第17話 ババアはイジメを許さないよ!
フリッツは魔竜妃の卵の見えるところまで案内される。
もしもの時のためにと魔竜討伐隊の十余名も同行した。
魔竜妃の卵は頭頂部にヒビが入り、アタシたちの目の前でパキパキと音を立てながら亀裂が広がっていった。
「卵内部の魔力なおも上昇中! 亀裂は上部から7割にまで広がっています! 赤銅の結界でかろうじて形状を保っている状態です!」
「よーしよしよし、頃合いだろう! 捕縛準備、アンカーの射角を合わせろ!」
フリッツは兵士の報告を受けて周りに指示を出す。
鉄の鎖がつながった巨大なアンカーを射出するバリスタの隊列は既に卵を十字に取り囲んでいた。
「『防壁の赤銅』、卵の結界を解除だ!」
「まかせれ!」
フリッツの号令に合わせて卵を押し込めていた結界が解除される。
卵液をまき散らして卵の殻がはじけ飛ぶ。
その中にいた魔竜妃の姿が露わになった。
身を縮めて卵に収まっていたようで、ゆっくりとその頭を持ち上げた。
「アンカー、撃てーーッ!」
バババッ!
間髪を入れずにフリッツの指示が飛ぶ。
4方向から各3本のアンカーが飛ぶ。計12本の槍が一斉に魔竜妃に突き刺さった。
「バリスタ旋回! 絡め取れ!」
各所に並んでいた車輪付きのバリスタが交互に逆方向に回転し、魔竜妃を締め上げるように鎖で押さえつけていく。
ゴアアアアアアアアアアア!
産まれたばかりの魔竜妃から悲鳴のような鳴き声があがる。
その鳴き声に反応して周囲を旋回していた魔竜子たちに異変が起きる。
魔竜子たちは天に向かって吠える魔竜妃の口の中に向かって一斉に飛び込み始めたのだ。
「な、なんだっ!?」
グリセールは目を見開いてその様子を見つめる。
フリッツは表情も変えずに、ただ冷や汗を浮かべつつ平静を保って状況を分析した。
「おそらく、前の魔竜妃が残した魔竜子ごと魔力を取り込んでいるんだろうね! なるほど、こいつは想定外だ!」
おおげさに額に手をやりおどけて見せるフリッツ。
だがその目の前で魔竜妃は黒いオーラを放ちながらその体躯を膨れ上がらせていく。
急成長する魔竜妃にあらがえず、アンカーを打ち込んだバリスタは引きずられ持ち上げられてしまった。
「いかん! 魔竜討伐隊、抑え込めっ!」
フリッツの指示が早いか、魔竜討伐隊は既に剣を抜き駆け出していた。
「魔竜妃ぃぃぃぃぃぃ! キサマを討つために私は……!」
真っ先に駆けだしたのはグリセールだった。
周囲の竜兵騎士団たちから歓声が上がる。
「グリセール様!」
「やった! これでヤツももう終わりだな!」
皆が安堵してグリセールの戦いを見守る。
空中に無数の魔法陣が浮かび、火球が放たれる。
その弾幕を追うようにグリセールが走り、剣を構えた。
「その命、もらっ」
ズン
悶える魔竜妃の尻尾が跳ね、グリセールを一瞬で叩き潰した。
「え……?」
唖然と見守る騎士団の前で尻尾が再び持ち上げられると、上半身が肉塊と化したグリセールだった物がべちゃりと地面に落ちた。
「は……?」
グリセールの下半身はまるで死んだことに気付いていないかのように血だまりの中で痙攣していた。
「うわああああああああ!」
一気に狂乱する騎士団たち。
フリッツはわずかに眉間にしわを寄せながら、残る魔竜討伐隊に指揮する。
「とめろ! 誰かヤツを止めるんだ!」
赤く輝く三角形が魔竜妃を取り囲む。
魔竜妃が鳴き叫ぶ。
だが効かない。
黒いバッタの大群が食らいつく。
魔竜妃が鳴き叫ぶ。
だが効かない。
地面から巨木の根が飛び出し魔竜妃に絡みつく。
魔竜妃が鳴き叫ぶ。
だが効かない。
雲もない空から雷撃が落ちる。
魔竜妃が鳴き叫ぶ。
だが効かない。
氷の棘が四方から突き刺す。
魔竜妃が鳴き叫ぶ。
だが効かない。
風が刃となって襲い掛かる。
