第16話 ババアそっちのけで内輪揉め!?

 にらみ合う『剣戟の白銀』と『防壁の赤銅』。

 だが、その間にスッと人影が現れた。


「へっ、へ、あ、あの。ケンカはやめましょうよ。へっ、えへっ」


 すらっと背の高い女だった。

 黒い髪はぼさぼさであちこちに跳ねている。

 陰鬱な猫背で、黒いワンピースの前は大きくはだけてデカい胸がこぼれそうになっている。

 肩や腰に黒い部分鎧を付けているが防御力の足しになっているようには見えない。

 目をせわしなく左右に泳がせてへらへらと愛想笑いを浮かべていた。

 しかしそれよりも目を引くのは、足元を覆う黒いモヤだ。

 よく見れば黒くて羽根の長いバッタが足元に群がっている。

 時折飛びかかってくるモンスターは足元のバッタが一瞬で包み込み食い散らかして消滅する。


 彼女の登場ににらみ合っていた二人はたじろいだ。


「『審判の黒鉄』……勘違いしないでくれ。私たちはケンカなんてしていない。そうだよな、『防壁の』!」

「そうたいそうたい、こがんことではらかいとらん!」


 どうやら現れた『審判の黒鉄』は二人にとって脅威らしい。

 急に二人とも争う姿勢をやめてしまった。

 それを見て気を良くしたのか、『審判の黒鉄』はへらへらと笑顔を見せた。


「へっえへっ、へっ、そ、そうですか。早とちりでした。私ってうっかりさんっ、だからっ、へっへへ」


 『審判の黒鉄』はヘコヘコと頭を下げながら『防壁の赤銅』の方へ行ってしまう。

 『防壁の赤銅』は『審判の黒鉄』が近づくほどに身をこわばらせて姿勢を正していく。

 相変わらず、濃い連中だねぇ。魔竜討伐隊の奴らは。

 そうこうしている間に他の魔竜討伐隊のメンバーも集まり、『防壁の赤銅』の結界で一時的なキャンプを作ることになった。


「グリセール、落ち着いたかい」

「ああ。こう人が多くては抜け駆けもできん。大人しくフリッツが来るのを待つ」

「そうかい。その方が良いだろうね」


 他のメンバーたちもフリッツから「手出しはするな」と厳命されていたようで、魔竜妃の卵に群がる魔竜子にも何もせずにひたすらフリッツを待つことになった。


 やがて夜になり、空には星が瞬いた。

 昼間の内は見えなかったが、やはり巨竜星は星空を切り抜くように影だけが見えた。

 山火事は魔竜討伐隊の水系の魔術師たちによって鎮火され、今は地上も闇で覆われていた。


 グリセールは結界のふちに立ちまっすぐ魔竜妃の卵を監視している。

 その目つきはやはり憎悪で満ちていた。


「休みなよ、身がもたないよ?」

「バイル。まさかお前、私を心配しているのか?」

「そりゃそうさ。大切な仲間だからね」

「……そのとおりだな。お前の言う通りだ。すまない。その、お前に剣を向けてしまって」

「構いやしないよ。何か訳があったんだろう? それに……」

「それに?」

「アンタの剣じゃアタシを殺せないからねぇ」

「フッ、言うようになったじゃないか」

「アンタだって、素直に謝れるようになったじゃないか」

「……そ、それは。そうだ。その、騎士道精神に、反するからな」

「どうしたんだい? 頬が赤いよ? 照れているのかい?」

「き、貴様というやつは……つくづく私の調子を狂わせる」

「それじゃ、調子が悪いようだから寝ておくんだね。フリッツが来るまで時間もあるんだろう?」

「あぁ、そうだな。そうさせてもらおう」


 グリセールは拗ねた顔になって寝床に入って行った。

 なんだい、可愛いところもあるじゃないか。

 復讐に燃えるより、素直でいた方がずっといいよ。

 なんて言うと怒りそうだからね、本人には言わないでおこう。



 ***


 夜が明け、それから2日経ってようやく王都からの竜兵騎士団の軍勢がやってきた。

