第24話 久住宗一郎
「博美さん、大変だったな。身体大丈夫か。」
玄関の熊の置物を、丁寧に撫ている博美に高野が声をかけた。
「ありがとう。もう大丈夫。でも、今の記憶が正しいのか不安だけど。だから、私変な事言うかもしれないわ。」
「その時は、ちゃんと言うから安心して。その熊、持って行ってもいいよ。」
「やだ、ここにこの子がいるからいいのよ。ねぇ、熊五郎ちゃん。」
「熊五郎?」
隣で、靴を脱ぎかけていた奈美の手が止まった。
「今、この子につけた名前よ。」
「面白い人だね。でも良かったね。元気そうで。」
先にきていた加藤紀之は、そう声を掛け、博美確かにちを笑顔で出迎えた。
弟の浩之も席に着き、早々に進捗状況を話し始めた。
「奈美さん、写真で送ってもらった胎毛筆は、富山県警の波山刑事に取りに行ってもらったよ。それで、奈美さんのDNAのデータ送ってあるから、もうすぐ、結果は出る。」
「ありがとう。」
「奈美さん、この話題になると元気なくなるね。」
「急には、変われないよ。なんか複雑。」
「そりゃそうだよね、ずっと水口奈美できて、急に牧野花香って名乗るのはね。」
高野も、奈美の気持ちを思いやった。
「花香って名前が、まだ、全然他人事なのよ。そんな話より、加藤さん、富山の話聞かせてよ。」
「分かった。この前見せてもらった、あの保育園の写真の持ち主に聞く事が出来たんだ。
里香さんとは同い年で、仲良くしてもらってたらしいから、よく覚えてたよ。それで、由美子さんと奈美ちゃんは、年少さんだったから、平成7年の夏に保育園には来なくなったそうだ。里香さん親子も同じ頃に行方が分らなくなっている。奈美ちゃんは、日頃虐待を受けていたかもしれないとも言ってたよ。右手の火傷もそうかもしれない。あと、美香さんのことも覚えていて、久住産婦人科の医師のところによく出入りしてたらしい。美香が医師になりたいという事で、勉強を教えてもらってたんじゃないかって。そのころの写真を誰か持ってないか探してもらってる。」
「久住先生の写真ならあるわよ。」
奈美はそう言って、自分のスマートフォンを操作し、座卓の中央に置いた。
「この写真ね、美香の旦那の浜本先生のお母さんの美智子さんが見せてくれたんだけど、美智子さんと久住先生は高校の同級生だったみたい。一番前で中央で座ってる人が久住先生で、隣の女性が、なんとミイばあちゃんだったのよ。そう、久住宗一郎、浜本美智子、牧野美佐子の3人は同級生だった。それでさ、高野さんのお父さんが保証人になった人、久住宗一郎って言ってたでしょ?親戚の人だっけ、その時の顔知ってる人。この写真ですり合わせ出来ない?この頃なら、風貌とか少しは近いんじゃないかな。」
「なるほどね。そうだな。これで、同姓同名でないことがハッキリするかもしれないな。」
「なんだ、その高野さんのお父さんの保証人って。」
高野は、そばぼうろの缶の中の書類を加藤兄弟に見せた。
「こんなことがあったんだ。」
「浩之、博美さんも、博美さんの恋人だった人も、もしかしたら、久住の被害者かもしれないんだよ。」
「どういう事だ?」
博美は、恋人の直哉が持っていた指輪を、脱線事故時に、初老の男性に盗られたらしいことを話した。
「もう少ししたら、この前話した、その現場を目撃したかもしれない結城さんって人が来るよ。博美さん、直哉さんのお母さんと一緒に話を聞きたいって言ってたけど、今日だったら、結城さんの都合も良かったし、勝手に呼んだんでしまったけど。すまん。」
「いいの、いいの。ありがとう、高野さん。」
「もしその男性が久住だったら、やはり、あなた方3人には、この久住宗一郎が何か関わっていることになるな。それに浜本先生は夫婦で富山か。なんかありそうだな。あの夫婦も仮面だろ。なんで、夫婦でいるのかが不思議なんだよ。」
浩之は、手帳にメモしながらそう言った。
「監視役って言ってたけどね。なんかあるんだろうな。」
となりで、そのメモを覗いていた紀之も、仮面夫婦の2人を気にしていた。
「あと、事故で亡くなった花香ちゃんの父親と言われてた人は、本当の父親ではないらしい。それでも、2人は結婚をしようと決意したところに、事故で亡くなったということだ。」
