第100話 斬捨て御免の正体




 リュッグ達はナーダに護衛として雇われはしたものの、当のナーダは実質、ジャスミンの怪我が治るまでの間、これといって取るべき行動はなかった。なので……



『お前達の予定に合わせよう』


 という彼女の言葉に甘え、リュッグは次の仕事のことを考えながら、傭兵ギルドに顔を出した。




「……おや?」

 入り口からすぐの場所は休憩スペースで、テーブルと椅子が何組か置かれている。いつもなら数人程度は誰かしらたむろしているのだが、珍しく今日は誰もいない。


「これはリュッグさん。お仕事をお探しですか?」

 すっかりこちらの顔を覚えた受付けの女性が親し気に声をかけてくる。リュッグは ああ と何気ない返事を返しつつ、ギルドの中へと入った。


「今日は随分と静かだが、何かいい仕事が入ってきたのか?」

 割のいい仕事が掲示されたなら、同業者が誰もいないのも頷ける。リュッグは出遅れたかと少しばかり残念に思って自分の後頭部をかいた。


 だが受付の返答は思わぬものだった。


「それが、その……皆さん亡くなられたんです」

「! 凶悪なヨゥイが出たのか?」

 傭兵達は何よりも生き延びることに力を入れる。ただ強力な敵に遭ったのであれば逃げに全力を注ぐ。もちろんそれでも命を落とすケースは少なくない。


 だが日頃からギルドでくつろぐようにしていた傭兵達の人数は、その確率に当てはめるには多い。

 逃げ切るのが困難な妖異の討伐依頼に数で挑んで全滅―――それが一番ありえると、リュッグが推測を深めるも……


「いえ、そうではないんですが……ええと、もしかするとその可能性もあるといえばあるかもしれないんですけど何て言うか、わからないんです」

「わからない? どういう事だ??」



  ・


  ・


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 受付嬢の話によると、どうも町から出た傭兵達が何者かに次々と襲われ、死体で見つかっているらしい。


「出かけた理由は全員バラバラだ。仕事の奴もいれば、他の町に移動するだけの奴もいた。向かった方角も異なるらしい」

「そいつは穏やかじゃないね」

 ナーダは、宿屋から町を見下ろせる窓辺で楽な姿勢を取りつつも、瞳に鋭い輝きを灯した。


「普通に考えるなら道中で手に負えないヨゥイに遭遇し、殺された可能性が高いが、全員が全員、キッチリ殺害されているというのがな」

「仮に強い魔物が現れたってんなら相手は1匹、しかも強力な個体ってとこだね」

「? それはどうしてなのでしょうか??」

 ナーダはいい質問だと言いながら、シャルーアの頭を撫でた。



「複数の魔物……アンタらはヨゥイって呼んでるが、そのヨゥイが群れてデカい顔してるっていうなら、連携の隙をついて重傷でも生き延びる傭兵の1人や2人いるはずさ。けど実際には全員が殺されている―――可能性としちゃ2つ、強力な個体1匹によるものか、もしくはとんでもなく連携の取れた多数のどちらかなのさ」

 さらに引き継ぐようにしてリュッグが口を開いた。


「傭兵がなすすべもないほど連携を取れること自体まずない。加えてもし多数でかかって殺したのなら、死体はズタズタで原型が残らない。だが今回は、出かけて行った傭兵達だと判別がついている―――つまり傭兵達がヨゥイに殺されたのだとするなら、凶悪な1個体が出た可能性が高い、というわけだ」


「納得いたしました、とても勉強になります」

 シャルーアはうんうんと頷きながら、教わったことを自分の中で反芻はんすうするように、声は出さずに口を軽く動かしだした。


「けどま、相手がヨゥイじゃあない可能性もある……まだ何かは分からないんだろう? 見つかったのが死体のみじゃ、殺した相手の顔を見ている奴はいないだろう」

 ナーダの言う通りだ。誰も殺害の瞬間も敵の姿も見ていない。

 なので傭兵ギルド側も困惑しているらしい。一応は警戒を呼び掛けているものの、相手の正体が不明なので、むやみに町の外に出ないようにという忠告程度にとどまっている。



「実際、死体が残されているからな……ヨゥイの全てが人を襲い、その死骸を喰らうわけじゃないが。気になる点としては、どいつの死体にも鋭く斬られたような傷があるらしい」

 ナーダがピクリと反応し、目を鋭く細めた。


 タイミングでいえばあのローブの男とやりあった後だ。奴が傭兵達を襲っている可能性を考えたのだろう。しかしリュッグは首を横に振った。


「斬り傷は1本もの・・・・のようだ。仮にヨゥイ以外によるものだとしたら、剣……シミターのような斬撃に特化した得物だろうな」

 ローブの男の武器は金属のクロー……4本の爪だ。

 もしも奴が殺害犯なら、死体に残るのは4つ並んだ斬り傷―――つまりローブの男の犯行ではない。

 ナーダは殺気を抜くように、小さく息をついた。


「どのみち相手の正体が分からないのでは、アタシらも町の外においそれと出かけるわけにはいかないが……どうする?」

 だが、問われたリュッグは意外な返答を返した。


「いや出かけるつもりだ。傭兵ギルドで詳しく話を聞いた時、俺の中で少し心当たりがあってな。それを確かめる意味でも今回、殺害犯の正体を探ることを引き受けてきた」




 



――――――そして町から100mちょっと。街道を外れた砂漠の上に、3人は腹ばいで寝そべるようにしながら周囲を伺っていた。


「こんな町の近くに張るのでいいのかい?」

 ナーダは半信半疑だ。仮にヨゥイなら相手も生物、人間の町の近くで誰かを襲うとは思えない。相手が人間やただの獣だったとしても、それは同様だ。


「ああ、大丈夫だ。もし俺の予想通りの “ ヤツ ” なら、襲う場所なんて関係ないはずだ」

 それはどういう事だと聞こうとしたナーダの言葉を、何かを見つけたシャルーアが遮った。


「リュッグ様、ナーダさん、あそこに!」

 指さされた方を二人も見る。シャルーアは目がいいらしく、二人が凝らしてみても何も見えない。

 だが数秒後、砂漠の熱が立ち上って空気の揺らめく中、ゆっくりと影が現れた。


「出たな……ビンゴだ」

 見間違えるはずがない。

 近づいてくるのはかつて、リュッグを瀕死に追いやった中身のない全身鎧フルプレートの妖異だった。

 (※「第38話 簡単なお仕事に不吉の旗を添えて」参照)




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