遊翼なる王

第21話 お仕事.その3 ― 切り裂く蟻地獄の巣 ―


 風が吹く。


 薄っすらと積もっていた砂が、その一陣によって全て拭いさられて後には硬い大地だけが残った。これでも砂漠と呼ばれる環境の一種だ。



「よし、シャルーア。短剣を貸してくれ」

「はい、こちらでしょうか?」

 まだまだ数をこなせていないとはいえ、シャルーアの役割は基本、荷物持ちと今のように言われた道具を出して渡すだけ。

 仕事経験が二桁にも満たずとも毎回のこと。早くも彼女は、素早くリュッグの求めに応じられるようになっていた。


「(地頭は良いんだろうな、要領もいい。むしろ僅かな期間で手慣れるのが早い…きわめて優秀だな)」

 自分のようなはすっ葉な人間とは根本が違うと、リュッグは短剣を受け取りながら少女の潜在的な才幹を感じる。


「よしシャルーア、よく見ておくんだ」

 ならばより多くのことを教える方が彼女の将来のためになる。


 そう判断したリュッグはこれまで避けてきた、仕事をしながら詳しく教え指導することを行う事にしようと決める。


 仕事である以上は、隙を作ってしくじったりしたくはない。だが今回のような余裕のある作業であれば大丈夫だろうと考え、手近にシャルーアを呼び寄せた。



「この辺りの砂漠は見ての通り、固い岩石地帯に軽く砂が被さってるところだ。しかし、………………」

 言葉を断つと、リュッグは手にした短剣を一度宙に軽く投げて回転させ、刃先が下を向いたところで掴み直し、僅かに地面を注視したかと思うと、そのまま地面に突き立てた。


 キンッ


「……ぁ」

 珍しくシャルーアが驚いたような声を微かにあげた。

 短剣は、地面の固さに対してとても歯が立ちそうにない安物のなまくら。ところが見事、地面に突き刺さっていた。それも刃の根本までスッポリと。


「刺さったな? 一見すると他と何も違わないように見える…が、ここには魔物が掘った小さな巣穴があるんだ。岩肌に見えてもそれは周囲に合わせた偽装が施してあるだけで、見ての通り刃が簡単に通るほど入り口はもろい」

「どうやって見分けるのでしょうか? リュッグ様は辺りをつつくこともなく、迷わずこの場所に突き刺されましたが」

 やはり頭のいい子だ。この歳の女の子であればまず驚き、そしてハシャいで賞賛するといった反応を示すだろうところを、キチンとリュッグのした事を観察し、最も肝心なポイントに着眼している。


 刺せる場所に刺したのだから、突き刺せて当たり前なので驚くことは一つもない。

 なぜ、擬態されているにも関わらず、突き刺せるポイントを一目で発見できたのか? それこそが重要であり即座にその質問が出たシャルーアは、本当に優秀な子だと言えた。


「ポイントは光だ。擬態した地面はまったく見分けはつかない。だが地面を照らす光が当たると、僅かながら当てた光の照り返しが不自然にズレる部分がある。それは巣穴の入り口をいかに塞ごうが、周囲とは微かに凹凸差が出来てしまうからだ」

 この辺りはやや色のある灰色の大地。その上に普段は黄色おうしょくの砂がまぶされているが、その岩肌が露わになれば地面に落ちた光をハッキリと照らし返す。

 リュッグは突き刺す前、陽光を刃で反射させて光の照り返しに違和感ある場所を見つけ、刺したのだ。


「ここはこれで良し。だがこの周囲にはまだ最低、3つは穴があるはずだ。それを探して同じようにやる……シャルーアも1つ探してみなさい。間違ったところを刺すと手がジンジン痺れる事になるから慎重にな」

 そう言ってリュッグは1本だけ短剣を手渡した。


「はい、かしこまりました」



 ・

 ・

 ・


 今回の依頼は通称 “ 岩起こし ” の異名を持つ、ムカサルカッドゥ挟み斬り魔蟲という魔物の巣を根絶すること。


 成虫になると、指数本が入るかどうかという縦に掘られた小さな巣穴からはとても想像できないほど大きくなる。地中に潜み、通りかかった得物を地面ごと切り裂いて捕食するという、アリジゴクのような生態を持つ魔物だ。



「(辺りに成虫がいないのは楽でいい…ケガした者には悪いが、シャルーアに教えるのにちょうど良い仕事だな)」

 すぐ近隣の村で被害が上がり、親である成虫こそ村人達が頑張って何とか倒しはしたものの魔物の巣までは見つけられず、今後も襲われるのかという不安からギルドに依頼が舞い込んだ。


 リュッグ達はその依頼を受けてきたわけだが、シャルーアを連れているので簡単な仕事は大歓迎。成虫も生きたままで討伐込みの依頼だったなら受けはしなかっただろう。



 カギンッ…ンッ。カランカラカラ…


「ハハハ、慌てなくていい。ゆっくり見定めるんだ。突き刺す前に少しつっついて確かめてみても構わないんだぞ」

「は、はい、分かりました」

 岩肌に弾かれて短剣を落とした手を抑えているシャルーア。


 ムカサルカッドゥの巣には卵しかない。卵を隠し収めておくだけの意味しかない巣は、成虫が入るほどの穴が必要ないので小さい。それが余計に素人には見つけにくい要因となっている。


 しかし見つけてしまえば簡単だ。卵は近くに金属があると孵化しない。それどころか徐々に腐敗していき、ものの半日ほどでダメになってしまう。


 金属アレルギーを持つ卵―――――学者がそう形容する珍しさはあれど、採取して持って帰っても薬学的にも生物学的にも価値はなく、当然金にもならなければ食用にもならない。


「巣穴の入り口を塞ぎ、なおかつ刃で卵を腐らせることで巣は駆逐できる。短剣はまさに丁度いい道具になるんだ、覚えて―――――どうした?」

 全ての巣穴に短剣を刺し終えた後、真面目にリュッグの口議こうぎを拝聴していたはずのシャルーアが、突然涙を一筋流す。その視線の先には己が短剣を刺したばかりの巣穴があった。


「いえ……少し、羨ましく…そして、ゴメンなさいと……思いました……」

 リュッグは、たとえ魔物といえど命を奪う事に罪悪感を感じているのかと、シャルーアの優しさからくる涙だと解釈した。


 しかし違う。


 シャルーアは、自分があの男・・・に捨てられたのは、ついぞ男の子供を宿す事ができなかったからだと信じている。

 ゆえに、この少女の精神の根底には一つの執着心があった――――子供を授かること。


 卵、そして新しい命……それを断つ行為が、そんな精神的トラウマに当たる部分に反応したのだ。

 子を成せる羨ましさと、ソレを断つ罪悪感。しかし相手は人に害する魔物。


 シャルーアの心は悩まされ、涙という形でもって体外へと流れだす。そんな少女の複雑で繊細な心を、リュッグには正確に汲み取る事が出来なかった。



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