第18話 ババア粉微塵と化す!


 魔竜妃を食べたことを打ち明けたフリッツはどこか憑き物が落ちたようにすっきりとした様子だった。


「ふふふ、君が狩ってきてくれた魔竜妃の頭部、食える部分は少なかったが大変に美味だったよ」

「フリッツ、アンタ……」

「おいおいおい、怖い顔をしないでくれ 同じ秘密を共有する仲じゃないか」


 フリッツはゲタゲタと黒い下あごを揺らして笑う。


「私はもちろん君が狩る前からずっと魔竜妃と戦っては、その度に彼女の肉を食っていたのさ」


 アタシも魔竜妃の肉を食った影響か、フリッツが何度も魔竜妃を追いつめてその度に肉をそぎ取る様子がまるで見てきたかのように思い浮かんだ。

 先代の魔竜妃を追いつめ、ひそかに生きたまま肉をはぎ取るフリッツ。

 魔竜妃は少しずつ弱り、身を隠していく。捕食者に怯えながら。


「フリッツ、何でそんな事を?」

「君も感じるだろう? バイル。力だよ。私も初めは偶然だった。剣の先についた魔竜妃の血を舐め、体にめぐる新たな力を知った」


 フリッツは味を思い出したのかトカゲのような長い舌をチロチロと出して愉悦の表情を浮かべる。


「幼い頃から魔竜子を食べてきた。この星の戦士は皆そうさ。だから、母たる魔竜妃を食べるとどれだけ強くなれるか興味を持つのは自然だった」


 アタシは誰かから聞いた話を思い出す。

 この星に住む者、例えば幼馴染のジルエットも子どもの頃から魔物を食べて強くなってきた。

 それがこの星では当たり前の事なのかもしれないけどね。


「そして今、目の前に新たな魔竜妃がいる。もちろんそれも魅力的だが、まだ足りない。もっとすごいのがいるじゃないか」


 フリッツは天を指し示す。


「巨竜星……食ってみたいとは思わないか? こんなチャンスもう無いんだ」

「まさか、巨竜星を引きずりおろすって、食うためだったのかい!?」

「そのとおりさ。ここにいる魔竜妃は囮さ。巨竜星に比べたら何の魅力も無い。あんなもの私なら2秒で殺せる」


 目の前で今なお鳴き叫ぶ魔竜妃をつまらなそうに眺めるフリッツ。

 まさか魔竜妃でさえも本命の巨竜星をおびき寄せるための道具でしかないとはね。

 しかも、この魔竜妃をおさえるために何人も死んだ。グリセールだって死んだ。

 その犠牲を何とも思わないほど、フリッツは巨竜星に心を奪われているってわけかい。

 まったく。

 なんていうか。

 人の欲望ってやつは……。

 恐ろしいねぇ!



 ***


 キィィィィィィィィィィィィィィィィン


 いつまでも超高音で鳴き叫ぶ魔竜妃に辟易したのか、フリッツはポリポリと金髪の角切り頭を掻いた後にスッと跳躍した。

 ほんの軽い動作だったのに、常人では立っているのもやっとなほどの衝撃波をものともせずに魔竜妃に近寄った。


「おい、いつまでも泣きわめいても仕方がないだろう。君の親を呼ぶんだ。さあ早く!」


 メキボキ


 軽い垂直跳びで魔竜妃の顔の前に躍り出た黒い鱗の塊のようなフリッツは、開いていた魔竜妃の口に手を突っ込むと片手で手首をひねっただけで魔竜妃の歯をへし折った。


 ギャアアアアアアアアアアアアア!


 魔竜妃がさらに吼える。


「ほら、ほら!」


 バキゴリベキ


 グゴロロロロロロロァァァァ!


 魔竜妃がフリッツを引きはがそうとしても、フリッツは魔竜妃の口に手足を突っ込んで口を強制的に開かせたままだった。

 魔竜妃の歯がどんどん折られていく。

 ごみのように投げ捨てられる竜の牙。

 フリッツ、アンタの方がよっぽどモンスターに見えるよ……!


「やめな、フリッツ!」


 アタシは魔竜妃の足元から叫ぶ。

 フリッツは目を見開き口元を邪悪に歪めて嗤った。


「ハッハッハッハ! バイルくん、それじゃあこの魔竜妃を生かして逃がすのかい? 多くの人を見殺しにして?」

「そうは言っていないよ、フリッツ! 魔竜妃は残念だけど人間が生きるために殺さなくちゃいけない。でもアンタは巨竜星の肉が食いたいだけなんだろう? だったら一人で宇宙に飛んで行っちまえばいいじゃないか。わざわざ魔竜妃をなぶって苛める必要はないよ!」

「どうせ殺すなら役に立ってもらうというだけさ! 見たまえ!」


 フリッツは日が暮れた空を指す。

 遥か北の方角、星が見え始めた空を切り抜くような巨大な影が見えた。

 それは先日見たときよりも遥かに大きく、空の下半分を覆うほどになっていた。

 影だけでなく、夕日を全身に受けてほの赤く表面が見える。

 凶悪な相貌の巨大な竜が、あきらかにこちらを見て吼えていた。

 なんだいありゃあ、この世のものとは思えないほどデカいね……まさに星じゃないか。


「フフフ、すばらしい! 報告には聞いていたがこれほどの大きさとは!」


 巨竜星を眺めるフリッツの表情は既に恍惚とも呼べるほどゆるんでいる。

 黒い鱗で覆われた下あごからだらだらとヨダレをたらしていた。


「フリッツ、アンタ……あんなでっかいモノを呼び寄せちまって! あれじゃあこの星に墜落しただけで大災害だよ!」

「仕方のない犠牲さ。ヤツを倒してしまえばこれから先すべての人類は魔竜たちに怯えなくて済むんだからね!」

「倒せる保証はあるのかい?」

「あるさ! ヤツの肉を食ってヤツと同じ力を手に入れればいい。そうだろう?」

「……訳が分からないよ、アンタの理屈はね。でも……」


 もう話をするだけ無駄な気がしてきたよ。

 フリッツ、アンタは狂ってる。

 でも、もう今になってはアタシにはどうすることもできないよ。

 アタシの力でも、あんなでかいバケモノをどうにかできるなんて思えない。


 アタシはそこで思い出す。

 この世界に来た理由を。

 前世で死神ココにそそのかされて、願いをかなえてもらうためにこの世界に来たんだ。


 ――この世界には今、ある危機が迫っています。それが何かをあなた自身の手で探り当て、解決していただきたいのです。


 この世界に来た時に死神ココから言われた台詞を思い出す。

 その危機って言うのが、この事なんだとしたら?


 アタシは、立ち向かわなくちゃいけない。

 あの巨竜星に!


「分かったよ! アタシにもやらせてくれ、あの巨竜星を倒すんだろ!」


 アタシは魔竜妃をイジメるフリッツよりも前に一歩踏み出して巨竜星に立ち向かった。



 カッ!


 巨竜星の開かれた口から放たれた白い光が、アタシを包んだ。

 アタシの体は強力な光線の直撃を受けて蒸発。一瞬で素粒子レベルにまで砕け散った。


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