△閑話 ある傭兵の結末





「なー、おねーちゃんよう、なんか割りのいい仕事はねーのかい?」


「そうは言われましても……ここしばらくは魔物討伐の依頼がほとんどで、他は荷物の配送ですとか、雑用のお手伝いですとか―――」


「つまりいつも通りってことか」

 俺はため息をついた。別に受付のねーちゃんに罪はねぇが、ここんところいい具合の仕事にありつけねぇもんで、どうにも鬱憤がたまっちまってる。





 ――――――オレさまはジャムラ。そこそこの傭兵だ。


 この道はいって10年ちょい。中堅どころってぇところだな。


「ちっ、不景気だぜ。ほんの1年くれぇまでは調子よかったってのに、最近はどうなっちまってんだか」

 高額の依頼はヤバそうなモンばっかりだ。

 かといって安い依頼も傭兵のする仕事か? っていうよーな町の便利屋みてーな、労力のわりに子供の小遣いレベルな報酬しかでねーモンか、他の町にお使いくらいしかねぇ。


「(ヨーイさえでなけりゃ、まだお使いはマシぐれえはいいんだけどよ、くそっ)」

 今はキッチリ整備された街道を行くのですら危ねぇ。お使いが命がけとか、やってらんねぇよ。


「……シャーイしてくか」





 ここんところ毎日だ。


 傭兵ギルドで仕事を探しちゃ、町をブラブラして、適当な店で茶をしばく。

 これまでの稼ぎ分があるからまだいいが……


「(いーかげん稼がねぇとなぁ。くっそー、何か面白れぇことでもねぇもんか)」

 ふと飲んでた茶のカップ越しに何気なく外を眺める。ちょうどこの店に入ってくる客が見えて、オレは軽く茶を噴きそうになった。


「(! あの嬢ちゃんは)」

 2日前の夜だ。オレはあの日、いい仕事にありつけねぇ腹いせにと、思いっきり(安酒を)飲みまくろうと思って宿併設のレストランに入った。


 他にも似たような野郎がたむろしてる中、女3人に男1人っつー羨ましいテーブルがあって、ちょっとした注目の的だった―――いや、ジロジロ見てたわけじゃねー。けど、どいつもこいつも明らかにそいつらを意識してやがった。主に男への嫉妬的な感じで……ま、オレもだが。


 だが男はなんつーかしっかり者のオッサンで、オレと同じ匂いがした。つまり傭兵だ、たぶん結構な先輩だろう。

 それに見てると、女は全員相当な美女ばっかだが、どうやらオッサンがはべらせてるってわけでもないらしい。


 だったら機会チャンスがありゃあ声かけてナンパしてみよう、なんて思った野郎はオレだけじゃあなかっただろうな。


 だが、美女をチラ見ながらそこそこ上機嫌に飲んでた時だ、ソレ・・が始まったのは。


『はい、男の人のピーは、ピーしてピーピーをすると、ピーになりますので、そのままピー――して、ピーとしますとピーがピーにピーしますし』







 オレが茶を噴きかけたのは、お嬢ちゃんの姿を見た瞬間にフラッシュバックしたからだ。

 あの時も盛大に飲んでた酒を噴いた。


「(……今日は一人か? にしても……)」

 美女、いや美少女だ。

 オレと同じ感じの褐色肌で黒髪、スタイル抜群ときてやがる。それでいてどこか世間知らずないいとこ育ちっぽい感じがする。


 あの夜は心底驚いたが、冷静に考えてみりゃあ悪くないんじゃあないか?


「(あの若さで実はドスケベな美少女とか、そそるじゃねぇのよ)」

 もしかすると簡単に引っかけナンパられるかもしれない―――オレはこのところの鬱憤もあって、よこしまな考えが頭をよぎった。


「おーい、こっち。よけりゃ相席で構わねぇぞー」

 運が味方してるらしい。ちょうどあのお嬢ちゃんが店に入ってきた時、残念ながら満席だった。

 だがオレの座ってるテーブルは本来カップル席で、椅子が1つ余っている。


 店員が申し訳なさげに来店を断ろうとしていたので引き留めた。なんていいヤツなんだオレは。





「相席させていただいて、誠にありがとうございます」

 深々と丁寧にお辞儀する少女に、なんだかつい背筋が伸びちまう。こりゃあマジもんのお嬢様育ちっぽいな。絶好のチャンスだ、ぜひともここでお近づきに・・・・・なっておきてぇもんだぜ、へっへっ。


「いやいや~大丈夫さ、こちとら一人だったんでね。オレは傭兵のジャムラだ。確か嬢ちゃん、傭兵ギルドで見かけた気がするが、もしかして……」

「はい、何度か足を運んでおります。傭兵ではありませんが、リュッグ様のお手伝いをさせていただいております、シャルーアと申します。宜しくお願い致します、ジャムラ様」


 ジャムラ様、ジャムラ様、ジャムラさま……

 いい! いい響きじゃあねぇの!


 顔がだらしなくなりそうなのを何とか我慢しながら、オレはキリッと気持ちカッコいい(と思う)顔を作った。


 そこからは傭兵という共通テーマに頼って、世間話からオレは慎重に会話をすすめた。嬢ちゃん―――シャルーアちゃんは見るかぎり、こっちを警戒したり嫌悪したりっつー事はなさそうだ。



 さて、こっからどう持ってくと上手いことできっかな……


「(……待てよ? あの夜、このシャルーアちゃんの吐き散らかしてた言葉を聞く限り、こいつぁ相当な本性を持ってやがる可能性がある……なら、回りくどい口説きより、いっそド・ストレートにぶつけた方が―――)」

 上手くいくんじゃあねぇか?


 もし上手くいかなかったとしてもだ、どこか世間離れしたこの感じ。誤魔化しはいくらでも効きそうだし……よぅし。


「な、な、シャルーアちゃん。この後さ、オレは一仕事の予定なんだが、無事に帰ってきたらよ、……オレと今晩、楽しくやらねーかい?」

 傭兵としてそこそこいけてる的な見栄張った会話しちまって、仕事にいく感じになっちまったが、その方が野郎としちゃあカッコつくし、まぁいいか。


「? それはピーーー男女の交わりのお誘いでしょうか?」

 一切言葉を選ばず、かつ恥じらわずに聞き返してきたので思わず噴きそうになった。

 同時に確信する。このは直でぶつかればいける!


「そうそう、それ。……ダメかい? やっぱりダメだよねぇ?」

「いえ、大丈夫です。不束者ですがよろしくお願い致します、ジャムラ様」


 キター! オレさまに春がキター!!!



   ・

   ・

   ・


 シャルーアとニャンニャンする約束を取り付けたジャムラは、浮かれ足で傭兵ギルドに向かう。

 そして、慎重だった仕事選びも杜撰になり、それでも危険度の低いものとして隣町までの小包み配達を選んだ彼は、意気揚々とジューバの町を出て行った。



 ……彼の失敗は ”一仕事の後” と、取り付けた約束に律儀に応えた事だといえる。

 この道中すら危険に満ちた情勢下なのだから、一仕事おえてきたというフリだけして、シャルーアに会いに行けば良かったのだ。



 仕事に出向いたジャムラは、二度と生きてジューバの町の門をくぐることはなかった。

 見つかった切り刻まれた遺体の表情は、なんとも無念に満ちたものだったという。





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