第20話 危険の微香



 傭兵ザム。


 軽薄で、女性に対する度の過ぎたセクハラが日常茶飯事の男。今もシャルーアの隣に座って彼女の肩に手を回し、何食わぬ顔で堂々と服の隙間から彼女の胸をまさぐろうとしてはばからない。



 それでもリュッグが強くいさめないのは、ザムが本気でないことを知っているからだ。彼は女性から怒られ、平手打ちを喰らう事も良しとした上でセクハラをかましている。


 反撃されようがされまいが、セクハラする事そのものを楽しむタイプで、手癖は常々行き過ぎてはいるものの、相手の了承なしに本当に一線越えきってやらかすことはない。


 逆に言えばセクハラしてるうちは、まだ安心できるとも言えた。




「でだ、お偉いさんがギルド通して俺らに言いたい事は、要するに妖異ヨゥイ退治にもっと熱を上げろってぇことらしい。で、今回俺にもその “ お鉢 ” が回ってきてさぁ」

 ザムに回ってきたお鉢・・


 ――――それはアズドゥッハと呼ばれる魔物の目撃情報の真偽を確認し、処理する事。


 そう説明されたところでリュッグは驚きを露わに、机を叩きながら思わず立ち上がった。



「バカな、アズドゥッハだと!? ……確かなのか、ザム?」

「あくまで目撃情報の域、今んとこは。ただ報酬額がやたら高い。んでほぼ強制でこっちに押し付けてきやがったギルド担当者の様子からして、まず間違いなく国の偉いさんがバックから圧かけてきてる案件なんだろーが……ったく、やらされるこっちはたまんねぇっつーのになぁ」

 ザムがお調子者よろしくな態度で明後日の方向(王都の方角)を向いてブーたれていると、シャルーアがひょこと片手を挙げた。


「あの、アズドゥッハとはなんでしょうか?」

「あー、シャルーアちゃんは知らないかー。ハハッ、それじゃあお兄さんが今宵、ベッドの中でじっくり教えて――――」

「冗談で女性を誘ってるとそのうち痛い目みるぞ。…シャルーア、アズドゥッハというのは尾のかなり長い蛇のような生物でな、4本足を持ち、頭は蛇というよりはドラゴンの亜種ような妖異ヨゥイだ」

 胴の造りだけを見れば確かに蛇らしいが、足を持つせいで全体的な容貌はトカゲっぽい。しかしその体躯は大型で、立ち上がれば巨大熊に匹敵する。


 普段は這いつくばっての四足歩行で、その形態では人よりも頭高は低い位置にあるものの、直立して長時間行動は余裕で、器用な手先で人と同じ事は全て出来る上、会話は出来ないがヒトの言葉を理解する知能がある。


 過去にはたった1匹の個体が、1万人規模の街の住人を殺戮し、滅ぼした例もあるほど狂暴凶悪。



「…で、さすがにオレ一人じゃあ手に余るし、マジにアズドゥッハだったら危なすぎ。っつーわけでリュッグの旦那に手ぇ貸してもらいたいってわけさ、シャルーアちゃん♪」

 そう言うと大人しく話を聞いていた彼女に、隙ありとばかりにその手を滑りこませる。そして彼女の胸山の頂上にザムの手がかかった―――――が、シャルーアはキョトンとしたまま彼を見返すだけで、悲鳴も上げず、身をよじって逃げようともせず、淡々としたままだった。


「?? …ご所望でしたら、私は別に構いませんが……」

 平然。しかし僅かに戸惑いの色を見せる。それはザムの、自分に対する行動が本気なのか冗談なのかが、彼女には判断できなかったからだ。

 なので本気の可能性から、お相手致しますけどどうしますか? という含意をその声と視線に入れてザムに返す。


「へ? いや、あー…えーと? な、なあリュッグの旦那、えーとこの娘…マジ?」

「ザム。シャルーアに冗談は通じないと思ってくれ、求められたら誰にでも応じるから、冗談なら冗談と言明しないと勘違いするぞ」

 するとザムは、一転してシャルーアの身体から手を退いた。


 期待したのは悲鳴、あるいはカウンターパンチで殴られるようなリアクション。だが、この娘は冗談のアプローチを本気にしてしまう。しかも従属的で、相手が望むままに応じるような女の子であると、二人の様子からザムは察した。


「それでザム、協力要請の件だが…」


 ・


 ・


 ・




 酒場から出て、大きく手を振りながら遠ざかっていくザムを見送り、その姿が見えなくなった頃、シャルーアはリュッグに問いかけた。


「よろしかったのですかリュッグ様、ご協力の申し出をお断りになられても? お話と聞いていますと、なにか大変危険なお仕事のようですが…」

「まあアイツも一端の傭兵だ、問題ないだろう。それに、イザという時はアイツ一人の方が身が軽い。逃げ足と立ち回りには定評ある男だからな」

 逃げ足と聞くと、逃げてばかりのダメな男をイメージしやすいが、傭兵稼業においては非常に重要となる。

 何せ魔物とされる人類の脅威は、その大半が人の足よりも素早く動ける。


 逃げ足に優れているという事は、生きて逃れられる確率が高いということ。命が軽い傭兵達にとって、まさに刹那の命運を左右する立派な技術スキル



「(にしてもアズドゥッハとは。真贋のほどが分からぬにしろ物騒な……。ギルドに掲示される依頼も魔物討伐が増えている、嫌な感じだな……)」

 リュッグが協力を断ったのは、他ならぬシャルーアを連れてるからだ。素人も素人、いくつかの簡単な仕事をこなしただけで知識も経験もまるでない彼女を伴って、死の危険が待ち受けるかもしれない仕事をする気にはなれない。


 かといって、街に一人待たせておくのも気がかりだ。フラフラと街中を歩いている最中にそれこそそこらの男にかどわかされ、どこぞに連れ込まれても不思議じゃない。


「? いかがしましたか、リュッグ様?」

「ん、いや…何でもないよ。それよりこちらはこちらで、身の丈にあった次の仕事を探すとしよう」

「はい、かしこまりました」

 リュッグとて傭兵だ。死の危険が濃いからといって仕事をえり好みするほど甘ちゃんではない。いつでも野垂れ死にするかもしれない、あるいは残酷な死を迎えるかもしれないという覚悟は持っている。


 だがそれにシャルーアを巻き込むのは違う。少なくとも彼女が独り立ちしても大丈夫と思えるようになるまでは、安全で簡単な仕事を中心に活動しようと考えている。




 しかし、世界がそれを許してくれない状況へ移り変わろうとしているのを、多大な不安と共に感じていた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る