第15話 高野家にて。
華から、美香について連絡があった。
美香の事を知っている、中学の同級生から話を聞いたとの事だった。それによると、美香は中学生の時、クラスの中でも学力は抜きん出ていて、学力試験には来ていたが独学の方が捗るからと、ほとんど登校はしていなかったという。授業を受けていないにもかかわらず、試験は学年でほぼ首位。高校は通信で、卒業後は東京の大学へ行ったってことまでは風の噂で聞いたが、それからの事は、誰に聞いてもわからなかった、とのことであった。
「ありがとう、華さん。あの、久住産婦人科って知っていますか?」
「あぁ、わかりますよ。隣の町で、昔やってたのを覚えてるけど。」
「私の母子手帳に、私が久住病院で生まれたってことになってて。母の名前はその時は旧姓だから、佐々木由美子って言うんだけど。その地域で、母と子供の事を知ってる人がいたら良いんだけど、華さんのお母さんって何か分かるかなって。」
「そっか。それなら…ね、由美子さんって、いくつの時に産んでるの?」
「えっと、いま50歳だから、22歳かな。」
「わかった。母にも聞くけど、同じ年頃の人にも聞いてみるよ。佐々木由美子って言う人を知ってるかどうか。もしいれば、その人に子供がいたら、保育園が一緒だったと思うし。その頃の奈美さんの写真を探せれば、この前見せた写真と、どっちが奈美さんに似てるとか、参考になるかなって思うの?」
確かに、華に見せてもらった花香の写真を見ても、奈美は自分が花香だっていう確信は持てなかった。もし、その保育園の写真が明らかに違う感じだったら、奈美という女の子は自分で無い可能性も出てくる。
「ありがと、華さん。すごくいい考えね。助かるわ。」
「だって、一緒に遊んだような気がするもの。この謎は解かないと。私もすっきりしなくて。」
「華さん、頼もしいわ。あら、ごめん。結衣ちゃんの泣き声が聞こえるわね。じゃ、また、返事待ってます。ほんとにありがとうね。」
奈美は、電話を切ったあと、高野家へ向かった。
写真か。確かにカメラが無くても、他の人が写真撮ってたりすると思うけど。小学校の高学年くらいから、これ見よがしにアルバムに貼ってあったな。わざわざ、見せてくれて、そのわざわざ感を感じて、あんまり喜べなかった…。
保育園から小学校の中学年までくらいの写真が一枚も無い。小学校でも集合写を真撮ってるはずだけど。どこかにあるんだろうか…。
奈美は電車の中で、そんなことを思いながら揺られていた。
「奈美さん。」
嬉しそうに、博美が、隣に座ってきた。
「やっぱり、奈美さんだった。」
「博美さん、元気ね。それに電車大丈夫なの?」
「そうなの、不思議なくらい、何ともない。何だったんだろうね。思い出して悲しくなることもあるのよ。でも、汗もドキドキも無いの。」
「やっぱり、あの神代って医者の処方箋が良かったのかしらね。」
「まぁ、どんなカラクリかはわからないけど。結果、効能があったという事ね。」
駅では、高野が迎えに来ていた。
「お二人揃って、いらっしゃいませ。車で、10分ほどですので、どうぞ。」
2人を乗せた車は、緑の多い住宅街を抜けると古い一軒家の前に止まった。
「ここなんだ。いい感じ。庭もあるんだ。」
「全然手入れしてないから、草だらけだよ。定年になったら、少しずつ手入れしようと思ってるけど。」
「熊だ。これ、鮭だよね、くわえてるの。これ、見たことある。北海道だっけ?」
玄関に入った博美は、下足箱の上の熊の置物を撫でながら、高野にそう聞いた。
「そう、自分の高校の時の修学旅行のお土産だよ。」
「へえ、すごい、可愛い。」
「はは、これが可愛い?若い人には新鮮に映るんだな。」
「こんな古い家も良いと思うな。純和風の家なんて、今、少ないでしょ。こういう家に住みたいな。」
「博美さん、うちは、まだ小さい方だから、いいけど、広い家は維持していくのは大変だと思うよ。台所以外は畳だしね。襖とか、障子とか、メンテナンスは洋風の家よりは、お金がかかると思うよ。」
高野は、居間とガラス戸を隔てて繋がっている台所で、居間の二人と会話しながら珈琲を淹れていた。
「そうかぁ、私には無理かな。ま、いつかはってことで。」
「私は、こんなゆったりした家には住んだことないから、ちょっと落ち着かないかも。」
「水口さんは、そんな感じするね。」
「どんな感じなのよ。」
「ごめん、ごめん。」
高野は、手作り風の陶器に淹れた珈琲を、座卓の上に置いた。
「味のあるカップね。」
「母親が趣味で作ったものだよ。ごつごつしてるだろ。本人は失敗だとか言ってたけど、自分は、博美さんが言ったように、味があって良いと思った。」
「高野さん、この珈琲、美味しい。高野さん、お店開けるわよ。サラリーマンより向いてると思う。」
「ありがとう、奈美さん。そうかもしれない。考えてみるよ。」
「お店開いたら、私も参加させて。」
「奈美さんが、いれば心強いな。」
「じゃ、私、毎日、珈琲飲みに行くわ。」
「博美さんまで。これは、責任重大だな。では、では、そろそろ始めましょうか。」
「じゃあ、博美さんからお願い。怖い先生の話。」
「そう、そう、怖かったんだから。」
博美は、パンパンに溜まった言葉を勢いよく吐き出し始めた。
