第22話 ババア・フォーエバー!
「さて、何から話そうかね……」
巨竜星の目の中で腰を落ち着けて、アタシは彼女に語り掛けた。
「アタシはね、大切な人を失って……もう一度会うためだけに50年待っていたんだよ」
巨竜星が聞いていようがいまいが、構うもんかい。
「忍耐強さを試されていたんだろうね、こうなるときのために」
時間はいくらでもあるんだ。
「ずっと時が過ぎるのを待っていたんだ。50年間ね。だからあと千年ぐらい、どうってことないさ」
好き勝手にアタシが話したいことを話させてもらうよ。
「このババアが必要な理由が分かったよ。おんなじなんだね、あんたも」
巨竜星は何も語らない。
「長い長い時間を一人ぼっちで過ごしてきたんだろう?」
「アタシは周りに人もいて、死んだときなんて泣いてくれた人もいたさ」
「ぜいたくな悩みなんだろうけどさ、心はずっと一人ぼっちだった」
「アタシはあの人さえ生きていてくれたら良かったんだよ」
「巨竜星、アンタは故郷に帰りたかっただけなのに、娘も孫も殺されて、辛い思いをしたんだね」
「宇宙に放り出されて、何年経ったんだい?」
「これからの千年だってアンタには孤独の時間のほんの一部なんだろうけどね」
巨竜星は何も答えない。
アタシはずっと語り掛けた。
***
1日が過ぎた。
巨竜星は何も言わない。
1週間が過ぎた。
巨竜星は何も答えない。
1か月が過ぎた。
巨竜星は何の反応も示さない。
2か月が過ぎた。
3か月が過ぎた。
4か月、5か月、6か月が過ぎた。
巨竜星は何も言わない。
1年が過ぎた。
巨竜星は何も言わない。
2年が過ぎた。3年が過ぎた。
その間もアタシは語り続けた。
4年が過ぎた。
5年、6年、7年が過ぎた。
10年、11年、12年が過ぎた。
20年、30年、40年が過ぎた。
50年、70年、90年が過ぎた。
巨竜星は何も言わなかった。
そしてとうとう100年が過ぎた。
生身の体ならとっくに老衰で死んでいるほどの時間を巨竜星と過ごした。
「まぁ、もしかしたら巨竜星は何かしゃべってるのかもしれないけどね。アタシには聞こえてこないだけでさ」
そんな無駄話はそろそろやめようと思った。
そこへなんと待ちわびた声が響いた。
『なぜついてきた?』
巨竜星はようやくアタシに気付いた。
アタシは少し声を張り上げる。
「やあ巨竜星。アンタの話も聞かせておくれよ」
沈黙。
そしてまた1年……。
『何が聞きたい』
うおっ!? びっくりしたぁ。アンタみたいなのんびり屋さん初めてだよ……。
何の話をしていたっけね。えーっと。
「巨竜星、アンタはあの星に帰りたかったんじゃなかったのかい? どうしてまた宇宙へ来ちまったんだい?」
沈黙。
そしてまた1年……。
『あの星は小さすぎる』
そしてまた1年……。
「アンタがデカくなりすぎたのさ」
……。
『強くならなければ、また殺される』
……。
「アンタを殺せるヤツなんてもういないよ」
「アンタを追い出したヤツだってもう全員死んじまってるだろうさ」
「魔竜妃だってあんな強い脅威じゃなかったら、新しく出会った奴らにはもしかしたら歓迎してもらえるかもしれないよ」
……。
『私の娘、奪った奴ら、殺した奴ら、食った奴ら、憎い』
『憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い』
「伝わってくるよ、アンタの無念」
「すまないねぇ。アタシもあんたの娘にひどいことしちまったよ」
……。
『お前は、守られている。私の娘を苦しみから救った』
「苦しみから……? もしかしてあの時の……」
アタシは初めて魔竜妃にとどめを刺した時のことを思い出した。
――アリガトウ
魔竜妃もろとも自爆したときに聞こえた誰かの声。そうか、あれは魔竜妃の声だったんだね。
『娘は苦しんでいた。地上の奴らに追われて、傷つき、目も奪われて、何もわからず、おびえ、逃げていた』
何だって?
あの最初の魔竜妃があんな姿で現れたのはまさか……。
『ニンゲンは恐ろしい。こちらがどれだけ強くなっても、必ず抗い、乗り越え、私たちを虐げる』
『どれだけ強くなれば、奴らに殺されない?』
……降りてくる魔竜妃がどんどん強くなっていたのも、魔竜妃を倒そうと躍起になっていた歴代の人間たちのせいだったなんてね。
卵が先か鶏が先か、みたいな悪い連鎖が繋がっていたんだねぇ。
「巨竜星や。もし、もしだよ? もしも私たち人間がアンタらに手出しをせず、受け入れたとしたら、アンタらは私たちに何もしないかい?」
……。
……。
……。
……。
……。
…………………………………………。
巨竜星は長く考え込んでしまったのか、返事が途絶えた。
旅立ってからどれだけ経ったのか。
およそ490年。
……。
『あり得ない。私を星の海へ追いやり、私が奴らを憎んでいるように、奴らも私を憎んでいる』
「確かにね、着陸するだけで大災害を巻き起こすヤツを人は怖がるだろうさ」
「でも、もしもアンタがこれまで大きく強くなってきたのと逆に、小さく弱く人を脅かさない者になれるんだったら」
「アンタをわざわざ殺そうと迎え撃ったりはしないはずだよ」
「そうなればアンタもあの星に帰れるんだ」
「できないかい?」
…………………………………………。
無茶を言ったと思っている。
でもそれ以来返事はなかった。
…………………………………………。
700年。
…………………………………………。
800年。
…………………………………………。
900年。
………………………………………。
999年、12か月、20日。
巨竜星との長い旅も終わりが近づく。
彼女からの答えが無いまま、時は過ぎた。
そして、長く待ちわびたあの星が見えてきた。
巨竜星の目の水晶越しに、アタシにも見えた。
アタシたちが旅立ったあの星、惑星エアルトだ!
「……巨竜星! アンタの故郷が見えてきたよ!」
返事はないと思いつつ、叫んだ。
するとすぐに答えは返ってきた。
『私はもう、強く大きくなりすぎた』
『だが、私の子なら、間に合う』
『最後の子を、お前に託そう』
「託す……? え?」
それを最後に、巨竜星から体温が消えていくのを感じた。
巨竜星の体はボロボロと表面からはがれていく。
やがて崩れ去った塵の中には、アタシを包んでいた眼球と、一抱えある岩のような卵が残った。
岩は眼球の中に入ってくる。アタシのそばで小さく震えた。
アタシと卵が入った巨竜星の眼球は、惑星エアルトの引力に流されるまま落ちていった。
「あれから千年……帰ってきたよ!」
安心しな、巨竜星。
アンタの最後の子はアタシがちゃんと預かったよ!
大気との摩擦熱で炎に包まれる巨大な眼球の中で、アタシは卵を抱えて地上を見下ろした。
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