第23話 ミルス21世という豪の男
「ハッハッハッハ!! いやー、すまんな通りすがりの
男は豪快に笑い、まったく参ってるように見えない態度でリュッグの背中をバシバシ叩く。
「あ、あぁ。見ているだけというのも何だったし、構わないさ」
リュッグが男を助けたのは、単純にシャルーアの教育のためになると思ったからだ。何でもかんでもそうするのが正しいわけではないが、困っている者に手を差し伸べる事自体は尊い行動に違いない。
加えてまったくの見ず知らずの他者と接触し、会話を交わすことで、世の中には様々なタイプの人間や性格、考え方や価値観があるのだと感じてくれればとも思っての行動だった。
「いやいや、肩代わりしてくれたお代は必ずお返しする。それが人の道というもの、そうではないか?」
袖を千切ったような上着を羽織り、肌に張り付くようなアンダーウェア1枚。下はかなり傷んでいる長ズボンだが、こちらも隆々とした筋肉が内側から破り出てきそうなほどに窮屈そうだ。
いかにも腕っぷしに自信ありな、どちらかといえばゴロツキがしてそうなラフな格好。
しかし、アンバランスながら何故か一定の威厳が感じられ、どうにも会話しずらいものをリュッグは感じていた。
「は、はぁ…まあそれは。しかし返すアテがあるのであれば、先ほどなぜ支払いできず、あのようなことに?」
「うむ。我の供をしている者にちょっとした遣いを頼んだのだが、食事の支払いを済ませる前に行かせてしまったものでな。財布を任せているゆえ、私の手元には僅かたりとも金がない事に後になって気づいたのだ……いや、情けない姿を往来にてさらしてしまった。ワッハッハッ!」
それならその供の者が帰ってくるまで、店で待っていれば良かっただけなのではないかとツッコミたい気持ちを我慢する。
それなりの歳は召しているようだが、リュッグよりはまだ少し若そうな男。見た目通り、物事に対して豪快で大らかなのが性分なのだろうと推察する。
悪く言えば大雑把とも言うが、同伴者の事を “ 供をしている者 " という言い回しをした事から、見た目や言動に反して貴人である可能性もあると睨んでいた。
そしてそれはリュッグの個人的な理由から、あまり関わりたくない類の人種でもあった。
「(まぁ、傭兵稼業に従事している側としちゃあ貴族は、金払いは良くとも無理難題を持ち掛けてくる嫌な
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それから十数分。男と雑談を交わしていると、遠くから呼びかける声が聞こえてくる。
「おーい、ミルスさまー!」
「このような往来の片隅で、何をなされているのです?」
まだ10代とおぼしき二人の少女が近づいてくる。ある程度のところで、片方が走りだし、そのままタックルする勢いで男にぶつかった。
「たっだいまー、いま戻ったー!」
「うむ。無事で何よりだ、二人ともご苦労」
元気で明るそうな少女が、己の3倍はありそうな豪傑然とした男とじゃれ合ってるのを尻目に、もう一人の少女は一直線にリュッグ達の元へと来て軽く礼をした。
「申し訳ございません、連れの者が何かご迷惑を?」
男が迷惑をかけるのが前提…というよりは、また何かもめ事を起こしたと思っているらしい。こういう事には慣れっこだと言わんばかりの疲労感が、頭を下げてきた少女から感じられた。
何となくこの3人の人間性が理解でき、リュッグは苦労してそうだと少女に同情する。
「いや、別にそんな大したことは―――」
「おお、そうだそうだ。先ほどその御仁に食事代を肩代わりしてもらってな。代金分、彼に返してくれぬかフゥーラよ」
リュッグが穏便に済ませようと気を遠慮しようとするものの、ミルスと呼ばれた男は馬鹿正直に答える。
その瞬間、社交辞令の中にリュッグの気遣いを察していた、フゥーラと呼ばれた少女の片眉が何度かヒクついた。
「ちょっと失礼を。…あのですね、ミルス様? なぜ見ず知らずの方にお食事代を支払ってもらっているのです!?」
リュッグ達からミルス達の方へと向き直る。フゥーラはすぐさま自分の何倍も大柄な男に、遠慮なく怒気をぶつけた。
「支払ってもらおうと乞うたワケではないぞ。お前達が財布を持っているからな………店主に土下座し、謝っておったところ、親切にも―――」
「余計にダメじゃないですか! 私達が財布を持っている事をご承知なら、戻るまで待っていればよろしいでしょう!」
するとミルスは あっ と呟く。今その考えに気付いたと言わんばかりにゴツい左手の上に握った右手でポンと叩いた。
それを受けて ゴゴゴゴゴゴゴゴ、と地響きのような音を伴いそうな雰囲気を醸しながら、フゥーラのお説教が始まった。
「………楽しい? 方々ですねリュッグ様」
呆気にとられるシャルーアの “楽しい” は、おそらくは “ 面白い ” の意に近しいものだろう。
最大限、悪しざまに取られかねない表現を使わぬよう言葉選びに気を配っているのが分かる。同意を求めたのも、目の前の3人をどう表現したものか困惑してのことだ。
リュッグも、ただハハハと乾いた笑いを上げる事しかできなかった。
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