第27話 死に様は三竜三様 ― アズドゥッハ.その3 ―


「ハッハッハ! 二人とも流石だぞう! 私も負けてはいられんなっ」

 お供の二人がアズドゥッハをそれぞれ倒し、ミルスは愉快だと大笑いする。しかし自身が対峙する3体へのけん制は怠らない。


『フゥー……、フーッ……』

『グググ……』

『シュグルルルル……』


 さすがのアズドゥッハ達も仲間が2体やられた事で、目の前の連中がただの人間でないと警戒を強めた。

 ミルスに対してより優位に立てる位置取りを整え、なおかつ残りの人間達への注意も深める。


 数の上でも 5 vs 3 で劣勢。個体としての強さはアズドゥッハ達の方がまだ勝っているだろう。

 しかし、簡単に仲間がやられた事を教訓とし、安易な攻勢を慎む方向に切り替えたようだ。



「慎重になられた。こうなった妖異ヨゥイは隙を突くのが難しい……」

 リュッグの呟きに、同意すると言わんばかりに近くにいたフゥーラも頷く。

 二人の少女が勝てたのは、アズドゥッハより強かった……というわけではない。自分達の戦法に敵を上手く引き入れたからだ。


 たとえいかなる能力や道具があろうとも、人と魔物では生物としての根本的な強さ、その次元が違う。


 隆々とした筋力を持った、いかにも強そうなミルスでさえも、アズドゥッハ1個体と比べれば力もスピードも生命力も何もかも劣っている。

 それは絶対に間違いのない事実。


「……なので人が妖異ヨゥイと対峙するには、知恵を持って己の得意へと相手を引きずり込まなければいけない。これは鉄則だ」

 シャルーアに教えるように、しかし自分自身で再確認するように言葉にするリュッグ。

 その傍らで、素直になるほどと頷いているシャルーア。しかし二人の前にいるフゥーラは微笑を浮かべた。


「その通りですリュッグ様。根っこのほどは、私達もそうやって渡り合うしかございません……ですが、ミルス様だけはほんの少しばかり例外なのですよ」

「? それは一体どういう―――」



 刹那、動きだす。





 ドガッァ!!


 左手にいたアズドゥッハが片手を地面に叩きつけ、その場で回転し、舞い上がった石や土、砂をミルスに向かうように尾で叩いて飛ばした。


「ムッ!」

 しかしミルスは動かない。なぜなら…


『ギシャァァッ!!!』

 ミルスが極めて一瞬、飛来するソレらに視線をやった瞬間を見逃さず、右手にいた別のアズドゥッハが飛び掛かってきたのだ。


 爪を立て、ミルスの肉を掴み裂かんと腕を伸ばしてくる!


「~~~……<ガンシュ>! <テンハ>ッ!!!」


 グシャッ!!!


『???!』

 裂けたのはミルスの身体ではなくアズドゥッハの手の方。まるで岩のように硬いものに、思いっきり突き立ててしまったなまくら剣のように砕ける。


『ギュガァァッ!!!』

 真正面にいたアズドゥッハが、奇声と共に何かを吐いた。

 液状だったそれは、ミルスに近づくにつれて煙のような状態へと変化し、広がる。


「毒か!? <セイシン>!!」

 モロに喰らう。しかし、ミルスの全身は一切の穢れも霧の付着もないかのように、変化はない。毒を吸引して身体に不調をきたすような雰囲気も一切なく、アズドゥッハはどうなっているのか不思議そうな表情を作る。


「呆けておる暇はないぞ! <ショウト>ッ!!」

 巨漢が、その見た目からは考えられないほど俊敏に低空跳躍。一気にアズドゥッハとの間合いが詰まる。


『ガググッ!? ゴァァッ!!!』

 しかしそこは凶悪と恐れられる魔物。返り討ちだとばかりに大口を開けてミルスに突進する。


「フッ、好都合! <ハジャ>! <メツゴウ>!!!」


 ドバァチャァッ!!!