魔竜妃が鳴き叫ぶ。
だが効かない。
泥の巨人が殴りかかる。
魔竜妃が鳴き叫ぶ。
だが効かない。
足元に展開した魔法陣が爆裂する。
魔竜妃が鳴き叫ぶ。
だが効かない。
空中に現れた白い光球から光線が放たれる。
魔竜妃が鳴き叫ぶ。
だが効かない。
魔竜討伐隊の面々のそれぞれ必殺の一撃を食らって魔竜妃は苦痛に吼えるが、その成長を押しとどめるには至らない。
「ひるむな! 力の限り攻撃を続けろ!」
フリッツの怒号に魔竜討伐隊は更に攻撃を続ける。
あたりが灼熱や疾風や極寒や閃光に見舞われながら、激しい攻撃が続けられた。
鳴き叫ぶ魔竜妃の口には次から次へと魔竜子が飛び込み、魔竜妃の傷をいやしながら体を膨れ上がらせていった。
***
そして、再び雷撃が魔竜妃に直撃した瞬間に様相が変じた。
魔竜妃は翼を広げて吼える。
キィィィィィィィィィィィィィィィィン
空気を震わせる高音の鳴動。
魔竜妃を中心に衝撃波が放たれる。
その直撃を受けて周囲にいた全ての者たちははるか後方へ弾き飛ばされる。
波動は魔竜妃の思念波そのものだった。
怒り、悲しみ、憎しみ。
負のオーラが衝撃波になってあたり全体を薙ぎ払っていく。
魔竜妃の足元にいた兵士たちは湿った音を立てて弾けた。赤い水が詰まった風船のように弾けて赤い煙のように吹き飛んでいった。
アタシの中に取り込んだ前の魔竜妃の力が強制的に目覚めさせられていく。
そして感じた。
魔竜妃の感情を。
これまでこの星に生み落とされて、死んでいった魔竜妃の無念が脳裏を駆け巡った。
いつの時代も魔竜妃は巨竜星から落ち、たった一人でこの星で目覚めた。
大気中の魔力を取り込み、たくさんの子を産んでいった。
人々から忌み嫌われ、せっかく生んだ子たちは殺されていった。
そして魔竜妃も追われ、殺された。
その無念がアタシの頭の中を一瞬で駆け巡った。
「あぁ……魔竜妃。アンタも、子どもが殺されて辛かったんだねぇ」
アタシは思わず、鳴き叫び続ける魔竜妃に向かってつぶやいた。
「アタシの娘の子……初孫の時も死産でね。娘は相当荒れたもんさ」
前世の記憶を辿ってアタシは泣き狂う娘の姿を魔竜妃に重ねた。
子どもを失う親の気持ちってのは、誰にもわからない。分かりたくないもんさ。
アタシは幸運にも娘たちより早く死んじまったけど、あの子たちがアタシより先に死んじまったらなんて考えたくもない。
そうかい、そうかい。
魔竜妃。アンタ、淋しかったんだね。悲しかったんだね。許せなかったんだね。
済まないことをしたと思うよ。
でもね、アンタがこの星の人たちにしたことも、許せることじゃなかったんだよ。
アタシもこの星に来て十数年……まだ新参者だけどね。
この星をアンタに壊させるわけには、いかないんだよォッ!
アタシは歯を食いしばって魔竜妃の思念波に耐えた。
魔竜妃の波動の直撃を受けて立っていたのは、アタシとフリッツだけだった。
体内に取り込んだ魔竜妃の力が共鳴して、強制的に手足と目が竜化する。
アタシは手と足の先だけ黒い鱗に覆われたけれど、隣にいたフリッツはより深刻だった。
フリッツは下あごから下の体全体が黒い尖った鱗に覆われている。黄金の鎧は内側から切り裂かれて剥がれ落ちていた。
さらに背中には小さな羽根、腰からは尻尾が生えかけている。
もう残っているのは顔の上半分だけだった。
「やはり、バイルくんも食っていたか!」
フリッツが黒い顎を動かしにくそうに喋る。
「食ったって? え、何を……」
「何って、魔竜妃だよ!」
フリッツのあの穏やかな張り付いた笑みはもうそこには無かった。
野心の光を湛えた目がぎらぎらと輝いていた。
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