第26話 似非竜は血貫かれる ― アズドゥッハ.その2 ―
左にいたアズドゥッハが近い位置のフゥーラではなく、その後方にいたリュッグ達をわざわざ狙った理由。それは相手全体の後方を取り、仲間と挟む位置につく事で、戦術的に有利な状況を作ろうとしたからだ。
アズドゥッハはそういう思考を行える魔物であり、また人間の言葉を理解している。なので、目の前のフゥーラという少女が割り込んでくる事は想定済み。
だがそうなっても問題ないと考えていたのか、まったく勢いを抑えずにそのまま彼女に襲い掛かった。
『ギャァッァァッゴォオオッ!!』
シャバンッ!!
咆哮。そして両腕を交差するように振るう。
振るわれた腕の遠心力に呼応するように爪が倍の長さに伸び、フゥーラの身がその鋭い斬撃でバツ字に切り裂かれた。
「ッ! 見るな、シャルー……ア……?」
無惨に血肉飛び散る様は、まだシャルーアにはキツいだろうと思い、リュッグは彼女の視界を覆い隠そうとする。
しかし切り裂かれたはずのフゥーラの様子がおかしい。地面に着地したアズドゥッハも妙な手応えだったのか困惑気味に、自分の手と切り裂いたはずの相手を交互に見る。
フゥーラは、確かにバツ字に切り裂かれた。が、その姿は切り裂かれた瞬間そのままで空間に留まり、変化がない。
「……蜃気楼?」
シャルーアが何気なく呟く。その瞬間、フゥーラの姿が煙のように
『ギャ? ギャッギャ?? ……』
だが、そこは知能の高いアズドゥッハである。姿の消えた敵に驚くのもそこそこに、消えた敵の行方を慎重に探り始める。
目の前にはリュッグとシャルーアの二人がいるが、襲い掛かろうとはしない。妙なことをする敵だと理解し、安直に眼前へと襲い掛かるのは危険であると冷静に判断しているのだ。
「……なるほど、用心深いものですね。リュッグ様が険しい顔で私達を
「!!? い、いつの間に俺の後ろに?!」
リュッグの足元から伸びる影にでも潜んでいたのかと思うほど、声が聞こえるまで一切の気配がなかった。
確かに体格差から、この少女が裏に隠れるのは十分かもしれないが、長く傭兵生活をしてきて一切の気配なく自分の後ろに回り込まれているという経験を、リュッグは初めて味わって驚愕。
そしてもっと驚愕するのは、そんな褐色肌で薄緑髪の少女が堂々とリュッグの影から出てその姿を敵に晒したこと。
明らかに戦闘ごととは無縁な、どちらかといえば事務員のようなタイプの少女が、アズドゥッハという強大な魔物に臆することなく対峙したのだ。
「どうしました? そんなに慎重になっていてはいつまでたっても私を屠ることなどできませんよ?」
こちらの言葉を理解するということは、挑発も届くということ。事実、地面に4つ足ついて伏せていたアズドゥッハは、身を起こして二足歩行の態勢へと移行した。
先ほどもう一人の少女に仲間がやられた事を警戒してか、中腰ではなく完全なスタンディング状態となり、その頭部はリュッグやミルスのような大柄な人間でも見上げないといけない位置にまで達する。
「立ちあがるとここまで大きいのか」
リュッグは冷や汗を流す。元より巨躯に分類される
しかし、こうしてそれなりの距離で立ち上がられると、よりその大きさが脅威として映り、全身の肌が泡立つ。
背丈でいえば、いつかの
大きさからくる圧迫感の強さと迫力は、細身のギガスミリピードの比ではなかった。
「なるほど、ドラゴンに形容される事もあるとはよく言ったもの。…ですが、あくまで似ているというだけのこと。所詮は低俗狂暴な野生の獣の類でしょうね」
さらに挑発的なことをのたまうフゥーラ。だがリュッグは事ここに至って彼女を止める気にはならなかった。
ラージャといい、先ほどのフゥーラの不思議な行動といい、彼らには傭兵である自分が危険を伝えてもそれを乗り越えられる “ 何か ” がある。
「(でなければ、この
それでも万が一に備え、シャルーアを連れて逃げる心積もりは持ち続ける。
1歩、2歩と、少しずつ後退し、アズドゥッハとの距離を僅かながら開けた。
『ググググ……、ガァガァァッ!!』
立ち上がったからなのか、少し声色の変わった唸り声を上げて、アズドゥッハは前進を開始。
しかしフゥーラとの間合いを数歩を詰めたところで急反転。その勢いで自分の尾を鋭く振るう―――それで彼女を切り裂く気だ。
ザンッ!!!
今度こそ切り裂かれた。
血が
ボテンッ!
硬い地面の上に転がった肉塊は、フゥーラの身体の一部……ではなくアズドゥッハの尾の方だった。
「警戒し、勢いで突撃してこなかったのは流石です。しかし…」
ザスッ!
『??!!!』
ザスザスザスッ!!
『ガッ、グッ、ギギッィ!?』
ザザザザスッ!! ザスザスンッ!! ザススススススッ!!!
『ガガァァァアーーー!??!!』
「その位置にはすでに
冷静…いや、冷酷さすら感じられる勝利宣言。
見るとアズドゥッハの足元には、無数の緑色の小石のようなものがあった。そこから風のような何かが伸びて、巨躯の魔物の全身を滅多に貫いたのだ。
「(…先ほどの棒のような針もそうだが、彼女らは何かの魔術道具のようなものを用いる? しかもかなり使い慣れているような戦い方だ、一体…)」
この少女たちは何者なんだ。
そんな事を考えている間にも、全身を貫かれたアズドゥッハの身体は盛大に倒れ、泥のような色の血をこれでもかと噴き出す。
穴だらけになった巨躯はしばし痙攣を続けていたが、やがて完全に動かなくなった。
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