@kisaragiyu

プロローグ

 

 日差しがまぶしい。

 

 もう三月も終わり四月も半ばに入ったというのにもかかわらず、足元にはまばらに残る雪が春が来たことを告げている。

 暦の上では既に春も半ば、なのになぜこんなにも寒いのかと溶けかけの雪をにらみつけると、朝のお出かけを終えた我が家の飼い猫であるおでんがすり寄ってきた。

 相変わらず目つきの悪い小僧だなとでも言いたげに太々しく鳴いて俺を一瞥すると、すでに俺からは興味をなくしたのか、はたまた元々興味などないのかのそのそと玄関の扉の前に行ってしまった。

 全く、誰に似たのかしらその目つき。

 そう思っておでんのほうに視線を動かすとガチャリと扉があいた。


「朝ごはんできてるから」

 

 猫一匹が通れる隙間分だけ開かれた扉から、欠伸交じりに告げるのは矢板やさかサナ。何を隠そうこの俺、矢板直継やさかなおつぐの妹である。

 今年、中学三年生になった自慢の妹である。整った顔立ちはとても俺の妹とはおもえないし、俺とは正反対の明るい性格も、やはり俺の妹とは思えない。

 いや、本当なんでこんなに俺と差があるの?まあでも、俺だってこの目つきの悪ささえ治せればどうにかなるだろ。などと希望を抱きながら制服のポケットに入れた携帯を取り出して反射する顔を見つめると、


「おにぃの目つきの悪さとそのコミュ障な性格は治らないよ」


 などとサナが呆れ交じりに俺に言う。そのまま聞き入れてしまうとうっかり自殺して、サナに迷惑が掛かってしまうから仕方なく反論しておこう。べ、別に煽り耐性が低いわけじゃないんだからね!


「いいか、まず俺のこの目つきは一重だから悪く見えるだけなんだよ。加えて一重っていうのはクールで大人びた印象を与えがちなんだよ。だから必然的に俺は陰キャではなくクールで大人びているということになる、QED」


「別に陰キャとは言ってないんだよなぁ、気にしてるのバレバレだよ?」


 しまった墓穴を掘った。しかし、俺ほどの陰キャともなると友達にあおられて耐えられるかの心配どころか、友達ができるか心配になるレベル。

 しかし、本当にこのことを考えると頭が痛いどころか目頭も熱いし、なんなら江頭は無茶苦茶寒い。


「寒いんだから早くしてよね」


「おう、今行く」


 暖かい家の中から身を乗り出すように話していたサナは、寒さに耐え切れなくなったのように家の中に入ってしまった。

 一人と一匹に先を行かれた俺は高校の入学式の日からも置いて行かれている。

 というのも、入学式当日にインフルエンザにかかり一週間後完治して、二度目の初登校の時に俺のこいでいた自転車と黒塗りの高級車衝突してしまうという不運っぷり。これには思わず驚きのあまり自分をサッカー部所属と勘違いして免許証を探してしまった始末。幸い大事には至らなっかったものの、足の骨折により全治二週間の名誉の負傷。

 これにより、俺はただでさえ友達を作るのが苦手なのにもかかわらず、計三週間の遅れを今日取り戻さなくてはならないのである。

 別に友達がたくさんほしいわけではない、数人でいい、自信をもって友達と呼べるものを作れればそれでいいのだ。

 携帯の電源をつけロック画面を見ると、すでに時刻は七時を回っており、急いで朝食をとらないと間に合わない時間になりつつある。

 まだ少し肌寒い春の朝の空気に別れを告げて家の扉を開けると、玄関ででかけのサナとぶつかりそうになるのを寸前のところで躱す。


「危ない、キモい、遅い、初登校から遅刻したら、ボッチ確定だよ」


「キモいは完全に悪口だろ。あと――」


「まぁ何でもいいけどさ、もう入院とかやめてよね」


 初じゃなくてもう三回目だから、と、そう言いかけたところでサナが少し寂しげにいう。


「おにぃの入院費がなければほしい時計が一つ減ったのに」


「いやそれ親父の金だろ」


「いいんだよ、お父さん喜んでるんだし」


 年頃の娘と、いつになっても娘がかわいい父親なんてこんなものなのだろうか、だとしたら絶対父親になんかならない。俺が心に独身貴族への第一歩を踏み出していると、サナは時計が横目でちらりと見た。


「じゃあ、私もう朝練だから」


「はいよ」


「お弁当、忘れないようにね」


「はいよ」


「いってきます」


「はいよ」


 しかし、はいよしか言ってないな俺。そろそろ這いよってSAN値がピンチになりそう。

 閉まった玄関を背にして、台所に行くといつも通りお弁当の具のあまりものの朝食が置かれている。急いで口に流し込んで、隣に置いてある弁当をカバンに入れようと持ち上げると下に、


 友達作り頑張ってね。


 と、丁寧な字で書かれた正方形の紙を見つけると、誰に似たのかそのひねくれ具合がおかしくて微笑がこぼれる。


 暖房のきいた家の中から窓の外を眺めると、さっきよりも上がった太陽が、道の雪をほとんどとかしていて、まるで道を示されている気がした。







 

 





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