第20話 ババア・ラストバトル!


「報告します! 王立研究院の報告によると、巨竜星の墜落まであと1日です!」

「巨竜星は全長1000キロメートル、墜落予測地点は王都の東側の海岸との事!」


 生き残った騎士団員の報告を聞いてフリッツは短く刈り込んだ金髪の後頭部をかきむしる。

 フリッツは魔竜妃の鱗を収めていたが、黄金の鎧はもう捨て去っていた。今は簡素な金色のローブをまとっている。


「それだけの巨体が海に落ちたらどれだけの波が起きる事か……。やむを得ん、王都に避難指示を。王室にも伝えて転移魔法での脱出を進言するんだ!」

「ハッ!」


 アタシとジルエットとチセは、巨竜星の目から逃れるように山に隠れた野営キャンプのテントの中で生き残った魔竜討伐隊と身を寄せ合っていた。

 魔竜討伐隊の一人が持っていた通信用の水晶玉を覗き込むと、王都の民が慌てふためく様が映し出されていた。

 もっとも、フリッツからの指示を聞くまでもなく上空の巨竜星に怯えていたというのが彼らを恐慌に追いやる理由だろう。


「バイル……私たち、どうなっちゃうの?」

「さっき聞こえた話だと、巨竜星の墜落でアタシたちの町は波に沈んじまうだろうね。ここにいるのが一番安全さ」

「そんな……」


 ジルエットは泣き出しそうな顔で拳を握りしめている。


「バイルは戦うの? あの巨竜星と」

「もちろんさ。やれることはやりたいからね」

「私は無理……バイルがまたあんな風にやられてしまうのをもう見たくない……」

「仕方ないさ。騎士団の奴らだって、怖い奴は逃げていいって言っていたからね。ただ、巨竜星をどうにかしないとどこに逃げても……ごめんよ、そんな事を言ったら余計に怖がらせちまうね」