「そうなの?てっきり、事故で亡くなった人が…。じゃ、もしかしたら、私の父親は生きてる…。あのカメラマンにも教えてあげなきゃ。亡くなった人、その人の友人だったのよ。」
インターホンが鳴った。
「どうぞ。入って。」
高野にそう促され、居間に通された結城奈津は、自分に集まった視線に、立ち止まった。
「ここ座って。」
奈美が立ち上がり、隣の部屋から持ってきた座布団を敷いて、手招きした。
「初めまして。結城と申します。」
それぞれ、自己紹介をした後、高野が補足した。
「結城さんには、脱線事故と博美さんの事以外は、話してませんが、信用できる方なので、話進めていいです。」
「なんか…すごいですね。私いてもいいんですか?」
「もちろん。結城さんが、あの時に見た初老の男性が、私たちが関わっている方かもしてないので、聞いててもらいたいんです。その前に、博美さんの恋人かもしれない人の様子聞かせてもらっていいですか?」
「あ、はい、分かりました。」
結城奈津は、姿勢を正し、緊張した面持ちで、その悲惨な記憶を語り始めた。
「あの時、私は、駅近くの商店街で買い物をしてました。そこからバスに乗って自宅へ帰るんですが、いつもバスの時間までスーパーで買い物していくんです。そのスーパーへ入ろうとした時に、物凄い音と地響きって言うんですかね。その時は、飛行機でも落ちたのかと思いました。みんなが何か叫びながら、駅の方に向かって行ったので、私も、その流れに乗って、何があったのかを見に行きました。でも駅は人がごった返してはいましたが、音の原因となるような大きな事故は起きてなくて。そのうち電車が脱線したと、誰か叫んでました。線路沿いを走って行く方たちと一緒に、私も走って行きました。もう、すぐわかりました。電車の先頭が、脱線して、下のアンダーパスに、だらんと垂れ下がってたんです。そのアンダーパスにも何人か放り出されていました。そこには、もう何人かが介抱にあたってて、そのアンダーパスから上がって通りに出たところの信号機にの下にも、一人倒れていてたんです。その人にも誰かが介抱してました。私が見たという、その初老の人です。倒れてた人が、手に何か持って、必死に、その人に渡しているのが見えたんです。それを受け取って、そのまま行ってしまったので、何で?て思って、私が駆け寄ったんですけど、身体の下は血だまりで、私が行った時には話ことも出来なくなってて、頑張ってとしか声かけられなかったです。何か私に訴えようとしてましたが、何を言いたかったのかは分かりませんでした。周りもサイレンとか、叫びとか、すごかったののもあって。それで、ずっと声かけてたんですけど、だんだん、顔色が無くなっていって…。」
結城は、声を詰まらせ、握っていたハンカチで目頭を押さえた。
「ごめんなさい。それで、しばらくして救急隊員が、ポケットの中に身分を証明するものを探してたんです。でも財布とか見つからなくて、何かの領収書かなんかで、確認したしたみたいです。そして黒い札を貼って行きました。もう手の施しようがないと言う意味だそうです。ごめんなさい。私も冷静ではなくて、この時、救急隊が名前せ呼びかけてたんですけど、覚えてないんです。私は、この方の最期を看取ろうと思いました。しばらくして息が…息が止まりました。それから私は、しばらく傍にいたんです。血が付いてたんで、顔とか首を、私のハンカチで拭いたんです。そしたら、首に親指大ほどのひし形の痣が2つ並ぶようにありました。汚れだと思って、何回か拭いてみたんです。でも落ちなくて痣だと分かりました。ハンカチが真っ赤になるくらいに、あちこち拭きました。どれくらい経った頃かは分かりませんが、今度はストレッチャーを運んできた方たちが来て、どこかへ運ばれて行ってしまいました。何か、事務的というか、虚しさを感じましたね。…こんなものでしょうか。私が見た事は。」
博美は、奈美が差しだしたごみ箱に、ぐちゃぐちゃになったテッシュを捨てながら、呼吸を整え、結城に向かって、深々と頭を下げた。
「結城さん、ありがとうございます。直哉で間違いないです。首の右側に、痣が大小2つありました。ちょうど北海道の形をしてて、よくからかってたんです。でも、最期は一人じゃなくて良かった。直哉も感謝してると思います。」
