第22話 小人に会い、巨漢に遭う


――――――アイアオネの町。



 カーン、カーン、カーン……ジュッ、シュウウウウウッ……



 人によっては小気味良いと感じるであろう、それなりに厚みのある金属を強く打つ音。込み入った町の一角よりこだましている。



 周囲の住人たちは、こんなにも雑然として密集した中にあっても、それぞれどのような隣人ご近所がいるかをすべて把握している。その音を騒音として文句を垂れる者は、一人もいない。


 そんな鍛冶工房の中で、マルサマは珍しく鍛冶師らしい装いで、鍛冶師らしい作業に取り組んでいた。


「…フーム、やはり一筋縄ではいかんな、これも失敗じゃわい」

 赤く輝く鉄。細長くそれっぽい形状になっている、焼き柄刺した武器になりきらない鉄の塊。

 それを目線と水平になるように持ち上げ、その形状を片目瞑って注視していたマルサマは、大きなため息をきながらその腕をおろした。


「それほどにその、ニホントウとやらは難しい剣なのか? これでも十分良さげに見えるが…」

 中年男性として、それなりの人生経験と知識を培ってきたリュッグも、さすがに専門的なところは分からない。

 金床かなどこの上に置かれたいまだ高熱を放っている焼けた金属を見下ろしてみても、どこがダメなのかさっぱりだ。素人目にはサマになっているとすら見えるが、専門家は無情にも首を横に振る。



「……一言でニホントウと言うても大きく分けると2種類あっての。一つは流麗な刀身と鋭い刃の比較的細身なもの。もう一つはそれなりにゴツい厚みと幅、そして長大さを持ったより実戦向きな重戦向けのもの……」

 説明しながら、熱が引いてきた鉄の塊を火箸で持ち上げ、リュッグ達にも見えるように示す。


「前者は、美術品としての価値もあるほど見た目にも美しいモノではある。じゃが、細身ゆえ相当に鍛え抜かねば、いくら切れ味よかろうとも実戦ではすぐにダメになってしまうらしくての。一方で後者は、実戦に耐える戦場刀とも呼ばれておるモノらしいのじゃが…」

 そこでマルサマは、言葉を切ってウーンと悩ましいとばかりに唸り声を上げると、シャルーアを見た。


「どうしても重量が問題になるんじゃよ。それこそお嬢ちゃんどころかお前さんリュッグでも常に力んでおらねば持ち上げ続けるのも困難なほどのう。お嬢ちゃんの魂に刻まれた武器としては後者に近しい形状じゃったんじゃが…」

「扱えなければ意味がない、と」

「うむ。そこで、何とか比較的軽量な前者の特徴を意識し、お嬢ちゃんにも振り回せるものをと思って幾度か試してはいるんじゃが、残念ながら見ての通りじゃ、上手くいっておらん」

 そう言って周囲を見てみよとジェスチャーするマルサマ。

 確かに出来損ないとおぼしきそれっぽいモノが20か30か、結構な数が転がり散らかされている―――この全てが、シャルーアの刀を作らんとしての失敗作だという事だろう。なぜか全て粉砕されている。


 実際、マルサマが今打っていた鉄の塊は、細身のタイプのよう。

 それを今一度金床に置くと、大槌ハンマーを持って身体全体で振りかぶり、思いっきりぶっ叩いた。



 ドガキィッ、……バキャァンッ!!!


「…ふーい。見ての通りじゃ、まるで脆い。ダメな鉄を使い、鋳造で量産した粗悪なシミターよりかはマシじゃろうが、鍛冶師として手掛ける以上、同じ程度のモノを客に渡すわけにはいかん」

 世間の店に並ぶ品を卑下するのはハンドメイドの誇りゆえだろう。実際、この国は比較的平穏な時代が長く続いていて、店が扱う武器は出来のよろしくないものが多い。

 リュッグが使っているシミターも、仕事で十数度も用いれば買い替えが必要なほど武器というより消耗品のレベルだ。

 鍛冶師としては嘆かわしい武器の市況もマルサマを意地にさせているのだろう。


 シャルーアの刀は、まだまだ完成を見るまで時間がかかりそうだった。



 ・


 ・


 ・


 マルサマの工房を後にした二人は、アイアオネの町の大通りへと出た。


「残念だったな。そろそろ出来上がっているかと思ったが、よほどのシロモノを作り上げるつもりでいるらしい」

「ご苦労をおかけしてしまい、心苦しい限りです」


「いや、彼も楽しんでやってるだろう。個人的な興味も含んでいるようだし……それに毎回セクハラされてるんだ、シャルーアはむしろ怒りこそしても、気にする必要はこれっぽっちもないだろう」

 マルサマは、顔を合わせればシャルーアに堂々とセクハラするのがもはや当たり前となっていた。今回も進捗を確かめに訪れた途端、彼女の胸に飛び込んで顔をグリグリと押し付け、満足するまで揉み回したくらいだ。



「むしろさりげなく手を伸ばそうとするザムより、はるかにオープンなじーさんだからな。…やれやれ、何でこう節操のない奴が多いんだ」

 別に大きな問題にならないのであればリュッグもとやかく言うつもりはない。が、周囲にそういう人間が多いと、類友ではないが自分もそういう類に分類されて見られるかもしれない。

 それは勘弁してもらいたいもんだと、彼はため息をく。


「ですが、どなたも大変紳士的でいらっしゃると思います。結局はベッドにお誘いもなさらないですし」

 シャルーアの貞操感からすると、軽くタッチされるのも思いっきり掴まれるのも大差ないのだろう。どれだけ限界ギリギリのセクハラをされようとも、本番に至らなければ彼女の中では皆変わらず同じというくくりなのかもしれない。



「……うん、一番オープンなのが連れにいた事を忘れていたよ。シャルーア、何度も言うが、軽々しくそういう―――――ん?」

 どっと疲れたような疲労感を感じながら、ちょっとお説教をしようと思ったリュッグ。しかし、大通りの向こうに何やら騒々しい人だかりを見つける。


「何かあったのか…シャルーア、離れるなよ」

「はいっ、かしこまりました」

 二人は近づき、人だかりに加わる。

 リュッグは前の人の頭の間から、シャルーアは人々の身体の隙間からそれぞれ騒ぎの原因を覗きみた。


「……土下座? 随分といかつい男だが…何かやらかしたのか」

 そこには店の主人に対して、驚くほど綺麗に土下座して何やら謝っている、大柄かつ筋骨隆々とした男がいた。





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