第19話 南方の “ 御守り ”



「早々に帰って王に伝えなさい。ダメな北と違って南は優秀……だから何も問題はなかった、ってねッ」


「で、ではこちらの “ 御守り ” はご無事ということで…」

「そうよ。アタシの話を聞いてなかったの? なってないわね、まったく」

 ドレスの裾を翻しながら仰々しく豪華な椅子に腰かける。組んだ脚を一度組み替え、座り姿勢が落ち着くと哀れな者を見るように膝をついている兵士を見下した。

 周りに美男子を侍らせ、生足をはじめとして惜しげもなく肌を晒すセクシーな衣装を纏うはこの宮殿の主。


 一兵卒とはいえ仮にも王の使者に対し、不遜ふそんとも言える態度が許されるのは、彼女がこの国のかなめを担っているからだ。


「と・に・か・く! 不出来な “北” と一緒にしないでって伝えなさい、わかった!?」

「は、はい、了解しました、ムシュサファ様」

 ムシュサファと呼ばれた彼女は、シッシッと早く失せるようにジェスチャーを取り、兵士はうのていで宮殿を後にした。



「まったく…来客だというからどんな面白い話かと思って会ってみれば、つまらない時間だったわね。サッパリしたいからすぐに水浴びの準備なさい」

「「「ハッ!! サファ様の意のままに!」」」



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――――――ムシュサファ。正式にはミャシーム=シャフラハ。


 本名は何か言いずらいからと、彼女自らムシュサファと名乗っている。



「ふー、いい心地。…丁寧に洗いなさい。傷つける事は許されない、わかってるでしょ?」

「ハッ! もちろんでございます!」

 ファルマズィ=ヴァ=ハール王国の南端にほど近い街に立派な宮殿を構える彼女は、王国における “ 御守り ” の片翼を担っている。


 だが、幼い頃よりそういう血統や家柄である事、“ 御守り ” を担う者として特別な国家要人である事などを、両親より熱心に教育されてきた事が災いし、気位きぐらい高く、他者を見下す小生意気な性格に育ってしまった。


 親が亡き後、正式に家を継いでからは、その莫大な遺産と権力で自分の身の回りの世話を担わせるべく20代~30代のたくましい、あるいはイケメンな男達をはべらせるなど、好き放題に贅沢な暮らしを謳歌していた。


「んっ…そこは大事なところなんだから、もっと丁寧に」

「ハッ、申し訳ありません!」

 見事な彫刻の一部より大量の水が流れ出る広い大理石の風呂。全裸で堂々と立ち尽くし、身体を洗わせるにあたり、贅沢にも各所に1人づつを担わせる。


 そんな男達も当然全裸だ。


 しかし彼らの裸体を視界に入れようとも何ら動じず、また己の裸体を晒し、触れさせようとも彼女は平然としていた。



「いい? 貴方達は選ばれた男なの。この特別なアタシに仕えられる事をありがたく、そして光栄に思うのよ」

「「「ハッ!! ありがたき幸せです!!」」」

 実際、男達にとって彼女に仕える事は幸福だ。


 世間では重労働や兵役など、男の仕事といえばキツくて薄給なモノが少なくない。加えて彼らはいい家の出でもなんでもなく、彼女に気に入られて召し抱えられた者ばかり。


 彼らの仕事は多少の無茶も言われるものの、少女の・・・お世話である。こうした眼福モノの役得サービス付きな宮殿という職場は、太陽光の下で汗水垂らす肉体労働と比べれば遥か楽園。


 社会の現実を知っているからこそ、彼らは年下の少女たるムシュサファにも忠誠を尽くす。そこに不満など何もなかった。




 ――――この辺りでは珍しい白肌。


 しかしところどころに何やら褐色の紋様が走っているそのカラダは極めて華奢きゃしゃ

 胸はどうにか膨らみが分かる程度の、本人的にも気になるB止まり。


 反面、下半身は華奢なりにも女性らしいラインが形成されている。しかしその身長は140cmに満たない小柄さだ。少女と言われても仕方がない。


 髪は灰色のツインテールだが、一部に黄色味の毛が混じってキラリと煌めいている。

 青い瞳を内包する目は愛嬌と野生の狩人の鋭さが垣間見え、猫の魅力を思わせる。可愛らしいが、いかにもワガママそうな少女だ。



 エウロパ圏の人種との混血であろうか? それとも先祖にその血が混ざっていたのが彼女の容姿に反映されたのか?


 当然、男達はそんな疑問を持ったとしてもたずねるなどしない。余計な事を言う必要はない。

 言われた事、命じられた事にのみ全力で応え続けていれば、幸せな働き口が約束され続けるのだから。


「それにしても “ 北 ” は不甲斐ないわね。一体何やってんのかしら?」







―――――――石切りの峡谷街、ワル・ジューアの酒場。



「…? ……くちゅんっ! …???」


「おう、どうしたお嬢ちゃん。風邪かい? 何なら今晩、お兄さんがそのカラダを温めてあげちゃうぜぇ~? なーんてなっ」

「はぁ~、セクハラはほどほどにしとけよザム。冗談はさておき…本当に大丈夫か、シャルーア? だるいとか寒気を感じるとか、体調に違和感あるなら隠さずちゃんと言うんだぞ?」

「あ、はい…大丈夫ですリュッグ様。急にくしゃみが出ただけで特に問題は…ザム様もご心配いただいて、ありがとうございます」


 ザムはリュッグと同じく傭兵をしている男。リュッグ達がこのワル・ジューアの街に着いた時、声をかけてきてそのまま酒場で共に一息ついていた。



「それで? 次の仕事の協力を頼みたいっていうのは?」

「ああ、それなんだがよーぉ? 国のお偉いさんが魔物討伐についてギルドから別途、金を出すって言ってるらしいんだがな、内容がちぃっとばかし…な」


 シャルーアに対するセクハラの手を止めないままに、真面目な顔で語り出す姿が少し滑稽だが、リュッグは笑いを堪えて真面目に彼の話に耳を傾けた。



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