「私、他のスタッフとシーツをリネン庫に入れて、先生の事聞いてたのね。永く勤めてるおばちゃんが、よく知ってたのよ。それで名前が『浜本美香』ってわかったわ。他に浜本先生っているから、美香先生って、みんな呼んでるらしいの。そう、やっぱり美香だったのよ。心理療法士も兼ねた、精神科の医師で、催眠療法で海外の学会でも発表するくらいの先生だって。そこまで聞いたところで、今喋ってた目の前のおばちゃんの言葉が急に止まって、びっくりした顔してたのよ。何だと思ってたら、後ろから、低―い声で『私が何だって?』て。おそるおそる後ろ向いたら、上から、鬼のような顔で美香先生が、私を見下ろしてたの。こんな感じで。『それ以上、詮索しないで』って」
博美は、腕を組み、指でこめかみを引っ張り、つり目を作って見せた。
「それは、怖かったね。」
「そうなの。高野さん、わかってくれる?もう全身凍り付いたわよ。」
「そう言ってきたって事は、何か探られて困るようなことがあるんだろうね。博美さんに限らず、ちょっと気をつけた方が良さそうだな。それで、奈美さんは、この前言ってたけど、お母さんには聞けたの?」
高野は、博美の吐き出した言葉を受け止め、それとなく話題を変えた。
「聞いたわよ。リカという名前と、小さい頃の写真が無い事、富山行って、記憶にあった景色だった事を話したら、わかりやすいくらいに動揺してたわ。それで、母子手帳欲しいと言ったら、それは何の抵抗もなく渡してくれたけど。」
奈美は。母子手帳を二人に見せた。
「へえ、富山だ。血液型は同じなの?」
「O型で、間違いないわ。」
「ちょっと、待って、医者の名前。この名前、知ってる。」
高野は、母親の書類が入った缶を出してきた。
「わあ、懐かしい、そばぼうろの缶だ。」
「よく知ってるね。これ、母親が何かあったら見てって言ってた書類が入ってるんだ。父が、借金の保証人になってって話しただろ。その借金作った張本人の名前。これ見てよ。」
高野は、缶の中から、1枚の書類を出した。
「久住宗一郎って、同じだ。同姓同名って考えにくいよ。医者ってことも一致してるし。」
「へえ、こんなところで繋がるなんて。じゃ、奈美さんのお母さんが、お産した産婦人科のお医者さんは、その何年も前に、借金返さずに、高野さんのところから逃げたってことになるね。」
「そうだな。45年前に自分の借金を、親父にかぶせて、その20年後奈美さんを取り上げたって、結局、医者やってたのか。それだったら、少しでも借金返して欲しかった…。」
高野は拳を握りしめ、座卓を叩いた。
「そうよね、医者やってたら、返せたでしょうよ。今も医者やってるのかしら。あぁ、でももう高齢ね。」
「今、医者をやってようが、やってなかろうが、絶対、許せないよ。」
「ごめん、話、戻して良い?」
「そうだったね。ごめん。」
高野は、強く握った拳を緩めた。
「その久住産婦人科だけど、富山の華さんから、聞いた話では、今は無いそうよ。それで、私の母の旧姓で、佐々木由美子を知ってる人を、華さんに探してもらう事になったの。もし、その人に子供がいれば、保育園が一緒で写真もあるんじゃ無いかって。その写真が明らかに、私と違っていれば、私じゃ無いって言うことにならないかって。あと、美香さんの事も教えてくれたの。すごく頭が良かったらしくて、中学は不登校でも学力は学年首位。東京の大学へ行ったってことまでがわかったわ。」
「なるほどね。保育園の写真、参考程度だけど、見つかるといいね。あの女の先生、がその美香さんだとして、神代に似た患者の心理的に治療してるってこと?でも意識が無い患者にどうやってるんだろう。何か、勝手なイメージだけど、年を考えると、あの神代が、久住に思えてきた。」
「やだ、高野さん、そんなこと言ったら、それにしか思えなくなるじゃない。」
「ごめん。そんな感じがして。水口さんは、どう思う。」
「まだ、なんとも言えないわね。灯しや診療所の医師、70歳くらいというだけじゃね。それでね、話変わるけど、母親は本当の事は言ってはくれないでしょ。どっちにしろ反応見たかっただけだから、目的は達成できたけどね。だから、お父さんにも聞いてみたのよ。自分が、母に連れられて初めて会った時のこと。私、喋らない子だったみたいね。でも初めて会う男の人を前に、普通だったら、母親に甘えたり、後ろに隠れたりするじゃない。そんなことも無く静かな子だったって。それで、父は亡くなったという母の富山の両親の墓参りどころか、富山へも行ったことはなかったって。確かに、お父さんの両親は自分が中学の頃に亡くなって、父方の祖父母のお墓参りには行ったけど。母親の方はね、話にも出なかった。父は言うには、何か母に大きな過去があるような気がしてたって。」
「そうか、まるで、その頃の奈美さんがと母親はよそよそしくて親子でないみたいだね。そのことが、バレてしまうから、富山には行かなかった。というか行けなかったんじゃないかな。」
「高野さんだって、そう思うでしょ。でも母子手帳は、予防接種の記録から確かに奈美という子はいたことになってるのよ。」
まだ、まだ、見えそうで、見えないな…。
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