 もちろんそれを先導していたのは騎士団長のフリッツだ。

 フリッツはアタシたちのキャンプに顔を出すやいなや、すぐにキャンプを撤収させてふもとの荒野の方まで降りるように命じた。


「なぜだ、フリッツ! 卵のうちにすぐに魔竜妃を倒すべきだ!」


 もっとも激しく抵抗したのはグリセールだった。

 魔竜討伐隊の中にもグリセールに同調する者もいたが、結局はフリッツの判断に従うべきだとグリセールをたしなめる立場に回った。


「おいおいグリセール! 聞いてくれ? これはチャンスなんだ!」

「チャンスだと? ならすぐに始末するべきではないのか!?」

「落ち着きたまえ。いいか、ここで奴を逃したらまた千年後に魔竜妃が降ってくる。それまでに戦力が整わなかったら? 今ここで魔竜妃を倒したところで、もっと強い魔竜妃を送り込まれたらどうなる? ン~?」

「奴を逃す? 何を言っているんだフリッツ。敵は目の前だろう!?」

「いやいやいや~。よく聞くんだ、グリセール! 元を、絶つんだよ! それができるのは、ヤツがこの星に近づいている今しか無ァ~い!」

「ヤツ……まさか、巨竜星か?」

「そのとおり! そのマサカさ! わかるだろう? 我々で、ヤツを、引きずりおろすんだ!」

「ハッ、何をバカな。相手は星だぞ?」

「いいや、ドラゴンさ! 星ぐらいにバカでかいけどね! ヤツは千年かけて星の海を飛び、このエアルトに卵を産みに来てる!」

「どういうことだ? 夜空から星を掴みとるなんて子供でも考えない。バカげている!」

「グリセール? キミは天文学には興味は無いのかい? 空というのは高いところにある天井の絵じゃない。空の向こうには果てない海が広がっているんだ!」

「生憎、私に学は無い。王都の連中が大きな望遠鏡で天に浮かぶ光を観察している事は知っているが、それが天文学か?」

「その通り! そして彼らは計算し、発見したのさ! この星を軸に千年周期で飛ぶドラゴンをね。肉眼で見えるよりも早く!」

「悪いがその話には興味が無い。私が興味があるのは、あの卵を割るか、割らないかだ」

「…………オーケー、キミの問いに答えを言おう! あの卵は割らない」

「フリッツ!」

「いいか、グリセール! 生まれたばかりの魔竜妃には魔竜子を産む力なんて無いはずさ! キミが心配している事態にはならない! そうなるまでの間、我々は魔竜妃を利用してあのにっくき巨竜星を撃ち落とそうと言っている! わかってくれるかい?」

「利用? 魔竜妃をか? 危険すぎる!」

「ああ危険だ。だが、そのために君たちがいる! 魔竜妃とはいえ産まれたてだ! 君たちが力を合わせれば倒せるだろう?」

「なるほど、言いたいことはわかった。フリッツ、お前は魔竜妃を散々利用して、危なくなったら後始末を私たちにしろというんだな?」

「もちろん! 私もその時には魔竜妃討伐に全力を尽くすさ! だが、その前にやれることをやっておきたいんだ!」


 おやおや、グリセールは黙り込んでしまったよ。

 最終的に倒すのなら問題ないというところに落ち着いたのかね。


 それにしても、巨竜星を引きずりおろすとは。

 フリッツは何を考えているんだか。

 まぁ、その目論見もすぐにわかるんだろうけど。


 アタシが二人の言い争いを見守っている間に、卵の方に異変があったみたいだ。

 卵を監視していた騎士団員が慌てて魔竜討伐隊のテントに駆け込んできた。


「報告します! 魔竜妃の卵にヒビが!」


 その時のフリッツの目の輝き様ったら。

 美味しいご飯にありつけた子供みたいに無邪気な欲望を丸出しにしていたよ。

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