第74話 食べ歩く少女は満腹を知らない




 リュッグがスルナ・フィ・アイアに向かっていたその頃、ジューバの町に残ったシャルーアは、滞在中の下級宿でぼんやりと過ごしていた。




「………」

 特に何をするでもなく、貧相なベッドに腰かけてそのまま背中を預け、仰向けになりながら天井を眺める。


 気分は悪くない。寂しい気持ちは小さくなり、心は平静そのもの。思う所は多々あっても今はあれこれ考えても仕方がない。過去は過去、今は今だ。


「……………」

 何となく下腹部を撫でる。さすがに時間が経過して、胎内から感じる温かさはもうない。

 シャルーアにとっては男性のアレがあるとすごく安心できるのだが―――



『……でもお嬢さん、あんまりああいったことを知らない男にお願いしない方がいいよ。世の中、僕みたいに気のいい人間ばかりじゃない、悪い男だっていっぱいいるからね』



 ―――この下級宿のレストランで給仕をしている男性、チャック=マーレンの言葉を思い出す。


 シャルーアは素直にその言に従ってあれ以来、見知らぬ男性に " お願い ” しないようにしていた。

 それでも、その身に深く刻まれてしまっている情動は強い。動物に例えるなら、年中いつでも発情しようと思えばできてしまう黒い兎さんといったところだろうか?


 それほどに彼女にとって異性との行いとは、彼女の存在の根幹にまで根差していた。


 そして、この町にきて過去の思い出に触れ、ルシュティースと出会い、彼女の迎えの男性を通して " あの人 ” を―――あの人との日々の1年間を、性の快楽に浸された日々を思い出してしまった。

 おかげで表面には出さないものの異性を求める衝動は、寝ても覚めても常に自分の中でくすぶっていて、いつでも燃え盛らせられる状態にあった。



「………」

 不意にベッドから身を起こす。今度は思い出から悶々としたものがこみ上げてきて、このままではいけないと思い、シャルーアは出かけることにする。


 スルナ・フィ・アイアとの距離を考えれば、リュッグが帰ってくるまでおそらく1日か、長くても2日程度。

 その間は食事にしても自分で何か見繕わなくてはいけない。

 いまだ世情に疎い彼女はこの機会に、色々な食べ物や食材に触れてお勉強しようと考えた。


 しかしそれは精神の浅いところでの理由付け。実際は無意識のうちに、沸き立ちそうになった強い性欲を食欲で誤魔化すために、彼女の深い部分が突き動かした。




 ・


 ・


 ・


――― 大通りのとある食堂。


「いやーホントにお嬢ちゃん、いい食いっぷりだねぇ。こっちのナルギシコフタゆで卵入り肉団子もどうだい、特別にオマケしとくよ」

「ムフムグ……ンンッ、ありがとうございます。……ですが、よろしいのでしょうか?」

 既にシャルーアの前には空になった皿が5枚積まれている。注文したのは一番下の一皿だけなのだが店主が次々とオマケしてくれ、皿の山はその標高をどんどん高めていた。


「ああ、いいんだよ。お嬢ちゃんの食いっぷりがいいからか、今日は何故か客入りが良くってね、お礼みたいなもんさ、ハハッ」




――― 1時間後、とある市場の露店。


「気に入ったかい、お嬢さん? ウチのボルティーのフライは絶品だからね、ほらもう1本オマケしたげるよ、持っていきな」

「あ、ありがとうございます……」

 



――― さらに1時間後、甘味喫茶店。


「はーい、こちらのマハラベーヤミルクプリンマングァマンゴーのジュースは当店からのサービスね」

「え、よろしいのですか??」

「ええ、店長がね、お客さんが来てから忙しくなったって喜んでてねー、だから遠慮しないでいいわよ」

 給仕の女性がウインク混じりに置いていった。さすがに行く先々でこうもオマケやサービスをされては、シャルーアも困惑してしまう。



「(??? 一体どうなっているのでしょう……??)」

 本人に自覚はないがシャルーアは健啖家である。華奢な美少女が食事を美味しそうに、しかも下品にがっつくでなく上品な食べ方で、あっという間にペロリと平らげている姿―――客寄せに効果抜群だった。


 しかもシャルーアは一つの店に立ち寄ると、同時に色々と頼むのではなく1品だけ注文し、それを食べ終えてから次を注文するというのんびりとした食事をたしなむ上、最終的に食す量は相当に及ぶ。なので滞在時間が必然と長くなる。


 そんな彼女が、通りがかりの人々によく見える席で食事をしていようものなら、その姿に食欲そそられ、フラリと店に立ち寄る者も自然に増える。


 シャルーアはまるで知らぬままに、良い宣伝役として行く先々のお店の売り上げに貢献していた。







―――日が傾いてきた頃、シャルーアは泊っている宿に戻ってきて、1階にあるレストランの一席にポツンと座っていた。



「え、ええと……エウロパ風コフタハンバーグステーキ、お待ちどうさま。けどその、ま、まだ食べるのかいシャルーアちゃん??」

 

 彼女がレストランの席に着いてからというもの、これで注文した料理は15品目。チャックの中から、肌を重ねた異性としてのシャルーアへの気恥ずかしさがどこかへと吹き飛ぶ。

 (※「第70話 シャルーアの謎」参照)


 むしろ、明らかに大食いに耐えられそうにない華奢なその身体への物理的な心配と、おサイフ的な意味での心配によって、ハラハラしてしまう。


「はい、大丈夫です。このレストランのお料理は美味しいです」


 痩せの大食い。


 しかも、リュッグから貰ったお金はかなり余裕がある。

 昼間食い歩きした先々でいっぱいオマケしてもらったおかげで、シャルーアの中では今日使う分と決めていた貨幣に、まだ相当な余裕が残っていた。


 まだお金の数え方が危ういものの、これまでの経験で大雑把に1食分の平均価格を貨幣の色と枚数で覚えつつある彼女は、このレストランで30品は食べられるだけの分が残っていると自分のお財布袋を確認しつつ、料理を嗜み続ける。


 加えて、お腹がいっぱいになると気分が良くなることを、リュッグと行動を共にするようになってから徐々に気づいてきた。


「(満腹になりますと、男性と一夜を過ごした後のような気分になるのは何故なのでしょう? 不思議です……)」

 リュッグの仕事で実入りが良かった日などはお腹いっぱい食べられる。その日はすごく満足で、男性のアレを入れてるみたいにお腹がとても暖かい。



―――食欲が満たされることで性欲がある程度、代替で解消される感覚を、シャルーアは頭ではなくその身への経験で学びつつあった。






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