 横からまともにミルスのサイドブローが入る。恐らくアズドゥッハは、あえて攻撃を喰らい、耐えた直後に反撃するつもりでいたのだろう。

 しかしミルスの攻撃はそんな魔物の頭部を一撃で弾け飛ばしてしまった。




「まだまだっ! <ハッソウ>!!」

 即死したアズドゥッハの、首のない死体を蹴って、地面に足をつくことなく右手のアズドゥッハへと角度を変え、襲い掛かる。


『ギギグッ!』

 さすがに危険と判断したのか、ミルスに迫られたアズドゥッハは後方へと飛びのいた。

 1ステップ、2ステップ、3ステップと、そのままどこまでも下がっていこうとするかのような勢いで、迫る敵から遠ざかろうとしていた。


「逃がさんぞ!! <トビシ>、<ハジャ>!!」

 1度だけ脚を地面について加速。

 低い位置を猛スピードで標的に迫り、その勢いで追いつきざまにアッパーカット。


 ゴシャァッ!!!


 胴と首の間の肉が吹き飛び、アズドゥッハは絶命する。しかしその瞬間、千切れ飛んだ頭が、絶命の刹那にニヤリと勝ち誇るような笑みを浮かべた。



「!? ハッ……いかん、ラージャ、フゥーラぁ!!!」

 ミルスの怒号を受け、二人の少女はハッとした。


 つい彼の戦いに目がいってしまったが、アズドゥッハはもう1匹いる。しかしミルスが最初、立っていた位置から見て左手にいたソレの姿がない。



「! しまった、シャルーア!!」

 リュッグが振り返りながらボウガンを向ける。


 すぐ後ろにいたシャルーアの身体を、アズドゥッハの尻尾と四肢が抱き込むように捕らえていた。

 声を出せないよう、手足だけでなく口まで塞がれる形。その足元には大穴が空いている!



 ビュシュッ……ドスッ!!


 迷う事なくボウガンのトリガーを引くリュッグ。

 矢は狙い通り、アズドゥッハの目に直撃する。が――――


『グググググッ!!』

 痛みによる悲鳴ではなく、してやったと言わんばかりの呻くような声。

 そのままシャルーアと共に地中へと落ちてゆく。


「っ! こいつは穴も掘るのかっ、くそっ!!」

 リュッグはすぐにボウガンを投げ捨て、シミターに手をかける。

 そのまま引き抜きつつ、沈み落ちていくアズドゥッハの頭を狙う。しかし…


 バギンッ!!


 所詮は安物。アズドゥッハの表皮に僅かな出血の傷をつけるのと引き換えに折れてしまった。




『ギャーギャギャギャッ!!』

 密かに、しかし素早く掘った回り込むための穴は思いのほか大きく深い。シャルーア一人を抱き込んでもそのまま落下するだけで、スルリと穴へ…地中へと姿を消してゆく。


 このままだと不味い。



「くそぉぉぉ!!!!」

 ラージャもフゥーラも間に合わない。どんどんアズドゥッハの姿が消えてゆく。

 リュッグは、自分の腕1本引き換えにする覚悟で掴みかからんと伸ばした―――それでも間に合わない。




 直後。


『ギャォオオオオ!!!?!?』

 穴の深くにその身の大半が沈んだアズドゥッハが、強烈な叫び声をあげた。


「な?! …く、届け…っ…シャルーア無事かっ……あ、ッ!?」

 地面に腹ばいになり、上半身を穴に突っ込んでアズドゥッハの頭部を捕まえたリュッグの両手に、燃えるような熱が走った。


「な、なんだこの熱さは!? ぐぐぐ…うう、このっ……ウォォオオオッ!!!」

 我慢し、歯を食いしばってアズドゥッハを引き上げる。

 敵の攻撃はなく、叫びも奇声も上がらない。

 

 ラージャとフゥーラが駆けつけ、リュッグの下半身を引っ張る。

 遅れてミルスが駆けつける頃には、アズドゥッハの頭が再び地面の上へと姿を現していた。


「なん…ですかこれは?? まさか、…焼けている?」

 見た目にたいして変化はない。しかし、白目をむいているアズドゥッハの口や鼻、あるいは皮膚の隙間などから、水蒸気が立ち上っていて、凶悪なる妖異ヨゥイは完全に絶命していた。








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