第21話 ローナvsワーウルフ

「〈身体強化〉、〈魔法威力向上〉、〈五感強化〉、〈並列思考〉、〈超加速〉、〈自動回復〉、〈痛覚遅延〉、〈動体視力向上〉…」



[スタンピード]が始まりローナはまず初めに強化系の魔法を使用する


そして他の魔物には目もくれず一直線にワーウルフへと襲い掛かる


ワーウルフのところに着くころには既に剣を装備しており、上段から斬りかかるが難なく受け止められる


奇襲は失敗に終わったかのように思えたが、剣を宙に手放しその場でしゃがみ込むと、ローナの背後から時間差で3発の〈火球〉がワーウルフへ命中する


体勢が崩れると落ちてくる剣を掴み取り、胴体へ左右の肩へ袈裟斬りを決める


ワーウルフは衝撃で後ろへと吹き飛び、倒れた


これで決まった…と誰しもが思うが



(……手ごたえがない 斬った感触は手に残っている


でも倒せた核心がない


あれで倒せてないとなると…


軽くレベルは150を超えているってことになるわね)



案の定、ワーウルフは立ち上がった


胸元にはローナがつけた剣の痕がくっきりと残っているが、刃先は毛皮でとどまり肉までは届いていなかった


一発の〈火球〉が口枷に当たり金具が外れ地面に落ちる



グルルルルゥ…


「あの攻撃がほとんど聞いていないなんて、勇者の時とは違うかぁ


さすがは封印されていた魔物…そこらへんの下位の魔物とは違うってことね


どうしよう…勝てるか不安になってきちゃった


それでもあなたがどんなに強い魔物だろうと負けるわけにはいかない


だって師匠に怒られちゃうもん」


グルルルルゥ…


「〈制限解除・魔力全開放〉!!


ここからは出し惜しみなし 本気で勝たせてもらうから」


「グルルルルゥ…フッ 〈身体能力向上〉、〈魔力伝達向上〉、〈身体強化〉」


「…は?」



突然の出来事に固まっていると、ワーウルフは指先を動かしたように見えた


その瞬間、頭で理解するよりも先に体が動いて勘で避けた



一瞬左の額が熱くなると、左の額からゆっくりと真っ赤な液体が顎の先までが垂れてくる


髪留めが地面に落ちると髪が解けた



「良く避けた


知能の低い魔物だと思って油断しているかと思ったのだがな


思えば、最初からこの俺様をそこらの魔物とは違うと最初から気づいていたな


その洞察力、称賛に値する」



ワーウルフが魔法を使った


普通ならば有り得ないことである


魔法を使うだけでなく人の言葉まで話し始め、ローナは驚愕していたが、問題はその後のワーウルフの攻撃


全く見えなかった



「人の言葉を話せるとは思わなかったけどね」


「学習した 言葉は便利だからな


お陰でいろんなことを知り、魔法も覚えた


そして強くなることができた


そんな風に思い始めると、俺様に勝てる生物などいない


この俺様がこの世の生物の中で一番であると思い始め、完全に調子に乗っていた


その時、俺様は学習不足だった


世界を舐めていた


結果、この地で封印されたからな」


「何で討伐じゃなくて封印だったの?」


「さぁな だが今のこの光景を見れば見当がつくんじゃないのか?」


「……それは [スタンピード]が計画されていたと言っているの?」


「俺様にはわからん


お喋りはここまでだ


戦いを避けたいところだがそうはいかないらしいのでな」


「残念…魔物と話すのは初めてだったからもう少し楽しみたかった」


「余裕だな 先に言っておくが、俺様は強いぞ?


貴様以上にな」


「そんな事わかってるよ 今日ここで死ぬかもしれないことは話をしていて理解した」



人の言葉を話すワーウルフとの貴重な対話を終え、すぐさま戦闘態勢へと移り、周囲の状況など気にせずに両者は手加減なしの殺気を全力で相手にぶつけていた


その瞬間、夕暮れ時にも拘らず木々から多くの鳥が飛び立つ


今現在、冒険者が対応している魔物たちも委縮しており、それは冒険者たちも同じだった


ワーウルフとローナの殺気が周囲にも行きわたりその場から逃げ出す者や失神しかける者も少なからずいた


暫く殺気を放つだけで両者は沈黙していたが


一枚の木の葉が地に落ちた時、両者の姿が消え、音だけが周囲に響き渡る



「〈火炎槍〉」


「〈狼爪〉」


「〈聖光流星群〉」


「〈幻獣烈火砲〉」


「〈風千牙刃〉」


「〈氷狼息吹〉」



この二人の戦いを見て

ある冒険者は何も理解できず、ある冒険者は戦慄し、ある冒険者は見惚れ、S級冒険者ガイズはこの魔法の撃ち合いを見て



(ハハッすっげぇ 何て動きをしてるんだよ


勇者と戦った時とは大違いじゃねえか


これがローナ・エクシムの全力か


俺らとは次元が違う)



