第13話 神代か、美香なのか。
「奈美さん、こっちよ。ここの方が怪しまれないと思って。」
博美は、多くの外来患者に紛れて座っていた。
博美が待っていた内科外来の待合スペースからは、エレベーターと階段が見える。
この病院は、駅近くにある300床ほどの中規模病院。産婦人科以外の一般的な診療科を持っており、1.2階が外来診療と検査科で、3階から6階が入院病棟となっている。
駅に近い立地という事もあり、旅行者の受診も多い。最近では海外の患者も増えているという。
正面玄関から、右手に各科の外来と総合受付があり、左手には放射線科がある。正面の突き当りにはエレベーターとその右脇に階段がある。分かり易い構造だけに、見通しも効くため、奈美たちにとっては、都合が良くもあり、目立ってはならないという不都合さもある構造である。
「ここなら、検査室も近いし。エレベーターから降りてくるところも見えるから。」
「博美さん、髪、切ったのね。絶対に、こっちの方がいいわ。」
「ありがと。鏡なんてここ何年も見る気も無かったけどね。この前ちゃんと見たら、浦島太郎な気分になったわ。気分転換よ。あ、高野さんも、こっち、こっち。」
あたりを見渡す高野に向かって、博美は手を振った。
「博美さん、あまり目立たない方がいいんじゃない?」
奈美は博美に耳打ちした。
「そうだよね。ごめん、つい。」
「安藤さん、ずいぶん切ったんじゃない?いい感じですね。」
「あら、高野さんって、わりと、自然に女性を褒めれるのね。素敵だわ。」
「水口さん、それ褒めすぎですよ。そうだ、今ね、水口さんによく似た人が、あの辺、通って行ったよ。白衣着てたから、医師だと思うけど。」
高野は、階段の方を指さした。
「あぁ、あの先生かしら。似てると思ったの私だけかと思ったから2人には言わなかったけど、背は高いし、モデルさんみたいな感じの人よ。水口さんは、こう、可愛い感じだから、でもほとんど病棟に来る先生じゃないから、ハッキリとは見たことないけどね。」
博美は、隣に置いていた鞄を膝の上に上げ、高野の場所を空けながらそう言った。
「ね、もう、時間すぎてるわよ。」
「奈美さん、こんなものよ。患者本人や検査室の状況で、早まったり、遅れたり、良くあるから。」
3人の視線は、エレベーターの階数表示と開閉に集中していた。
エレベーターが開くたび、ため息や、落胆を漏らした。
「もっと自然にしないと。」
奈美は、大きな溜め息を吐いた博美を肘でつついた。
「ごめん、つい。」
またエレベーターのチャイムが鳴った。
「あ、来た。あのストレッチャーよ。看護師さんが、うちの病棟だから。」
「さっき見た先生もいる。付き添ってるのか。」
博美と同時に高野も立ち上がった。
「確かに、私に似てるかも。でも2人とも落ち着いてよ。」
「行ってしまいましたよ。患者さんの顔、遠目でよくわからなかったけど。」
「高野さん、大丈夫よ。CTとレントゲンだから、放射線科の前で待ってれば、通るわよ。時間見計らって、行きましょ。」
5分ほど経過したころ、博美が立った。
「3人一緒だと不自然だから、先に博美さん行ってって。後から、私と高野さんいくから。」
博美は放射線科の方へ、患者に紛れて入って行った。
「こういう大きい病院だから、たくさんの人に紛れる事が出来るけど、なんかドキドキするね。探偵になった気分よ。」
「でも、この大きさの病院だと防犯カメラも多いと思うよ。」
高野は、天井を隅々まで見渡した。
「そっか、そうなるのね。やだ探偵失格ね。」
そう言って、同じように、奈美も天井を見上げた。
でも、そんな、悪い事はしてないし…。
高野と奈美は、親子連れを装い、検査室前の長いすに座っていた博美の隣りに少し間を開けて座った。
CT撮影が終了し、放射線技師が出てきた。
博美から送られた視線を受け、2人は身構えた。
しかし、探偵ごっこを忘れ、3人はストレッチャーに横たわっている老人の顔に見入ってしまった。
夢の中の神代の風貌に酷似していたのだ。
あからさまな3人の視線に、付き添ってた女医が、一瞬、驚いた表情を見せたが、何もなかったように、ストレッチャーから離れ、階段を駆け上がって行った。
長いすに横並びに座っていた3人は、少しの間、うつむき無言になった。
「ね、珈琲でも飲んで行かない?」
奈美の誘いに、3人は親子とその知り合いを装って、わざとらしいセリフを掛け合いながら病院を出た。
喫茶店に入った3人は、揃って深呼吸をした。
「あぁ、緊張した。窒息しそうだったわ。でも似てた、似てたよ。あの老人も女の先生も。博美さんの言う通りね。」
「あの先生、私たちをチラッと見て、なんか驚いてたように見えたわ。」
「私にもそう見えたわ。博美さん、先生の名前がわかったら、教えて。」
「顔ばっか見てて、ネーム見るの忘れた。名前聞くのはいいけど、あの先生なんか怖いわ。」
