第28話 灼熱




 アズドゥッハを倒したあと、リュッグ達は実に3日近くもその場での滞在を余儀なくされた。



「――――――……、……ん……、…ぅ…ん……」

「! 起きたかシャルーア。…良かった、安心したぞ」

 自分の首にかかる吐息の変化。

 背負った者が意識を回復したことを理解したリュッグは、深く安堵した。


「……リュッグ、さま……? ……私は……どうか、したのでしょうか……??」

 なぜ背負われ、眠っていたのか分からない―――彼女の意識がまだぼんやりしているのが、その声色こわいろからうかがえる。


「あ、シャルシャルちん目ぇ覚めたー?」

「おお、ようやくであるか。なかなかの眠り姫っぷりであったな!」

「ミルス様、その言われようはどうかと。……シャルーア様、水をお飲みになりますか?」

 リュッグの前とやや後方の左右の、三角形の頂点をなして囲む形で共に歩いていたミルス達が一斉に距離を近づける。


 まだどこまでも砂漠の景色が続く道を、彼らは移動していた。


「……とりあえずもう少し眠っていなさい。最寄の町まであと少しだから、着いたら起こす―――」

「すー……すー……」

 リュッグが言い終わる前に寝息が聞こえ始める。


 なぜかは分からないが、気を失っていたシャルーアの容態を見たフゥーラによると、彼女はやたら疲労しているという。まだ疲れが抜けないのだろう。


「……。リュッグ殿、やはりその娘についてご存知のことはないと?」

「ああ、ない。別に隠し立てしていることも何もないよ。むしろこっちが教えて欲しいくらいだ、俺も何が何だか……」



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 ・


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 アズドゥッハ達を倒した直後。


 シャルーアの救出は、彼女を掴んだままだったアズドゥッハのむくろを、穴から引き上げるところからせねばならず、そして難航した。


「くっ! なんだこの熱さは?? フゥーラよ、何か分かるか?」

「いえ、まったく。それよりも直にお触りにならない方がよろしいかと。いくらミルス様とはいえ、この高熱・・では触れ続けると酷い火傷を負ってしまいます」

「これを使え。作業用の手袋だが無いよりマシなはずだ。それと掴み続けられないのなら、ロープをかけて引き上げよう……ラージャ、だったか? このペグをあの辺りに突き刺して、ロープの片方をしっかり結んできてくれ」

「おっけー! 任されりー!!」


 全員で手分けして救出作業を急ぐ。


 穴の外から見えているだけでも、アズドゥッハの片手が彼女の口を塞いでいるのが見え、微かな動きや声もなく、シャルーアも完全に気を失っていた。

 ―――いや、この謎の妖異ヨゥイの高熱にその身晒されていては、意識どころか既に命を落としている可能性はかなり高い。


 一同は最悪のケースを覚悟をしながらも、一抹の希望にすがる。


「……よし、ロープは我とリュッグ殿で引く。フゥーラよ、ラージャと共にペグとロープを押さえているのだ」

「かしこまりました」


 そうして引きずり出されたアズドゥッハの骸。


 両腕を交差させながらそれぞれの手が、シャルーアの口元と片胸を握るように後ろから抱きしめ、両脚を彼女の脚に絡ませるようにした、全身で束縛する恰好。

 シャルーアは四肢はもちろん、カラダの隅々までほぼ動かせぬままに気を失ったようで、“ 気をつけ ” の姿勢でアズドゥッハに抱かれていた。あらがった形跡はほとんどない。



「これは……、一体どうした事か?」

 まず驚きを露わにしたのは一番穴に近い位置でロープを引いたミルス。アズドゥッハは高熱、つまり焼死。それは事前の推測どおりで間違いない。


 しかしそれに抱かれているシャルーアの身体には、表向きには火傷の後もなければ、アズドゥッハのように内を焼かれて水蒸気を立ち上らせもしていない。


 おそろしく身綺麗なままだ。血色も良ければ死んでいる風は微塵もない。



「シャルーア、大丈夫かシャルーアっ! ……熱っ!!? この熱さはっ??」

 リュッグが駆け寄り、シャルーアの生死を確認するべく脈をとろうと、か細い腕を取った―――瞬間、ジュウッという音と共に、リュッグの手の平に軽い火傷ができてしまった。


「まさかこの熱は、彼女が発しているもの…?」

「それってミルス様みたいなスペシャルムーメイヤッズな技かなんかってこと?」

 一同は混乱する。それからは全員でうんうん唸りつつの、試行錯誤な救護活動が始まった。

 とにかく熱を下げないことには触れることもままならない。ということで日陰をつくり、水をかけてみたり仰いでみたり。


 しかし普通の発熱ではないらしい。


 肌を濡らした水分は熱されても蒸発せず、自然の気温によってやがて蒸発するまで相応の時間、彼女の身体を濡らし続けていたし、風で仰いでもまったく熱が冷める様子はない。


 あれやこれやと四苦八苦してみても結局、時間経過だけが唯一の正解のようで、奇妙な高熱が冷めるまで丸2日間、彼女はアズドゥッハの死体に抱かれたまま眠り続けた。


 熱が冷め、ようやく魔物の骸とお別れしてからさらに1日。彼女の容態の確認と目覚めを待ったものの、食料や水の問題から仕方なくリュッグが背負い、ミルス達が護衛するような態勢で、一行は町に戻る帰路へとついた。







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