第30話 夜を越える紅玉のぬくもり



 数日後。


 リュッグとシャルーアは砂漠の向こうへと消えゆくミルス達を見送り、町へと戻ろうと踵を返した。



「本当についていかなくとも良かったのか??」

「はい、リュッグ様。できるかどうか・・・・・・・分かりませんので、今はあちらにご同行する意味がございません」

 目を覚ましたシャルーアと話してみても結局、あの謎の熱については何も分からなかった。

 彼女自身にも自覚はない―――というよりも聞く限り、熱を発したのはどうやら気を失った後からのようだった。



 そしてミルス達と世間話や情報交換などを交わしつつ、ちょっとした宴会状態に入り、場が盛り上がる。そんな中、ミルスが彼女の器量を褒め、妃にならんかと冗談めかして言ってきたのを、シャルーアが真に受けた。


 ただし彼女の考えでは、王の子を成す事が妃という者の存在意義のすべて。

 そしてそこには、かつて愛した人の子ができなかったから捨てられた、というシャルーア自身の根深いトラウマがあり、そこからくる強い疑問を抱く。


 ―――子が出来るかどうか分からないのに、自分が王位者の妃になどなっても良いものか? 


 そこでシャルーアはミルスに一晩、閨を共にした。もしもそれで、ミルスの子ができたならば彼の妃になると言ったのだ。

 たった一晩で成しえたなら、その資格が自分にはあるのだろうと考えた。




 そしてリュッグは、この二人の縁は案外、悪くないかもしれないと思っていた。


「(やや考えの甘い部分もある御仁だが……ミルス殿の強さは、シャルーア一人―――いや、家族・・を抱えようとも大抵の問題や脅威から守りきれる猛者だ。それにラーシャやフゥーラのような部下がいるという事は、根無し草の王とはいっても支持者サポーターが相応に存在してるに違いない……)」

 しかも、領地を持たぬといえども一国の王、その伴侶という光栄。行くアテのない一人の少女には決して悪くない話のはずだ。


 このまま傭兵の助手を続けるよりも確実に、破格のバラ色人生が待っていることだろう。


 しかしシャルーアは、思いのほかストイックなところがあるらしく、一夜を共にしたとて相手の男に情がわき、ベッタリになる……という事もなかった。


 どこまでも子供を身籠るか否かその条件に沿うといった態度で、翌朝起きてきた彼女はいつもとまるで変わらない。

 むしろミルスの方が照れってれの、どう皆の顔を見れば良いものか分からないといった、青春まっさかりな十代の若者の、初めての後みたいな状態になっていたほどだ。




 遠ざかるミルス達を見送る表情も普段となんら変わらなかった。特定の異性に対する特別な情というものは、何一つとして芽生えていないようだった。


「……まぁいいか、それはそれだな。よし、とりあえずこっちも気を取り直していつものように仕事に行くぞ」

「はい、リュッグ様」

 とはいえ、それとは別に気がかりはある。


 やはり彼女の、あの謎の高熱についてだ。単なる発熱ではなく、凶悪で名の知れた厄介な魔物すら倒すほどの熱さ―――もし彼女の意志でどうにもならないものであったら今後、どこかでいきなり暴走したりしたら……


「(特異体質なのか、魔法の類なのか、それともミルス殿のような特別な技なのか……正体すら分からないんじゃあ、いくら考えたところでどうしようもないが)」

 いつも通りに傭兵仕事をこなしつつ、それとなく情報を集めてみようとリュッグは思った。

 ミルスとの事もそうだが、これもシャルーアの今後に関わる部分だ、よく分からないからと放置はできない。

 どこかで不安を覚えていたのか彼らしくもなく、町の入り口をくぐるその足取りは、少し早歩き気味になっていた。



 ・


 ・


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――――少し前。


 ファルマズィ=ヴァ=ハール北部地域の某所。


「っ!!」

 ローブを深く被った男は何かを感じて立ち止まった。それはこの上なき不快感だった。


「(まさか……。“ 守り ” は失われたのではなかったのか?)」

 嫌な熱さ。それを感じたのは男だけではない。

 付近一帯に潜む魔物たちもまた、危機感すら伴いながら不快に感じ、各々が潜むところでより深く身を隠さんと縮こまっていた。






 オアシスの町、サッファーレイ。


「? どうした相棒。何か見えるのかい?」

 オアシスの水を飲んでいた最中、急に首を挙げたラクダに語り掛ける行商人。もちろん返事などかえってこない。しかし……


「はは、なんだお前。随分とリラックスした表情しやがって? オアシスの水はそんなに美味しかったか?」

 主人が感じていない何か・・を、ラクダは感じ取っていた。それが何かは、当のラクダにも分からない。


 ただ、オアシスの水際にいた動物たちは同じように顔を上げ、すべてが同じ方向に視線を向けながら、どこかリラックスした雰囲気を醸していた。






 スルナ・フィ・アイアの町。かつてのシャルーアの生家たる宮殿。


「? ……なんだか、とても暖かい……気持ちの良い感じがします」

 病弱なる色白な若奥様は、弱き視力でもってはるか遠くを眺める。

 突如として身に感じた不思議な温かさ・・・に、小首をコテンと傾げた。


「奥様、あまりお外には―――」

「大丈夫です、何だかとても……そう、とても調子が良くて心地良い気分なんです」

 守衛の制止も聞かず、柱を支えに日の光の下に歩み出す彼女。


 もちろん外には出ない。が、日光が目に毒だと医者に言われているにも関わらず、その身照らされるところまで歩みを進め、立ち止まった。


「(不思議です……これは一体何なのでしょうか?)」

 じんわりと、本当に微かな温かさ。

 けれど身体の芯に、いや魂にまでは及ぶかのように染み込んでくるソレは、とても心地良い。


 生まれてきて以来、こんな感覚は初めてだった。

 幼少期の母の腕の中でも、ごくまれに触れる旦那様の冷たい手からも、これほどの温かさを感じたことはなかった。


 一体これは何なのだろう?


 単なる気温の変化でないことだけは確かだが、その場で感じている者は他にはいないようで、守衛たちはそんな彼女の様子に困惑するばかりだった。







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