第29話 非常識なるも不可思議な術



――――――ザブンケイパーの町。



「我が用いたはミルス王家の秘術でな。代々の王が伝承し、これを用いることのできる者が王位を継いでゆくしきたりなのだ」

 眠ったシャルーアを抱えていたので、一行は町に着くなり宿に入った。


 そして落ち着いた後、リュッグの質問に答える形で、ミルスは話していた。



「王家の秘術、か……どうりで聞いた事もないはずだ。見ていた限りじゃ、何か奇妙な文言を唱えることで、身体能力を強化しているように見えたが」

「いや、それは正確ではない。アレは “ コトダマ ” と呼ばれる力でな。言葉そのものに精霊ルルゥホァンが宿るとされ、その精霊に力を一時、我が身に貸し与え給わんとするものなのだ」

 そう言うと、ミルスは腰かけた粗末なベッドから立ち上がり、両腕にグッと力を籠めた。そして―――


「<リョリョック>!!」


 ボゴォッ!!


 一言発すると同時に、ただでさえ太く逞しい彼の腕が1.5倍ほどに膨れ上がる。しかも人の肌とは思えないほど張って、金属のような艶めきをその表皮に宿した。


「!! す、すごいな。こうして目の前で見ても信じがたい」

「ふう……と、まあこのように “ コトダマ ” の力で、精霊たちが我が身にさまざまな恩恵をもたらしてくれるのだ」

 だがリュッグは少し真剣な表情を浮かべた。そんなに都合のいい話があるだろうか?

 魔術魔法と呼ばれる類の技術にしても、魔力を消耗するという代価を支払って成り立っている。

 筋力にしてもそうだ。パワーある動きと引き換えに、疲労という枷を蓄積させ、鍛えるにしろ並々ならぬ努力という、代償を求められるもの。



「ミルス様の “ コトダマ ” は、使用の反動が体に返って参ります。故にその反動に耐えるため、歴代のミルス王様方は皆、ミルス様のようにたくましい御方ばかりでした」

 疑問を見抜いたフゥーラがさらっと答える。


 しかし、普通にしていてもミルスの筋骨隆々にして大柄な体躯は、並みの人のソレを越えた鍛え方をした賜物。

 裏を返せば、それほどの肉体がなければ耐えられないほど、その反動とやらは大きいということだ。


「……なかなかご苦労なされているようで」

「ハッハッハ! なぁに、この程度は我が身体にはむしろ心地よく丁度よきゆえ!」

「たしかー、ミルスさまの “ コトダマ ” って、大昔に異邦人・・・が伝えたモノの一つだって話だよね。ミルスさまのご先祖さまに不思議なお話いっぱい聞かせたとかなんとかー」

「そこは伝えたと言いなさいよラージャ。それではまるで子供におとぎ話でも聞かせた大人みたいでしょう? ……私達の武器もそんな伝承物の一つで、誰でも使えるわけではなく―――」