女医が見せた驚きの表情の中に、博美は敵意のようなものを感じたからだ。
「ねぇ、そしたら、奈美さんの叔母さんかもしれない、あの女先生と灯しや診療所のあの医者と、がここで繋がっていたんだよね。これをどう考えればいいのか、全く分からないんだけど。それに、なんで、あのおじいちゃん先生は、夢の中と同じ顔なの。夢の中なんだから、似てなくても良いようなもんだけど。それと、ごめん、今さらなんだけど、夢の中って、そんな風にコントロール出来るの?」
博美探偵は、参ったと言わんばかりに、短くなった頭をくしゃくしゃにした。
「博美さん、頭の中混乱してるね。私もよ。人間関係とか夢のことは、私だって、わかんないわよ。」
「やっぱり、私たち、あやかし的な世界に行ってたんだよ。」
「そうだとしても、何か意味があると思う。」
「奈美さん、怖くないの?」
「怖いっていうより、モヤモヤというか、もどかしいと言うか、スッキリしないのが苦しくて。」
「奈美さんって、白か黒なんだね。」
「だって、最初から、あの診療所はおかしいでしょ。結果、いい感じになるなってるけど。なんか操られてる感があるような気がしてならなくて。」
「で、どうするの?」
「博美さん、先生に、もし会えたら、会って確かめたい。」
「え、そんな嫌だよ。私みたいな看護助手の立場で、ただでさえ、声かけづらいのに、怖いわ。」
「分かったわ。じゃ、もう少し様子見ようか。もしかしたら、向こうから、何かアクションがあるかもしれないし。」
「水口さん、もしかして、あの女医さん、リカさんの、お姉さんだと考えてる?」
「高野さん、鋭い。そうなの。聞いてる話と一致するから。」
「あの先生の目、私の事知ってる目よ。なんか、嫌だなあ。ドキドキする。」
博美は気が気じゃなかった。
「頑張って。私は、お母さんにリカさんの事聞いてみる。」
「そんな事して大丈夫?」
「これまでの色々で、謎だらけていう事が分かったし。やっぱり聞かないと進まないでしょ。本当の事は言わないと思うけど、どんな反応をするのかなっと思って。」
「なんか、ごめん、失礼かもしれないけど、母親に対しての奈美さんの感情が分からない。気持ちはわかるのよ。おかしな事が多いし。でも、育ててくれた母親でしょ。なんか他人ごとのようで。ごめん、お前が言うなってね。」
「いいのよ。確かに他人ごとかもしれないわね。あまり、母子としての記憶がないのよ。小学校以降の記憶しかないし。それなりに、入学式とか、運動会とか、世間一般的に必要なものは与えてくれたけど、明らかに、下の子に向ける視線とか、スキンシップとか、違うと感じていたから。感謝はしてるわよ。育ててもらったし。でもそれ以上の深いところでの感情が持てないのよ。映画を観て泣けるのよ。自分に照らし合わせてでなく、他人の可哀そうな話としてね。」
「そうなんだ。そこは私とは違うのね。」
「水口さん、聞くべきだね。何かあるよ。これは。もし、あれだったら、弁護士と警察関係に知り合いしるから、紹介するよ。」
「高野さん、ありがとう。高野さんの人脈ってすごいのね。」
「交友関係は狭い変わりに、内容は濃いかもね。その二人は兄弟だから。弁護士は同級生。その弟が警察関係。自分の父親の事も相談してみたんだけど、さすがにね。45年も前の事だから。その人物が、また悪さをしている可能性もあるから、それが立件できるのであれば、捕まえられるけどってことなんだ。」
「なるほどね。難しいのね。私の場合はどうなのかな。自分の記憶だけではね。私が花香だっていう、何の証拠にもならない。今、何か起きたわけでもないし。母に聞いてみて、その反応見てから、弁護士さん?警察になるの?」
「いや、茶飲み話程度に相談するだけでもいいよ。どっちでもプロだから、私たちとは違う見方をするかもしれないね。」
「じゃ、また。それぞれ、何かあれば、すぐ連絡ちょうだいね。あ、そうだ、これから集まる場所どこにする?」
奈美の問いかけに、高野が、組んでいた腕を外し、手を上げ、提案した。
「私の家でというのはどうだろう。古い一軒家で、誰もいないし。周りを気にしなくて話が出来るよ。珈琲ぐらいは出すし。場所はちょっと外れるけど。電車で30分くらい、もうちょっとかかるかな。」
「いいの?場所はどこでもいいし、その方が落ち着けていいかもね。」
「奈美さん、私も賛成。そっちの方が、母の病院に近いし、私も都合がいいわ。」
「じゃ、決まりね。今度はいつにする?」
「博美さんの、先生の情報が聞けたときと、奈美さんのお母さんに聞けた時に、グループメールでいつにするか話し合おうか。」
3人は妙な期待感と不安感を抱えながら、それぞれの生活へ戻っていった。
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