第110話 潜る者達を差し置いてスイーツ




 アイアオネの町から北東へ5km少々。そこには古い鉱山がある。




「ここか……なるほど、話に聞いたとおりだね」

 ナーダが入り口から中を伺う。

 ややガタのきてる木板に囲われた穴の奥に、無数の気配が感じられた。


「ほう、地面の下へと掘り降りてゆくタイプの鉱山か。珍しいな」

 ゴウの言う通り、地表はほぼ砂漠で入り口のある辺りが標高50mほどの低い丘山のようになっている。だが、坑道は下に向かって降りていく形で伸びていた。


「ふむ、鉱山というよりかは鉱脈地とでもいうような場所よな。周辺の砂漠の砂は柔らかいものだが、この辺りのみ堅い地盤になっているようだ」

 入り口付近の地面の感触を確かめ、砂ではない乾いた堅い土を手にとって落とすミルス。



 三人は騒ぎの罰として町長のトボラージャに依頼され、このアイアオネ鉱山にやってきた。








――――――その頃のアイアオネの町。


 とある甘味処で、シャルーアはその町長と共に、テーブルいっぱいのデザートに舌鼓をうっていた。


「この店のクナーファケーキ菓子はいけるやろ? バスブーサ甘漬ケーキもええハチミツつこうとって使っていてイチオシやで」

「確かにとても口当たりがよいです。こちらのバクラヴァ多層ケーキも良いナッツをお使いですね」

「せやろせやろ? この店のオヤジは材料のこだわりだりに頑固でなー。レシピもエウロパ圏の料理やデザートを参考に、新しゅうモンを積極的に取り入れたりしとるんや……くー、やっぱええなぁ、デザート語れる相手おるっちゅうんは」

 トボラージャは大の甘党で、ことデザートに関してはシャルーアに劣らずの食欲を発揮していた。


「……ですが、町長さん。お付き合いするのはお食事で良かったのでしょうか??」

「ん?? どういうこっちゃ、シャルーアちゃん?」



 何故二人で甘味を食べているのか。




 ことの始まりは先日、トボラージャがミルス、ゴウ、ナーダの3人に罰という名の仕事を与えた時のこと―――


『この鉱山、なかなかええ鉱石が取れるんや。けど最近は魔物が活発になっとるやろ? その影響が鉱山までの道中だけやのうて、鉱山の中まで出とるんや。……ま、よーするに面倒なんがよーさんたくさん住みついとるってなもんで、それを綺麗サッパリとアンタら3人に掃除してもらおかー、っちゅーわけや』


 鉱山の広さもそうだが大量の魔物を3人で掃討など、いくら非があるとはいえ二つ返事で了承とはいかない話。


 しかしトボラージャは3人に何やら耳打ちする。それは、それぞれへの仕事へのやる気を出してもらうための条件付けなのだが、そこで問題になったのはゴウへの条件だった。


『……知っとるか? シャルーアちゃんなぁ、おまいらを容赦してくれたら股ぁ開く言うてきよったんやで? 身内でもないモンのためにそこまでしよーやなんて言うんは、なんとも健気や思わんか?』

『なっ……んだ、と。……まさか、貴様……っ』

『心配せんでも手ぇ出しとらんわ……まだ・・な。それがどーゆー事か分からん男でもないやろ?』

 しかも、シャルーアが我が身と引き換えに彼らの減刑を町長に申し出てきたのは本当だ。そして、その事をゴウに印象付けるためにも町長は一芝居うつ。


『そや、シャルーアちゃん。ええ店あるんやけど、この後一服しに行かへんかー?』

『? はい、喜んで・・・お受け致します』

 当然、目の前でシャルーアとデートの約束を取り付けられたゴウの衝撃は計り知れず、依頼完遂することを余儀なくされた。

 おそらくゴウは、町長の依頼をこなさなければシャルーアの貞操を穢される、とでも思い込んでいる事だろう。



―――そうして3人を送り出した後、誘われた通りに町長とお店に入っての今だ。


「てっきりなされる・・・・のだとばかり思っていました。お求めになるのでしたら、私にとっても望ましいことですので」

 男女の交流で知己を減刑してもらえるというのならなんて安いことなのか。

 シャルーアの価値観によるソレは挨拶にも等しい行い。なので相手が申し出に応じてくれるのであれば、彼女にとってはとても喜ばしいことだった。


「ハハ、ホンマにええ娘やなージブン君は。ま、シャルーアちゃんみたいな女の子とイチャイチャできるっちゅーんは、ワイにしても魅力的な話なんは間違いない。なんやったら嫁さんに欲しいくらいやマジで。せやけどな……」

 するとトボラージャは、自分の服の胸元あたりをぐいっと引っ張って、胸板を露出して見せた。

 肋骨や鎖骨が浮き出て見えるほど痩せた身体が、シャルーアの視界に映る。


「まぁシャルーアちゃんも痩せの大食いっぽいけど、ワイもそうやねん。もっとも、見ての通り健康的な身体やない。超ガッリガリな虚弱体質でな、どんだけカロリーのお化けみたいな料理を喰ろうてみても身体に肉がつかへん。精が弱いんや、哀しいことにな」

 トボラージャは元々、そんなに甘味が好きだったわけではない。


 若い頃、そのガリガリの身体に肉を付けたい一心で、高カロリーな食事を求めた結果、好物になった―――いや、した・・のだ。


 しかし、どんなに高カロリー摂取してみたところで、肉体は過剰なカロリーをその身体に溜め込んではくれない。


 世の太った人々からすれば、なんて羨ましいと思うかもしれないが、トボラージャにとっては食えば太る人こそ羨ましかった。



「ま、しみったれた話はこんくらいにしといて……とにかくや。ゴウとやらにはあーゆう風に言っとけば、気合い入れるやろう思ってん。そのために利用させてもろた、ゴメンなシャルーアちゃん。そのお詫びといっちゃアレやけど、今日はワイのおごりやさかい、ドンドン甘いもん好きなだけ頼んで食って、楽しんでなっ」


「……。はい、御馳走になります、トボラージャ町長さん。ええと、一つ不思議に思ったのですが先ほどのお話で、どうしてゴウさんが気合いを入れられるのか、よくわからなかったのですが」

「……うん、多分そうやと思ったわ。まぁ別に気にせんでええて。(あのデカブツもエラい手強い嬢ちゃんに惚れよって……ま、その辺はワイが気にすることやあらへんが)」

 見た目によらず純情なゴウに心の中で合掌すると、トボラージャは甘味を味わうことを再開した。





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