第75話 他人の財布を拾う



――――――メサラマの町。



 ローブの男・バラギと別れたあと、ハッジン=スグは町に滞在したまま、のんびりしていた。


 しかし……


「(嘘だろ? あんだけあった金がもう残りこんだけとか……マジかよ)」

 つい1週間かそこいらほど前に大金をがっぽり貰ったばかりだったはずが、そのことに油断して遊びほうけてしまった。


 一夜の散財は多額におよび、ドッシリと重かった金の入った袋は、今やもう1つだけ。それも手の平に乗る小ぶりな重量感を残すだけで、やたら余った袋の布地がむなしく垂れさがっていた。



「くっそー、そろそろ仕事しねぇとダメかぁ。……うーんでもなぁ」

 正直、このメサラマに来たのは失敗だったとハッジンは後悔する。


 ここまでの道中はハンム率いる兵隊たちが一緒だったのでまだ安全だった。ところが彼らはこの町の駐屯所で用を済ませると、すぐにクサ・イルムの村へと戻っていった。やる事が多くて忙しいらしい。

 その際、ハッジンにもクサ・イルムに戻るのかどうか聞いてきてくれたが、彼はこの町でしばらく滞在あそぶすることを選択し、ハンム達と別れてしまった。


 しかも、バラギもすぐさまジューバの町に向かって行ってしまったので、ハッジンは今一人。

 魔物が活発になっている今、メサラマの町から他の町や村へ移動するには危険だった。





 その上、


「申し訳ございません、お仕事の依頼に関しましては今、そこに出ているもので当支部のお取り扱い分は全てとなります」

 このメサラマの傭兵ギルド支部で適当な仕事を請け負おうにも、ハッジンにも出来るやすいものがない。いずれも自分一人じゃ手に負えなさそうな魔物の討伐が中心で、しかも掲示にある依頼の全体数も両手で数えられるほどしかなかった。


「(くっそー、そうだった……この町は)」

 そう、駐屯所がある。軍属の兵士達が詰めている施設のある町の傭兵ギルドは、安穏としているのがセオリー。

 町の困りごとの多くが兵士達によって解決されるので、傭兵ギルドに回ってくる仕事の依頼は、彼らの手数ではこなしきれない分だけなのだ。


 兵士達にしても、日頃からハードな戦闘ありきの案件ばかりやってられないので、簡単な仕事などはむしろ駐屯所に取られる。

 傭兵ギルド支部にそれなりの魔物討伐の依頼ばかりが掲示されているのは、つまりはそういう事・・・・・なのだ。


「(しかもクサ・イルムの件がある以上、あっちに人手割くだろうし、余計にギルドに来る依頼は魔物退治系ばっかになっちまうってか、やべぇぞこりゃあ……)」

 まだがっつりと金が残っている内に、他の傭兵でも護衛に雇って他の町に移動すればよかったと後悔。

 だが嘆いたところで使ってしまった金が戻ってくるわけでもない。


「(こうなったら、それこそどっかに行く同業者連中つかまえて、同行させてもらうしか……)」

 とにかく安全に移動したい。


 少なくとも金が得られる、自分の手に負える仕事がある町へ行かないと干からびてしまう。

 ハッジンは危機感を持って傭兵ギルド支部内にある喫茶コーナーの椅子に腰かけ、出入りする他の傭兵を眺め始めた。






 ―――それから半日後。


「いやー、助かったよ。すまんね、無理いっちまって」

 なかなか他の町へ向かう傭兵が捕まえられずに苦労したハッジンだったが、何とかメサラマを脱することができた。


「構いませんよ、こっちも人手があった方が安心できますからね。近頃物騒だし、お互い様ってことで」

 ハッジンが捕まえたのは、6人と大所帯で傭兵業をやっている連中だった。メサラマからの道中、商人を護衛する仕事を請け負っている彼らは人数的にも大変心強い。


「(へっへ、これなら魔物も怖くねーな。とにかく金にありつけるとこに行けりゃなんでもいい)」

 一時はバラギを追いかけてジューバの町に向かうことも検討したが、リュッグに興味を示していた彼の邪魔になったら、それこそ今後、いい金で仕事をくれなくなってしまう。


 ハッジンは、彼から再び声がかかるまでは大人しくチマチマ働こうと考えていた。




 ・


 ・


 ・


 だが、まるで悪魔が誘惑するかのように、彼に悪運と状況が舞い込む。


「う、う………」

「ガハッ……くそ、こんな……とこ、ろで……」

「しにたくな―――………、………」

 6人の傭兵は果敢に戦った。


 けれど単純な話、今回襲ってきた魔物たちの方が彼らよりも強かった。護衛がやられ、商人たちも壊滅。

 積み荷を積んでいた馬車は横転し、運んでいた中身がぶちまけられている。



「(……やっべぇ、やべぇ。すぐに隠れて正解だったぜ)」

 生き残ったのはハッジンだけ。現場から魔物たちがいなくなったのを確認すると、念のために他に生きてる奴はいないかと死屍累々な戦闘場所に走り寄る。


 積み荷の商売品は、持ち替えれば金になりそうではあったが、それなりの量だ。一人で運べる分量ではないし馬もやられているので、馬車を立て直すこともできない。

 しかしハッジンは目ざとく見つけた。金貨の入っている大きな袋を。


「(ラッキー。これなら持っていけるな、……っと、ついでにこいつらの金もいただくか。死人にゃもう必要ねぇもんだからな)」

 まるっきりの泥棒行為。しかしハッジンには一切の躊躇いも罪悪感もない。


 まんまと大金をせしめた彼は、一度メサラマまでおっかなびっくり帰り着くと、その金の一部を使って改めて護衛を雇い、他の町へと移動していった。





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