、実ろうと実るまいと・・・・・・・・・構わないってところか。確かにあの娘の事を考えると、そんなに悪くない話だしね)」

 そして勘付いてないソワソワ男が少しだけ哀れになる。


「(……少なくとも、目の前の落ち着きないこの大男よりかは町長の方がいいお相手・・・か)」









――――――アイアオネ町長、トボラージャの屋敷。



 エウロパ圏からの交易品と思われる、高級そうなバスタオル。しかしシャルーアもお嬢様育ち、扱い慣れた手つきで身体を拭う。


 脇のナイトテーブルに垂れ置かれた自分の服には手を伸ばさない。身体を拭いていたバスタオルだけを首にかけてベッドに向き直り、彼女は深々とお辞儀した。


「お風呂までいただき、ありがとうございました、トボラージャ様・・・・・・・

 

「様とかええてシャルーアちゃん。そないに言われるとなんやこそばゆーなってしまうわ……、ふぅ、はぁ…ふぅ……」

 シャルーアは、首にかけていたバスタオルを取ると、ベッドに腰かけたトボラージャの身体を拭う。

 やせ細った身体を伝う汗は疲労困憊からきている、よくないものだ。


「大丈夫ですか?」

「おおきになぁ。はぁ~、体力ないゆうんは哀しいわ……まるで老人介護や。ってかホンマ、シャルーアちゃんは憚らへんなぁ。まぁ今更っちゅーたら今更ねんけど」

「??」 

 全裸―――身体を拭いてくれるにしろ、先に服を着ればいいものを、まるで意に介さない少女に、トボラージャは敵わないなとばかりに疲れた笑顔を見せた。



「……けど、ホンマに良かったんか? こんな痩せっぽっちのオッサンやのうて他にもっとええ男はおるやろうに」

 自分を卑下するのは良くない。だが男とはそういうものだ。

 特に相手が優れた容姿と性格であるなら自身は退いて、より良い相手の幸せを願わずにはいられない。


 しかしシャルーアは軽く首をかしげた後、特に表情を変えることなく、有無を言わさないとばかりに、座るトボラージャへと腰かけた。




  ・


  ・


  ・


 ―――夕刻。屋敷の前。


 帰路に発つ前にシャルーアは、自分の上半身が隠れそうなほど大きな箱を渡された。


「お土産まで頂き、ありがとうございます」

「ええってええって、ワイの方こそ楽しい時間をありがとうな。せやけどその―――」

 トボラージャは言いにくそうに、しかしシャルーアはあっけらかんと答えた。


「はい、その時は・・・・不束者ですがよろしくお願い致します、トボラージャ様」

「だー、様はやめえって、今度は背中が痒ぅなってきよった。なんちゅーか、もしもそん時が・・・・来はったらヘンな意味でワイ、シャルーアちゃんの尻にしかれてしまう自信あるわ。……ま、そうそう当たるもんやないさかい、ホンマにそん時はそん時でかまへんさかい、あんま深く考えんでえーからな?」

 しかしシャルーアの表情は変わらない。いつも通り、しかし僅かに真剣に、思わず箱を傾けそうになるほど恭しく一礼をした。



 トボラージャが貧弱な我が身を呪って身体に肉がつくことを切望して止まないように、シャルーアもまたその腹中に輝き宿す事を切望している。


 多くの人はシャルーアを、あるいは不埒な少女だと思うかもしれない。だが全てを失ったシャルーアにとって、それこそがもっとも価値あることなのだ。


 失った家族、失った愛、失った居場所―――それは深く深く、誰にも理解及ばないほど深く刻まれた心の傷として、今も彼女の中に忘れられず存在し続けている。


 その原因を、愛に応えられなかった我が身にあると信じて疑わず、ぽっかりと空いた心の穴は、自分の身体は応える事が出来るモノであると確かな証を示すことでしか埋められない。






「あ! おぉ~い、シャルーアさ~ん!! お帰りが遅いので僭越ながらお迎えにあがりましたっ」

 夕日に照らされるアイアオネの町を、シャルーアが丁寧に大きな箱を持ちながら歩いていると、大柄な影が進行方向から伸びてきた。


「これはゴウ様。ご心配をおかけして申し訳ありません」

「いえいえ、そんな! ……これはまた随分と大きな箱ですね、どれ私めが持ちましょう!」

「ありがとうございます。あの、中はケーキか何かと思われますから、注意してください」

 するとゴウの表情がパァッと明るくなった。やたら力強い言葉でお任せを! と返事が来る。

 その様子からシャルーアは、ゴウはケーキ好きなのだろうかと思った。


 実際は、箱の中身が甘味なら、リュッグの言ってた通りに町長とは甘味で話し込んでいた可能性が高いと感じて安堵しただけなのだが。



「………」

 ご機嫌なゴウと宿に向かって歩く中、シャルーアはふと自分がやってきた道を振り返る。そして軽くお腹に手を当てた。


 長く伸びた自分の影に、まるで自分の渇望はまだ遥か遠く叶わないモノだと否定されている気がして、シャルーアは思わず瞳の端に小さな涙を浮かべた。






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