 おもむろに、フゥーラが首元から手を入れて右肩をはだけさせるように服をズラし、ラージャも同じようにして逆の左肩をはだけさせる。

 するとそれぞれの肩の後ろ側に、何やら彫り物が成されているのが露わになった。


「黄色と緑の肌の人間……いや、角があるな。何かの伝承だかをモチーフにしているタトゥー??」

「そそっ。この特別な彫印ちょういんのある私たちじゃなきゃ使えないってワケー」

 リュッグは、なんとなく理解した。


 マルサマのところで、シャルーアの魂の武器を調べる様子を見たおかげか、こうした不思議な話には多少なりとも免疫がついていたらしい。

 思いのほか、そういうものなんだと、ストンと飲み込むことができた。



「……それでだ、リュッグ殿。しつこいようで申し訳ないが、本当にシャルーア嬢のアレ・・について、リュッグ殿は何もご存知ないと?」

「ああ、まったくだ。あんなことは連れて歩くようになってから初めてのことで、いまだに困惑しているよ。むしろ何か分かることはないか??」


 ミルスは、先のアズドゥッハ戦で危うい状況にしてしまった事を悔いている。


 その詫びではないがシャルーアが発した、魔物の命すら奪うほどの高熱の謎について何か思い当たることがないか、考えてくれているようだった。



「ミルス様のような、特別なお力……と考えるべきなのでしょうか?」

「だがフゥーラよ。私と同じものではない、高熱を発する “ コトダマ ” など初めて聞く。伝え聞く伝承にも思い当たるものがない」

「シャルシャルちんの身体にも異常はなかったんだよねー? じゃ、別にいーんじゃないのー?」

 ラージャが羨ましそうに、横たわって寝息を立てているシャルーアの胸をモニュモニュポンポンして遊ぶ。


 しかしシャルーアが起きる様子はない―――かなり深い眠りに入っているようだった。




 ・


 ・


 ・


「……名声? それがアズドゥッハ討伐の目的だと」

 いくら考えても答えがでないため、シャルーアのことはひとまずおいておき、話はミルス達の行動目的に移っていた。


「ウム。悲しいことだが、王といっても我が国は領土とよべる土地あるものではない故、各国の王と会談の場を持つのがなかなかに難しくてな。そこで! 脅威度の高い魔物を討伐して見せ、名を上げ、他国の王と面会しやすくするという算段であったのだが……申し訳ない、危うい状況にシャルーア嬢を陥らせてしまった」

 結果として見れば、ミルス達にとって確かにアズドゥッハは敵ではなかったと言える。

 しかしそれは、あくまで双方の力量差ゆえの話。戦闘になれば勝敗や互いの強さの差など関係なく、被害は発生する。


 リュッグ達のような傭兵はその点を重視し、被害や損害を最小限に抑えるため、慎重な判断と行動を取るのが基本。倒せるか倒せないかは判断基準としては弱く、なるべく被害を出すことなく倒せるかどうかが重要なのだ。


 しかしミルス達の行動の判断においてはその観点が弱い。勝てる相手か、倒せる敵か? それが判断基準として勝ってしまっている。


 実際、彼らはこれまで魔物を討伐しにいっても然したる被害らしい被害など被ったことが少ないのだろう。

 倒す事ができる力と技術があるがゆえに慎重になる事が、慎重になりすぎて・・・・・勝機を逃す、という捉え方をしているのかもしれない。



「まあ幸い、結果的にだがこれといった怪我もない、良しとはするが……それより国の王に面会するために名をあげようとしてるって話だが、それはこのファルマズィ=ヴァ=ハールの?」

「うーうん、まわりの国がねー、この国に攻め込む気配を見せてるから、思いとどまるようにって、説得するためだからえーと……なんだっけ?」

「何度も説明したでしょうラージャ。魔物の活発化の脅威がある今、人同士で争うのは愚かだからと、周辺国・・・が戦争に向かわないよう説得することが当面の目標だって」

 フゥーラが頭を抱える―――が、それを聞いたリュッグは少し引っかかるものがあった。


「それだとこの国じゃあなく、その周辺国とやらの方で魔物退治をしないと、あげた名は目的の王様まではなかなか響かないんじゃないのか??」


「「「……あ」」」


 もちろんどこで魔物討伐をしようとも凶悪で危険なものを倒せたなら、諸国にその功績と名声は広がるだろう。

 しかし他国から流れてくる名とは、単なる風のウワサの延長上でしかなく、実としては弱いものだ。


 それに王との面会を目指すなら、その目当ての王のいる国の中で魔物を排し、その国の治安維持に貢献するなどの実利も示さなければ、相手も興味を持ってはくれないだろう。

 他国で活躍している者だと言っても、あちらさんからすれば “ フーン、それで? ” の一言で終わる。


「……二人はともかく、フゥーラはしっかりしていると思ったが、意外と抜けてるところもあるんだな」

 3人は一様に押し黙り、特にミルスとラージャの手綱を引く役目であろうフゥーラに至っては、ありえない凡ミスだと顔を赤らめて己を恥てしまった。







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