しんみりした空気に、奈美が入った。
「結城さん、あなたの優しさに、直哉さんも救われたんじゃないですかね。そんな優しい人もいるのに、そのじいさん、ひどいね。どんな方でした?」
「そうですね。遠目で見たので、はっきりとは分かりませんが、白髪に髭もあったと思います。小太りで、変な話、身なりがあまりよくないというか、ホームレスっぽくも見えました。」
「博美さん、あの入院している患者と似ていますか?」
「そうね、小太りと白髪は合ってます。髭は無いですけど。ただ、入院時の様子をカルテで見てたんですけど、行き倒れて、身なりは確かに、汚れがひどく、身体も傷が多かったと記録されてました。髭も剃ったってケア内容が書いてありましたね。あと右足の拘縮があるとも。まだ、寝たきりだったわけではないのに変だなと思いました。」
「あぁ、足ですか。歩けてはいたようですが、どっちかの足を引きずってたかもしれません。ただ、周囲が、いろんなものが落ちていて。スムーズには歩けない現状でもありましたから、何とも言えませんが。」
「結城さんに直接確認してもらう事が一番いいんですけど。」
加藤の問いかけにに博美が答えた。
「いえ、加藤さん、寝ている時と、立ってる時って、違うように見えるものですよ。わかるかどうか。」
奈美が何か気が付いたのか、手を挙げた。
「はい、そんな状態だったら、何かやらかしてませんか?お金に困ってたら食べ物の万引きとか。」
「なるほど。そうだな、調べてみるよ。」
「あ、そうだ、ここに来る前にアパートに寄ったんだけど、これ、届いてた。」
奈美はバックの中から、封筒を出した。
「これって…。」
「そう、灯しや診療所の招待状よ。」
「危険だよ。」
「そうよ、何されるか分からないわ。」
「みんな、何言ってるの。私行くわよ。あの神代医師に正体と美香の悪事を暴いてやるのよ。私にしか出来ないの。」
「もう、警察に任せな。」
「高野さん、あの女が本当の事言うわけないでしょ。それに、警察官だろうが、誰だろうが、思考もコントロールされるわよ。何故か私は完全に操作されない事が分かってるの。だから大丈夫なのよ。」
「何よ、その自信は。どうせまた根拠なんて無いんでしょ。」
博美も、眉間にしわを寄せ、奈美をつついた。
「無いわよ。それが分かったら、こんなに悩まないわよ。」
携帯が鳴った。
「すまん、俺だ。」
浩之が、立ち上がり電話にでた。
富山県警の波山からだった。
「美智子さんが捜してくれた男性に、聞き取りできたんだ。その人の母親が、久住産婦人科の事務職員だったころ、当時の写真持ってたんだ。なんと、里香さんも一緒に写っている。1989年、平成元年に久住が45歳、里香18歳だ。里香さんが、久住産婦人科でアルバイトをしてたらしい。その男性は、産婦人科の近所に住んでたから、里香さんもよく見かけてたらしくて、久住先生と楽しそうに話をしていたのも見ていて、里香さん可愛かったから、羨ましかったって。母親と買い物に出かけた時に会ったりして、先生も優しく声かけてもらった記憶があったって。あと、最近といっても、5年ほど前らしいが、墓参りで見かけたそうだ。最初は分からなかったが、久住家の墓の前で、一緒に来てた人が宗一郎って呼んでから、びっくりして、声を掛けたそうだ。あまりの変わりように驚いたらしい。仙人みたいだったって。足を引きずってたんで、なんでか聞いたら、電車の事故でケガしたって言ってた。そう言って伏し目がちに、すぐどっか行ってしまったらしいよ。さすがに写真は撮ってないが、似顔絵が描けるっていってたから、描いてもらったよ。里香さんとの写真と一緒に送るから確認して欲しい。」
加藤は、そのままの内容をみんなに伝え、写真を確認した。
「結城さんどうですか?」
「こんな感じです。よく似てます。足引きずってたって、あの方もしかして、ご本人も事故にあったんじゃ。」
「おそらく、久住宗一郎と、考えてもよさそうですね。あとは、患者が久住なのかですね。」
「加藤さん、そういう事なのよ。やっぱり、私が確かめに行くわ。」
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