「ううん、いいの。ごめんなさい、私、何もできなくて」


 ジルエットはふさぎ込んで、抱えた膝に顔をうずめて何も言わなくなってしまった。

 下手な慰めをかけてやることもできない。

 全長1000キロメートルのバケモノ相手に立ち向かえなんて方が無理な話さ。


「とにかく、落ち込んで体力を消耗するのは良くないよ。こういう時ほどよく食って寝て元気をつけるのが一番さ」


 アタシはジルエットの肩に手を添えながら努めて明るく励ました。

 ジルエットは何も言わずにアタシの手を掴んでずっと俯いていたね。


 それから夜。

 アタシが寝付けずに毛布にくるまっている所を起こしに来た奴がいた。

 毛布をめくって顔を向けると、テントが開いていて人影が見えた。

 たき火の逆光で表情が見えづらいがジルエットが立っていた。


「どうしたんだい、眠れないのかい?」

「ん、ちょっと来てくれない? 2人きりになりたいの」


 ジルエットはキュッと唇を結んでアタシの手をとり、テントの外へ連れ出した。


「どこまで行くんだい、あまり離れないほうが良いよ」


 アタシの懸念も捨て置き、ジルエットはくぼんだ岩陰にアタシを招きよせた。


「バイル、お願いがあるの」

「なんだい改まって……って、何をしているのさジルエット!」


 ジルエットは身に付けていた服をスルスルと脱いでいく。

 暗いが、かすかな星あかりに照らされてジルエットの白い肌が闇の中に浮かび上がるようだった。


「バイル、お願い。私を抱いて」

「……不安なんだね。いいよ、ジルエットが落ち着くまで抱きしめていやるさ」

「そうじゃないわよ、もう! ……バイルの、赤ちゃんが欲しいの」

「はいはい、って、ええっ!?」

「二度は言わないわ。嫌ならテントに帰って」

「……あー、悪いけどね、ジルエット。アタシはその、女の子を抱いたことが無くてね」

「初めてなんでしょ? 大丈夫、私もよ」


 ……子作りをしたのは初めてじゃないけどね。

 前世で産む方はやったから、何をすれば子どもができるかは知っているよ。

 何だか複雑な気分だけど、ジルエットが望むならそうしてやるのが一番いいんだろうね。


 だって、これが最後の夜なんだからさ。

 これからジルエットにしてしまう仕打ちに比べたら、ジルエットが望むならせめて子を残してやれた方が良い。

 アタシはなるべく優しくジルエットの顎を引き寄せて唇を重ねた。


「ジルエット、本当にいいんだね?」

「うん……おねがい、バイル……あっ」


 アタシはジルエットに乞われるまま、彼女を抱き伏せた。



 ***



 巨竜星が海に墜落した瞬間、水しぶきは蒸気となって分厚い雲を作りあたりを闇で包んだ。

 夜が明けて間もなく、ついにその時がやってきたのだ。

 およそ500キロメートル離れた所に着水したはずなのに、その巨大な竜の頭はアタシたちのキャンプに届きそうなほど近くまで伸びて来ていた。


 人々は恐怖した。

 この世の終わりを悟り、ただひたすら巨竜星を仰ぎ見た。

 絶望を形にしたようなその姿に、ある者は神に祈りまたある者は神を呪った。

 この星のなにもかもが終わろうとしている。

 そう感じずにはいられなかった。


「戦えるものは立て! 臨戦態勢! 剣をとれ!」


 そのような絶望的な状況でフリッツは腹の底から叫び兵士を奮い立たせた。

 立派な姿だよ。この絶望をアンタが招いたんじゃなければね。

 アタシは肩をすくめるが、今ここに残る者たちは巨竜星に対する殺意を少しも隠さずに怒りに震えていた。

 フリッツは魔竜妃を食って得た黒い鱗をむき出しにして構える。

 立ち並ぶ魔竜討伐隊の目の前には、自らの鱗の中で蒸し焼きにされた魔竜妃の死骸がある。


「魔竜討伐隊! 今こそその力のすべてを解き放て! 喰らいつけ!」


 フリッツの号令と共に、魔竜討伐隊は餌を我慢させられた犬のように魔竜妃の死骸に駆け寄り、その肉に食らいついた。

 咀嚼音、嚥下音、鱗を裂き、骨を断ち、暴食の限りを尽くす魔竜討伐隊たち。


 ベキッ


 ある者の背中から魔竜の翼が生える。

 ある者の頭から魔竜の角が生える。

 ある者は鱗で覆われ、またある者は鋭い牙でさらに魔竜妃の肉に食らいつく。


「「オオオオオーーーーーーッ!」」


 魔竜討伐隊の面々の体躯は膨れ上がり、そのすべてが黒い鱗で覆われていった。

 魔竜妃の肉で力を得た魔竜討伐隊たちはどれも異形と化していた。

 宙に浮く真っ赤なピラミッド、巨大なバッタの王、風に溶けそうな白い大精霊、樹木を編んで作ったような緑色の牛頭の巨人。

 魔竜討伐隊の隊員たちを核としたさまざまな異形が現れる。


 フリッツもそれに続き、彼らの食べ残しを喰らっていく。

 彼の顎はもはや腹のあたりまで裂けていた。まるで彼の暴食を象徴するかのように。

 フリッツだった黒い獣の大きな口が魔竜妃の残りかすをどんどん胃袋に収めていった。


「何も咎めないよ。そうでもしないとアイツには勝てないだろうからさ」


 アタシは言いながらフリッツに近寄り、その肩に乗せてもらう。


「アタシはこのままでいい。勝てはしないだろうけど負けもしないからね」


 フリッツの肩にしっかりとつかまって、アタシはキャンプのテントに振り返る。

 ジルエットとチセがアタシの出陣を見守っていた。

 後の事は頼んだよ、2人とも。


「魔竜討伐隊! 出撃!!」

「「オオオオオーーーーーーッ!」」


 フリッツの掛け声で魔竜討伐隊だった異形の軍団は一斉に飛び上がった。


 さあ行くよ、魔竜星! これがラストバトルだ!

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