第119話 増幅の仕掛け




 巨大な謎の塊が溶け落ちてからは早かった。



 生き残っていた雑魚はまだ大小50はいたもののナーダとミルスの敵ではなく、ほんの4~5分でカタがついた。




「―――……はぁ、はぁ、はぁッ」

 雑魚が二人に片付けられてる間、シャルーアはずっと荒い息をついたままうずくまっていた。


 空間右側の雑魚を片付け終えたミルスが、シャルーアに駆け寄ってその肩に触れようとしたところで止まる。


「ぬ、これは……アズドゥッハの時と同じ症状? フゥーラ、任せる」 

 全身から信じられないほど高熱を発しているのが、近づけた手の平に伝わってきて、ミルスは伸ばした腕を引いた。

 (※「第28話 灼熱」参照)


「はい、ミルス様。……凄い発熱、やはりあの時と同じのようですね。ですが今回は気を失ってはいませんから、幾分マシかもしれません。……大丈夫ですかシャルーア様、聞こえますか? どうぞお水です、飲んでください」

 フゥーラも迂闊に触れられないので、水の入った筒だけを彼女の口前に示す。しかし両目は筒を見ているものの、身体が思うように動かないらしく、呼吸に合わせて両肩が上下するばかり。地面を押すかのような両手は持ちあがらなかった。


「では頭からかけます。伝ってきたものを飲んでください」

 シャルーアに触れると火傷する。なのでフゥーラは、水を彼女の前髪辺りからかけて顔を伝わせ、そこから飲ませることにした。

 口に上手く入るものでもないが、シャルーアが可愛らしい舌ですぐ近くを流れた分を舐めとり、何とか水分摂取する。


「はぁ、はぁっ、……はぁ、はぁ……あり、がとうござい、ます……フゥーラさん」

 フゥーラとてミルス達ほどではないにしろ魔物に囲まれていた。しかし二人に比べればまだ相手した数は少なかったので、多少の余裕が感じられる。


 しかし、本当はかなり危険な状況に置かれていた。


「いえ、シャルーア様のおかげで助かりました、お礼を言うべきは私の方です」

 フゥーラの風に属する能力は、あくまでも媒体となる秘伝の道具を通じてのもの。彼女自身だけで出来る事はほとんどないし、能力もどちらかといえば事前準備ありきで大きな効果を発揮する系が多い。


 しかもミルスの命で、巨大な謎の塊を標的とした大技を準備中だっただけに、大量の魔物への対応は困難な状態にあった。

 次から次へと戦況が変化する乱戦状態には滅法弱い―――もし、シャルーアが斬り込んで魔物を蹴散らしていなかったら凌ぎきれず、フゥーラは魔物達に飲まれてしまっていただろう。


「こっちも終わったよ。……で、大丈夫なのかいシャルーアは?」

 空間の左側の生き残りを片付けたナーダが、さすがに疲れたと言わんばかりに深く息をつきながら戻ってきた。


「今は触れられん。以前にもあったことだが、身が焼けるほどの熱を帯びておるのだ。とりあえず落ち着くためにもしばし休息の時間を置こう。……またぞろ魔物が出現せんとも限らんし、今ならばあの怪しげなモノを調べられよう」




  ・


  ・


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 ナーダ達戦闘要員が、辺りを警戒しつつ応急手当と休息を取っている間、ヘンラムとスラーブが地面に溶け落ちた謎の塊の残骸を調べる。


「……うーん、溶けた肉……のように見えますが、何かこう気の抜けてしまったようなこの液体感―――こうして見ると、とても固形の塊だったとは思えないですね」

「うむむ、ドロドロ感が弱く……強いて言えば水に近い油のような印象じゃな」

 さすがに直接触る勇気はないので、木の棒で確かめながら観察する二人。

 ナーダが切り離した部位も同じように溶けていて、これといった違いは見られない。


「何か ” 核 ” となるようなモノがあって、それを中心に肉がまとまっていたのでは……と、最初は思ったものですが」

「それらしいモノは見当たらんな。先ほどの戦闘で破壊されたにしても、残骸すらなさそうじゃ」

 二人の会話に、熱を冷ますために休息していたシャルーアの耳が反応した。


「…… “ 核 ” というものかどうかは分かりませんが、あった・・・と思います」

「え。それはどこに?? どの辺にありましたか?」

 しかしヘンラムの問いに、シャルーアは首を横に振った。


「おぼろげとしているのですが……最後に刀を振るった時、“ 何かある ” と感じたのです。ですがそれは石のような物質ではありませんでした。こう……エネルギーが集まってるような印象のものだったような気がいたします」

「ふむ、それはアルイキィーユの集合点やもしれん。あの謎の塊がアルイキィーユを吸収していたとして、ムラなく全身に蓄積していたとも思えん。言うなればその集合点こそが、あの謎の塊の形なき心臓であったと」

 ミルスが捕捉するも、シャルーアは再び首を横に振った。


「あの、ミルス様。おそらくなのですが……あの大きな塊はそのエネルギーを吸収していたのではないと思います」

「? 何か分かったのですか、シャルーアさん?」

 彼女の言い様にヘンラムが反応する。少し戸惑いながらもシャルーアは意見を述べた。


「多分、としか言えないのですが……あの大きな塊は、エネルギーを循環させていたのだと思うんです」

「循環……循環? ―――!! そうか、そういう事であったかっ」

 ミルスが得心いったらしく、大きな声をあげる。


「魔物達は塊に生み出されたのではなく塊の一部……いや、アルイキィーユの回収と還元を行う端末のようなもの。塊は魔物達を回収し、再構築するためにあった……うむうむ、なるほどな、そういう事であるか」

「?? あの、ミルス殿。つまりはどういう?」

 理解及ばないと首をかしげるヘンラムに、ミルスがどう説明したものか悩みだす。

 するとフゥーラが軽く片手を挙げた。


「つまり、要約いたしますとこのアイアオネ鉱山はアルイキィーユ……生命エネルギーとも言えるモノを循環させながら、増幅する装置のような状態になっていた、という理解でよろしいでしょうか、ミルス様?」

「うむ、そう…それだフゥーラよ。以前我らがここにやって来た時、あの謎の塊がいなかったのは、魔物をすっかり出し尽くしておったからだ。そして、魔物どもが坑道に詰まって外に出ずにおったのも、密閉された空間でなければアルイキィーユが分散してしまい、保てぬがため」

 つまり魔物達は坑道で活動して、少しずつその身にアルイキィーユを増やす。その後、最深部に集まってアルイキィーユの塊へとかえる―――つまり謎の巨大な塊はアルイキィーユそのもの。


「つまり、今回あのヘンな肉の塊みたいなのがここにいたのは、アタシらが前に坑道の魔物を片っ端からぶっ飛ばした結果かい?」

「であろうな。死した魔物が消滅し、その身を構成しておったアルイキィーユがここ最深部へと集結した結果である、というワケだ」

 そして再び、アルイキィーユの塊は大量の魔物を吐き出した。



 それがアイアオネ鉱山内で起こっていた魔物の大量発生、その事の次第であった。





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