第86話 女王流サメのさばき方




 街道の途中、ジャスミンは地図を広げて道を確認する。



「……目的のスルナ・フィ・アイアという町までは、あと20kmといったところですね。道中はジューバという町を1つ挟むのみです」

 足元には魔物の死骸。しかし何ら感慨もなく邪魔になるその一部を後ろ足で蹴飛ばした。


「20か。時間的には夜中になってしまうな。……よし、まずそのジューバとやらに宿を構えるとしよう。現地は危険があるやもしれんからな」

 そう言ってナーダは、シミターに付着した血を拭うように空で振るい払うと、ゆっくりと鞘におさめようとする―――が、その手は止まり、彼女は再び構え直した。


「ジャスミンよ、注意しろ。……来るぞ」

「! …はっ」

 ジャスミンも素早く地図を片付けると槍を取り出して構える。


 ザザザザ……


 砂漠が、まるで水をかきわけるような音を鳴らした。


「……下だな、動いている。左前方11時方向、10時、9時……」

 軽く目を細め、意識を周囲に張っていたナーダが、その正確な位置を捉えた。


「初撃、お任せください……―――そこです!」



 ヒュッ! ザスッ!!


『ギュアアァアアッ!!?』

 躊躇うことなく投げられた槍が、二人の左やや後方の地面に突き刺さる。薄茶一色な地面に鮮血の赤が噴出し、ソレは悲鳴をあげた。


「やはり砂漠サメカヴィールクゥセか。我らがほふった魔物の血に誘われてきたようだな」



 砂漠サメカヴィールクゥセ―――目の細かい砂の砂漠を好んで泳ぐ魔物。


 ありふれてはいるが血の匂いにしか反応しないため、不意遭遇する事がまずない。戦闘で血が流れた場所に出現して死骸などを喰らう。

 鮫と呼ばれはするものの、海の鮫とは違って群れずに単独で孤高に生きる。また砂地に最適化してかその体躯は平べったく、胴部分はヒラメやカレイなどと同じくらいの厚みしかない。




「ナーダ、歯にはご注意を」

「分かっている、コレの鋭さだけは侮れんからな」

 基本的に弱い魔物に分類される砂漠サメカヴィールクゥセだが、その歯は恐ろしく強靭で鋭く、かするだけで肉をごっそり持っていく事で知られており、一撃で致命の大怪我を負う危険がある。


 ナーダはそれを留意した上で一直線に突撃した。


「おぉおおおおっ」

 決して叫び過ぎない、しかし腹の底から響く気合いの声と共に、背中から血を吹いてもなお攻撃の意志を見せてくる砂漠サメカヴィールクゥセに剣を振るう。


『ギシャァァァァ!!!』

 当然、砂漠サメカヴィールクゥセはその自慢の歯で噛みつこうとしてくる。それを見越していた彼女は、シミターの切っ先を口に突き入れた。


 ギャリリイッ!!


 硬いモノ同士が強烈に触れ、互いに擦れる音が鳴る。しかし直後


 ドシュウブッ!!!


『ギャギャッ、ギギギギィイッ!!』

 シミターの先端が砂漠サメカヴィールクゥセの口内からその身体を貫き、串刺しにした。

 痙攣しながらガチガチと口を開閉させ、シミターの刃を噛み続けていた魔物はやがてピクリとも動かなくなった。


「……フッ、今夜は砂漠で海の幸を味わえそうだな」

 砂漠サメカヴィールクゥセの身は、海の白身魚に比肩することで知られている。

 しかし弱くても遭遇しづらいためにその肉が市場に出回ることが少ない。ナーダは思わぬ収穫だと笑った。




 ・


 ・


 ・


――――――夕暮れ時、ジューバの町。



「ほお……ワダンからとは、道中なかなか大変であったでしょう。はい、問題ありません、旅の疲れを癒してください。どうぞ中へ」

 出入り口でチェックを受けたナーダとジャスミンは門をくぐり、茜の色が差す町並みを眺めた。


「なかなか良い雰囲気の町のようですね、ナーダ」

「ああ…ほどよく活気にあふれていて、それでいて騒がしすぎない、気に入った」

 しかし言葉とは裏腹にナーダはあまり表情を緩めなかった。その理由は、奇異なものを見る自分への視線があったからだ。


「先の門番は何とも思っていなかったようだが……町の者は存外、平和ボケしているのかもしれんな」

 それは、ナーダが自分のシミターに串刺しにして砂漠サメカヴィールクゥセを担いでいるからだった。


「売るにしろ、食すにしろ、ソレは早々にどうにかした方が良さそうですね」

「ああ、だが宿も取らねばなるまい。時間を考えれば宿が優先……いや、市場の方が先か??」

 さほど疎くはないつもりでも、彼女はワダン=スード=メニダの女王であり、ジャスミンもその侍女である。どうしても世俗に不明な点は出来てしまう。

 なのでらしくもなく、二択で迷い決断できずにいたところ、ナーダは視界にある者を捉えた。


「! おい、そこの。食材を多数抱えておる娘よ」

 褐色肌の美少女が、押し車にたくさんの食材を載せて四苦八苦しながら押し運んでいる。ナーダは食材を取り扱う店の者と思い、声をかけた。


「? 私のことでしょうか??」

「うむ―――……いや、ああ、そな……こほんっ、そうだお前だ。少し聞きたいのだが」

 つい下々に声をかけるいつもの調子になりかけてしまうのを堪えるナーダ。


 彼女が呼び止めたのは他でもない、宿の1階にあるレストランで頼まれた食材仕入れを済ませて戻る途中のシャルーアだった。





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