第31話  灯しやと言う、優しさの意味。

「ほら、電車ないだろ。」

 

「あ、ここ…。私来たことある。あれ、でも、あの時、美香先生の部屋に入ってから覚えてないけど、うっすらこの建物に入ったのを覚えてるわ。ここどうやってきたのかしら。」

 

「やっぱり、ここだったんだね。窓から車が見えたから、建物の裏になるのかな。入口はここだけみたいだけど。たぶん、眠らされて、車で連れてこられたんだよ。」

 

「なんか、怖い…。」

 

「大丈夫、美香は、眠らされているから何も出来ないよ。さ、入ろう。」

 

 博美は、ネックレスに通した直哉の指輪を握りしめた。

 

 二人が入ると、慌ただしい空気が流れていた。

 

「どうしたんだろう…。」

 

 美香と久住が眠っている部屋のドアを開けた。

 

 乱鳴しているモニターアラームと警告ランプの中で、赤野と、浜本の緊迫した表情が、ただ事でないことを感じさせた。

 

「あ、高野さん、安藤さん。」

 

「加藤さん、何かあったんですか?」

 

「久住宗一郎が、もう、ダメみたいで。」

 

「えっ、プログラムは始めれないんじゃ。」

 

「それは、スタートしたみたいなんだが。ここは、赤野さんたちに任せておいて、隣の作業部屋に奈美さんいるから、そっちに慎さんといるんだ。来客のサインがあったので、高野さんたちを迎えに出てきたんですけど。自分たちには、何も出来ないからね。」

 

「そうなんだ。」

 

 緊迫した空気を肌で感じながら、高野たちは声も発せずに、奈美のいる作業部屋へ向かった。

 

「なんか息が出来ないくらいな感じだったね。」

 

 作業部屋に入った博美は、溜まった息を大きく吐き出した。

 

「奈美さん…。」

 

 色々な医療機器が並らんだガラス越しに、奈美が眠っていた。

 

「ここに奈美さんたちが見ている夢を映像化したものが映っているんだ。奈美さんも、美香先生も身体的には安定している。久住先生をセッティングしてからは、映像も音声もクリアだよ。」

 

 浜本慎が説明した。

 

「マスターって、このモニターとかの機械扱えるの?」

 

「大丈夫ですよ。安藤さんですね。私の事、疑ってますね。私は誰の敵でもありませんよ。美香先生に対してもね。機器の基本的は操作はできます。身体の急変時の対応は、長年そういった臨床現場とは離れているので、ちょっと厳しいですがね。」

 

 怪訝そうな表情で慎を見ている博美を察して、高野は話を変えた。

 

「作業部屋って言うから、もっと、古めかしいものかと。」

 

「そうですね、高野さんなら理解してもらえるかもしれませんが、モニター・コントロール・ルームなんて、長ったらしいでしょ。古い人間なのでね。」

 

「でも、このモニターといか、ディスプレイなんて、最新でしょ。夢の中を映すなんて、他に聞いた事がないわ。」

 

「さすが、看護師を目指してるだけあるね。すみません。灯しや診療所にあなたが来た時に、患者の基本情報を受けてたもので。もちろん、他言はしてませんよ。」

 

「当たり前じゃない。」

 

 博美は慎を睨みつけた。

 

「また、やらかしてしまったな。一言多いってよく言われるんですよ。すみません。で、このマシンたちは日本のものではないけど、ほとんど、美香先生がか考えたものなのでね。凄いですよ。あの人は。」

 

「凄いかもしれないけど、やってる事は鬼よ。」

 

「そうかもね、最初はね、美香も優しい面もあったんだ。それがね、途中から人が変わってしまって。灯しや診療所って名前ね、美香先生が名づけたんだよ。辛い思いや、人生を諦めかけてる人なんかに、灯りを見いだせられたらって。灯って、なんか温かい感じだろ。ただの光でなくて、他人の温もりと言うか、そんな感じの診療所だったらってね。」

 

 隣から赤野が入ってきた。

 

「慎さんありがとう。ちょっと持ち直したわ。でも、血圧が上がらないし、尿量も増えないわ。全身の機能はもう限界にきてる。いつどうなっておかしくないわね。」

 

「良かった。映像の方は、ようやく奈美さんが、起きだしたよ。久住先生は寝てるけど。」

 

「久住先生の脳はもう機能落ちてますね。でも、私、久住先生から、預かった設定があるんです。美香先生の記憶の体験の部分に取り込んでます。ここで、久住先生の命が絶えたとしても、その設定は生きてるので、そのまま作動することになります。」

 

「高野さん、あの先生ってそんな状態だったの?」

 

「そうなんだって。このプログラムが命を縮めてたらしい。今回は、久住が入らないと成り立たない。本人の覚悟の上なんだよ。なんかさ、どんなに憎くても、命が亡くなるのが分かってて、自分たちが、このプログラムを望んでいることがやり切れなくてね。」

 

「確かにそうだけど、でも、私たちの、このやり場のない気持ちをどこにぶつければいいのよ。」

 

「まぁ、久住にぶつけれない分、美香にぶつけるしか。美香が、この久住のしたことを知ってたんだ。同罪だよ。それで納得できるわけでもないが。ここは、奈美さんと赤野さんに託すしかないよ。」


「マスター、赤野さんも、お母さんが酷い目に合ってるって聞いたけど。」


「美香は、赤野さんの母親を覚えてたよ。そういう赤野さんの気持ちを利用したようだ。」


って、ずっと手伝ってたんでしょ。なんでよ、他人事みたいじゃない。」


「そう言われても仕方がないけど、美香が何を考えてるのか分からないんだよ。初めはほんとに精神療法として画期的だと思ったよ。でも最近は、記憶の操作なんて、禁忌だとい言われている研究に手を出してたなんて。奈美さんも、自分が小さい頃にされたことを確信している。そんな昔から…。久住白一郎先生の研究理念とは、大きく外れている。その人の記憶に嘘があってはならない。変えてはならない。真実の記憶から生き方を見出すことでないと、脳は誤作動を起こす。そして、いつかは、精神が破壊されてしまうんだ。だから、美香を止めなくてはならなかった。本当なら、奈美さんたちまで巻き込みたくはなかったが。危険だからな。」


「でも、これで、真実がハッキリするんじゃ。美香がここまでする意味が。優しいい美香が変貌した意味も。」


「加藤さんでしたね。刑事さんらしい視点ですね。犯罪の背景を知る事が、犯罪の予防にもつながるってことでしょうか。」


「でも、こんな犯罪は、立証は困難ですよ。なんせ、どこにも認められてない医療技術なんて、誰に証明してもらうんだってなります。私には自信ありませんね。」


「そんな、私たち、加藤さん頼ってるんですよ。」


「もちろん、出来る限り頑張りますよ。」


 慎が挙手した。


「みなさん、そろそろ、始まりそうですよ…。」

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