第10話 いつの間にか尻が焦げていた



 ガッシャガッシャガッシャ…


 砂ばかりの砂漠の道を、景観にそぐわない鎧の一団が行軍していた。


「隊長、北のその…えーと、なんていいましたっけ?」

「スルナ・フィ・アイア、か?」

「そう、それだ。そのなんたらって町まで、まだかかるんすか?」

 もうヘトヘトですよ、と疲労感を露わにする部下に、隊長と呼ばれた男はやれやれと呆れる。


「そんなザマで兵士が務まるか、シャンとしろシャンと! …心配いらん、この砂丘の谷を抜ければ、遠くに見えてくるはずだ」

 道の左右に砂が適度に堆積して形成された丘がいくつも並ぶ。谷と言うほどでもないが、見通しの悪さは歓迎されたものではない。彼らは死角からの強襲に備えてずっと気を張っていた。

 加えてこの暑さと、ここまでの行軍による疲労…。特に経験の浅い兵士ほど動きはより顕著に乱れている。


「…ふー、まったく。お前達、もう少しだから気合い入れろ!!」

 兵士達はヨレヨレになりながらも隊長の檄に応えるよう片腕を上げる。

 そんな彼らの様子を見ながら、隊長はあらためて今回の任務の奇妙さを考えていた。


「(一体何なのだ? 任の内容も内容だが……)」

 うけたまわった任務は本来、伝令の1人も飛ばせば済む特定の人物を訪ねて話を聞く簡単なもの。

 にもかかわらずこのように完全武装の兵士のみで編成された一個小隊を持って臨まされた。


「(近頃、魔物の被害が増えているとは聞くが…それにしては半端な戦力だ。伝令1人に任せるのは危険と判断してか? お偉い方の考えはよくわからん)」



 何となく、着用している自身の鎧の表面を撫でる。

 はるか北方の欧域エウロパ文化圏よりもたらされたプレートメイル。防護力や耐久力こそ確かに高いが、伝わった当時はこの辺りの暑さに対処できず、多くの兵士達に倦厭されたシロモノだった。


 しかし職人たちが改良を重ねた結果、通気性を上げる工夫が随所に施され、内側の要所に “ 冷石 ” を入れるポケットが設けられた事で、当時のプレートメイルからは外観も変化し、この地域に適応した完成度でもって、今日では兵士の一般的な鎧として普及している。


 表面は、砂漠や荒野の多いこの地に即した見た目になるよう砂漠ディザート塗装が成され、艶消しも施されているので咄嗟に砂に隠れる事も可能だ。


 そんな機能面が大幅に強化された鎧でも重さは当然ある。やはりこの長い距離を移動するとなれば疲労の一因となる。


「結局、武具の出番はなし…お荷物になっただけか。お前達見えて来たぞ、あそこが目的の町スルナ・フィ・アイアだ」

 運が良かったのか、彼らは王都よりここまでの道程の最中、何等かの脅威に遭遇する事はなかった。

 完全武装は、死重量としてただ兵士達をいたずらに疲労させただけであった。



 ・


 ・


 ・



「……死んだ?」

「はい、痛ましいことですが、今より1年ほど前のことでしたか…氏は奥様ともども事故にお遭いになられ……」

 町に到着した後、隊長は部下の兵士達に休息を取らせ、一人で町の管理組合やくしょへと足を運んでいた。


 今回訪ねる相手はそれなりに地位ある人物。


 いかに王命とはいえ、ただの一兵卒が不躾ぶしつけに家を訪ねる事は出来ない。なので管理組合を通してアポイントメントを取るつもりだった。

 ところが訪ねるつもりの相手が死亡しているというから非常に困ってしまう。


「むう……それはしかし…あ、いや、では遺族は? 誰かおられないのか」

「娘さんがお一人おりましたが…今は家も他人の手に渡っておりまして。娘さんはいずこかへと “ 引っ越された ” と、家を買われた・・・・方がおっしゃられておりますので、もうこの町にはおられないのではないかと」

 隊長はガックリと肩を落とした。苦労してやってきてみれば、相手はこの世にいないときている。


 主命果たせず、どうすればいいのか強い喪失感を覚えるが、いくら考えたところでやる事は一つ。ありのままを帰り伝えるしかないと思い至り、顔を上げた。


「ふー…、そういう事であれば仕方ない。お手数おかけした」








 再度、長い旅路の果てに王都へと帰り着いた小隊。

 行きと違って数度魔物の群れと遭遇し、戦闘の末に蹴散らした事も含め、報告せんと宮殿にやってきた。かと思えば―――――


「(なぜ、謁見の間に通されるんだ…?)」

 任務はただのお使い。なのにコレは一体どうした事か? 命令を受けた時は、王命とは言っていたが、実際には上位の文官による王印が押された令状を渡される形の簡単なものだった。


 だが帰り着いた途端、報告は王に直接と謁見の間へ通され、小隊長はもちろん、兵士達も緊張しながら膝をついている。


 委細を正確に報告し終えた小隊長は、ようやく緊張から解放されるものと思って一呼吸つきながら頭を垂れる。ところが…


「! …し、死んでいた、と?! それは確かか?」

 威厳ある初老の王は大変に慌てふためいていた。そして青ざめたのは王だけではない。


「まさかそんな……」

「あのアッシアド殿が亡くなられていた? な、なぜにっ」

「いや、今はそれよりも! それが事実ならば守りは… “ 御守り ” は今どうなっておるのだ??!」

 居並ぶ大臣たちがザワつき、謁見の間は何やら大変な事が起こったといった喧騒に包まれる。


 事情を知らない小隊の面々は、そんな彼らを見回して不安を募らせながら、ただ膝をついて待機し続けるしかできなかった。





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