第19話 ババア生きとったんか!



 アタシの体は粉微塵になって宙を漂いながら、じわじわと集まって小さな肉片になった。

 後から聞いた話では、巨竜星から大陸をえぐるほどの凄まじい熱光線が放たれたらしいよ。

 おかげで竜兵騎士団は壊滅。

 魔竜討伐隊が張った結界も圧倒的な力の直撃に破られ、辛うじてとっさにチセが張った結界で数名が生き残った程度なんだとか。

 恐ろしいねぇ……。


 魔竜妃は硬い鱗のおかげで巨竜星の熱光線が直撃しても燃えることはなかったけれど、中の肉は蒸し焼きになっちまったらしい。

 もしかしたら魔竜妃は命と引き換えにしてでもアタシたちに復讐したかったのかもしれないねえ。

 でも、いちばん魔竜妃をいじめていたフリッツは皮肉なことに魔竜妃を盾にして助かっちまったんだとよ。

 世知辛いねえ。


 アタシが塵の状態からも必死に空中を泳いで再生しようとしている間にも、生き残った魔竜討伐隊たちが寄り集まって互いに傷の手当てをしていた。

 肉片状態のアタシの事もジルエットが必死に回復魔法をかけ続けて甦らそうとしていたよ。


「ヒール! ヒールっ! チセ、ホントにこんなのでバイルの助けになるの?」

「はいなのです。バイルさんはそんな風になっても死んではいないのでリザレクションが効かないのです」

「あぁ、もう。どうしてそんなに落ち着いていられるのよ」

「ごめんなさいなのです。私はバイルさんのこういう状態を見るのは2回目なので、大丈夫だって信じているのです」

「そう……どうして私には教えてくれなかったの? バイル……」

「それはきっと、ジルエットさんが命がけの冒険についてきてくれているのに自分だけは不死身だなんて言えなかったからなのですよ」


 アタシの為に肉片にヒールをかけ続けてくれるジルエットをチセは優しくなだめてくれている。

 アタシが言いにくかったこともしっかり言ってくれちゃって、まぁ。


「私が弱いから……言わなかったのかしら。バイルが初めて冒険者になった時は私の方がリードしていたのに。いつの間にか追い越されちゃってたんだね」

「ちがうのです! きっとバイルさんは、ジルエットさんが大切だから……!」

「んっ……そういう事にしておくわ。バイルが生き返ったらちゃんと話してもらうんだから!」


 チセに慰められて、ジルエットは少しいつもの調子を取り戻したみたいだね。

 さて、戻ったらなんて言い訳をしようかねぇ……。


 ***


 アタシの復活はまだまだ時間がかかりそうで、その間にチセが巨竜星の事を話してくれたよ。


「エルフの間で古くから言い伝えられていることがあります。

 皆さんも知っているとおり、千年に一度この星に魔竜妃が生まれ、魔竜子を産み続けるということ。

 魔竜子は人々やこの星に元からすむ生き物を襲い、自分たちの縄張りを広げていっていること。

 それらすべては、何万年も昔に原始の人間たちが巨竜星をこの星から追放したことから始まりました。


 かつての巨竜星は、人の背丈より3倍程度しかないドラゴンの一種だったそうです。

 それでも人々を襲い恐怖に陥れていました。

 そこで人々はそのドラゴンを打ち倒そうとしました。

 でも、ドラゴンのあまりの強さゆえに倒すことがどうしてもできませんでした。

 そこで、天の星に祈り願ったのです。

 そのドラゴンを空の彼方の星に送ってほしいと。

 願いは聞き入れられ、ドラゴンは星空に吸い込まれるように消えてしまいました。


 でも、それから千年が経った時の事。

 ドラゴンは星空を泳ぐこともできずに、空に吸い込まれた速さが足りなかったせいで再びこの星の引力に引かれて戻ってきてしまったのです。

 千年ものあいだ空を漂いながら故郷であるこの星を想い続けてきたドラゴンは、自分の力では地上に帰ることはできませんでした。

 そこで、長年温め続けてきた卵を産み落とすことにしました。

 卵は孵り、魔竜妃となりました。

 魔竜妃は母であるドラゴンを再び地上に迎え入れるときに彼女を追い返されないよう、たくさんの子を産み育てて憎き人間たちを滅ぼそうとしました。


 ドラゴンは空で燃える石を食べながら成長したために星のような大きな岩の体になりました。

 そうやってできたのが巨竜星です。

 そして千年間。巨竜星はかつて子どもを生み落した星にまた近づく事が出来ました。

 しかし気付きます。

 その星にはかつて産んだ我が子の姿が無いことに。

 巨竜星は悲しみながら、次こそはと再び卵を産み、自分は空の彼方の星の力に引かれてまた生まれ故郷の星から遠ざかります。


 また千年、また千年。

 繰り返すたびに巨竜星は多くの事を忘れてしまいました。

 ただ覚えているのは、故郷の星に子どもを生み落す事。

 そして次の千年に備えてまた卵を抱えて温める事。

 それだけの存在になってしまいました。

 自分が何故、星空に翻弄されているのか。

 産んだ子が何故、次に来た時には殺されているのか。

 それを理解することもできずに、千年間ただ星空を行き交い、この星に近づくたびに卵を産み落とすだけの……。


 巨竜星は星空を舞うたびに燃える石を食べて大きく強くなり、

 産まれてきた魔竜妃はこの星に巨竜星を迎えるために子を産みばら撒き、

 魔竜子はこの星にはびこる為に人々を根絶やしにすべく襲い掛かってきます。


 人々は忘れてしまいました。

 かつて巨竜星を星空へ追放したことを。

 巨竜星は忘れてしまいました。

 この星という故郷に帰りたいと願っていたことを。


 遥かな時間の中で忘れ去られてしまい、この世界に生きる人々と巨竜星は互いに互いを殺しあうだけになってしまったのです。

 というのが、エルフに伝わる巨竜星の物語です」


「なるほど、根が深いねぇ」


 チセの話を聞きながら、アタシはすっかり元の体にまで再生した。

 ジルエットは生まれたままの姿になっていたアタシの体を見て、気を失ってしまった。


「ひどいね、人を見るなり気絶だなんてさ!」

「バイルさん……早く服を着て欲しいのです」


 チセはまた自分の服を脱いでアタシに渡した。

 ちょっと小さい服を無理やり着たせいでパンパンに張りつめている。

 そこへ失神から立ち直ったジルエットが起き上がり、また気を失ってしまった。


「ハァ、仕方ない。それじゃあチセ、ちょっとアンタに頼みたいことがあるんだけどね?」

「はいなのです! バイルさんのお願いなら何でもするのです!」


 そして、チセに耳打ちしてある事を伝える。

 チセはそれに応えてうんうんと首を縦に思いっきり振った。

 パツパツの女児服を着て、下着姿の女児エルフに言い寄るアタシのもとへ、生き延びたフリッツがやってきた。


「……バイルくん! そろそろ復活したかね! んん!?」

「あ、ども。アハハ」

「ふむ……、憲兵ーーーーっ!」

「まっ、まっておくれよ! 誤解だよ! アタシゃ幼女に手を出したりしないよ!?」


 どうにも締まらないけれど、とりあえずアタシは最後の決戦に挑む準備ができたよ。

 待ってな、巨竜星。

 アタシがアンタの物語を終わりにしてやるよ!

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