自信を無くしていた


そしてこっそりと参加してトロールを相手にしていた勇者は



(俺は魔王を倒す選ばれた勇者


本当に俺が勇者でいいのか?


本当に魔王を倒すことができるのか?


[スタンピード]の元凶であるボスでこの強さ


もし俺があのワーウルフを相手にして勝てるのか


俺はあいつローナと同じように動けるのか


勇者は俺よりもアイツの方が…


いやいや俺こそが勇者だ しかし……)



勇者もまたガイズと同じように自信を無くしていた


自分は強いと思っている奴ほどローナの戦っている姿を見て自分は本当に強いのかと考え始めていた


中にはローナを天才だからと片付ける者もいるだろう


だがローナも初めは弱かった


冒険者に登録を仕立ての癖に自分の実力を見誤り、失敗した


今、冒険者が相手にしているゴブリンにローナは一度負けていた


その後にエルに鍛えられて強くなったが、エルは特別なことは何もしていない


エルが鍛えなくてもローナは今の実力を遠くない未来に、会得している


そこでエルが行ったことはローナの成長を速めただけであり、ローナの成長の限界まで鍛えただけだった


だが、数日で成長の限界まで鍛えるのは当然大きなデメリットがある


それは、これ以上強くなることはできないということ


ワーウルフに善戦するのが限界であり、勇者が魔王を倒すために努力を続けて強くなればローナよりも強くなることはできるのだ


ローナは天才ではなかった


凡人が一時的に強くなっただけであり、今の実力がローナの限界だった


それがローナの悲しい覆ることのない現実



そしてローナが徐々に押され始め体に傷が増えていく


ワーウルフの鋭い爪が体に深い傷をつけ続け、致命傷は逃れているものの、ローナの大量の血が周囲にまき散らされていった


未だ無傷のワーウルフに対して、全身から血液が流れ落ちているローナの姿を見てしまっては、誰がどう見てもローナが劣勢へと追い込まれているのが分かった


やがてローナの動きが止まり、血を流しながらその場で立ち尽くす


急いでガイズが呼びかけて回復職の冒険者を向かわせようとするが、ワーウルフがそれを許さなかった



「神聖なる一騎打ちだ 邪魔はさせん


そうだろう勇気ある雌」


「…………」


「何だ?もう終わりか?


動かないということは俺様に勝てないと諦めて一思いに殺してくれと懇願しているのか?


賢明な判断だ


わかっただろう?貴様では俺様に勝つことは不可能だっていうことが」


「…………」


「所詮…貴様もただの人であったということだな


そう言えば話していなかったな 俺様がなぜ封印されていたのか



冥土の土産に話をしてやろう


俺が封印された理由は勇者を一歩手前まで殺しかけたからだ


あの時、俺様は魔王から勇者を始末しろと命令されたのだ


最初は勇者がここに来るまで待てばいいと思っていたが、少し勇者に興味が湧いた


魔王が恐れる勇者とはどれほど強いのだろうとワクワクしながら向かったが


だがそれも期待外れに終わったがな


勇者の奴は俺様の一撃で瀕死の状態になったのだ


凄く落ち込んだよ だからついでに国を滅ぼしてから帰ろうとした


そしたら背後から聖剣を刺されたんだ


油断した まさか瀕死の勇者があそこまで頑張るとは思わなかった


それで俺様はここで封印された


その時に比べれば今日は楽しめた」



話が終わり、ワーウルフはゆっくりとローナへと歩み寄っていった


それを止めようと勇者とガイズが駆け寄るが、軽く振り払われてしまう


ワーウルフが近くまで来てもローナは動くことはなかった



「じゃあな好敵手 苦しむことがないように一撃で殺してやろう」



右手に魔力を溜め、鋭い爪をローナの首元を目掛けて振り下ろした


そこで終わったかのように思った




そんなことはわかってんだよそんなことはわかってんだよ!!!」

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